1日目 幸福に付く名前

はじめてのおつかい

紅茶を飲み終えロビーに戻ると

辺りはすっかり暗くなっていた


隣を歩く、和服姿の少女

今日から1週間彼女と過ごすと言われ

いまいち実感が湧かない


そして、あんなビデオを見せられた後

どんな話をしたらいいかとも思うが

彼女が普通を望むなら

まず、そんな気を使うのは止めよう


着物一枚の東雲さんは

寒さでふるふると震えている


「東雲さん、なんか上着持ってる?」


少女は首を横にふった


…マジか、流石に着物一枚で

外に放り出したらシンデレラではなく

マッチ売りの少女になりかねない


学生鞄がわりのエナメルバックから

ベンチコートを取り出し東雲さんに渡す


「取り敢えずソレ着てていいよ」


着物にベンチコートとはあまりにミスマッチだが、背に腹は代えられない


東雲さんは何も言わず、それに袖を通す


そして、唯一の防寒具を渡してしまった為

寒空の下ブレザー姿でおっぽり出される訳だが、流石に寒さに震える女の子を差し置いて自分一人暖かい格好というのも気が引ける


…というか端から見たら糞野郎この上ない




そんな俺を見て

東雲さんは両手を差し出し


「チアキも寒いから入る?」


とても魅力的な提案だが

そんな格好の奴が町を歩いていたら

クリスマスムードに当てられた

非リア充に刺殺されても文句を言えない


むしろ俺だって見かけたら

苦しんで死ぬ呪いを掛ける為に黒魔術の本を探しにTSUTAYAにダッシュする


この時期売れると思うんだよね

黒魔術の本

なんなら、特設コーナーを用意するべき


クリスマスという行事を

満喫出来る人間と出来ない人間


総数でいえば後者の方が圧倒的多数で

それに、なんだったらクリスマス後には

満喫してたやつらの半分くらいは、黒魔術の本を必要とする事態に陥ってると思われる


つまり、恥ずかしいから却下だ


俺は首を横に振る


「この後どうしようかしら?」


東雲さんが首をかしげてこちらを見る


…逆に聞きたい

この時期に可愛い女の子とはいえ

見ず知らず人に付き合わされている人間が

なんのプラン有ると思うのか?


とはいったものの

東雲さんに考えろというのは酷だ


「…取り敢えず服を買おう」


いくら寒いとはいえ

着物にベンチコート姿の女の子を連れて歩く想像が出来ない


今ならまだ洋服屋も空いてるだろう


「お洋服…うん買いに行く」


取り敢えず行き先は決まった

ロビーの隅にいるアヤメに声を掛ける

「取り敢えず服買いに行ってくる」


「かしこまりました」

アヤメは一礼する。


アヤメに手渡されたのは女物のハンドバッグ


中を開けると財布と、スマートフォン、鍵、それに小さなポーチが入っていた


財布を開けてみれば、保険証や俺や東雲さんの顔写真の付いたパスポートが入っている


それにキャッシュカード

クレジットカードと現金


「必要な物があればそちらを使ってご購入ください」


「また、身分証が必要な、例えば旅行なんかに行くときはそちらを使っていただいて結構です」


パスポートを見れば

全然違う名前が書いてある

年齢なんかもデタラメで

「…山城千秋ねぇ」

一目見て、それが偽物かどうか分からない


「かなり精巧に造っておいたのでバレることは無いかと」


「スマートフォンには私の電話番号が入っているのでなにかお困りでしたらお電話頂ければ、可能な限りお手伝いいたします」




貴女に困ってるんですけどとは

流石に言えない


「鍵は?」


「1週間一緒に過ごすにあたって、流石にチアキ様の実家にずっと居るという訳にはいかないと思いまして」


それはそうだ、

俺が急に女の子を家に連れて帰ってきたり

したら家の連中は大騒ぎだろう


多分姉なんかは誘拐を疑って

警察に問い合わせするまである


「という事でアパートを借りておきました」


前後の文章が接続されてないのは

気のせいなんですかね?


用意がいいとかそういう次元ではない


…というか1週間一緒にって

文字通り寝食共にするって事なの?



助けを求めるように東雲さんを見ると

笑みを返され、助けてくれないことを

察した俺は必死に言い訳をする


「流石に1週間、学校も行かないで家にも帰らないのは無理がある」


「その辺は私が上手くやっておきます」


即答されてしまい

それ以外に断る理由も思い付かない

「場所はスマートフォンに送っておきます」


そう言うと、もう話は無いとばかりに

アヤメは手をヒラヒラと振る


諦めてロビーから出ようとする俺に

アヤメは言った


「そうそう、お召し物を買いに行くということでしたが、それであれば先に」



横を歩く東雲さんの胸元

年齢の割には控えめな部分を凝視してしまう


「東雲さん?ちなみに下着って…」


「着けてないよ?」


死の宣告が木霊する

レベル1なのにいきなりラストダンジョンに放り込まれることが確定した瞬間だった


ーー

葬儀場所からほど近いショッピングモール

その一角には所狭しと

テナントが立ち並んでいる


その中の一つである、女性用の下着が並ぶ

ランジェリーショップの入り口で


俺は一人ため息をつく


入り口から見える

色とりどりの下着を纏うマネキンたちが

ダンジョンに巣食う魔物にしか見えない


書いてもいないのに、男性お断りの空気感

そこに潜入するのにレベルが足りていないと

俺の本能が告げているが


幸いと言うべきなのは

パーティーメンバーに女性である

東雲さんが居ることだった


一人で潜入したら

生きては帰ってこれないだろう


そして、友達や彼女といった

風来救助隊が居ないため

漏れなく朽ち果てる俺


せっかく+99まで育てた剛剣マンジカブラを失い、窓からゲームボーイを投げた苦い記憶を思い出してしまった。




そんな、現実逃避をしていると


「いらっしゃいませ」

「彼女さんへのプレゼントですか?」


にこやかな営業スマイルを携え

店員であろう女性が声を掛けてきた


…服屋とかに行くといつも思うんだが絶対

話掛けない方が売れると思う


買おうとしてるときに店員に声を掛けられ

勧められるがまま買った服を家で着てみて

苦い顔になるまでがワンセット


しかし、今回ばかりは渡りに船だった

下着の事なんて1mmたりとも分からないし

このチャンスを逃したら、一生入店出来ない


「そ、そうなんですよねー」

白々しく話に乗っかってみたが


残念なことに後ろの美少女は彼女ではない

…というか彼女?何それ美味しいの?


ちらっと東雲さんを見るが

俺がついた嘘に不快そうな顔はしていない


その事に胸を撫で下ろし、入店する


店に入れば一面色とりどりの下着で

埋め尽くされており耐性のない俺は

目のやり場に困ってしまい俯いてしまう


「こちらは、この冬流行のボタニカルのレースをあしらった…」


…うん、一生懸命説明してくれているが

言ってる事が全く分からん


そもそも、ボタニカルってなんだっけ

シャンプー?

…リンスだったかもしれない


全部が全部そんな調子で

わからない単語を全部聞き返していたら

朝になってしまいそうだ


それに、隣にいる東雲さんが

?マークを頭に浮かべ続けている


どうせ全部聞いたところで

お似合いですとしか言われ無いなら

さっさと決めてしまう方がいいだろう


「アレとか、いい感じじゃないっすかね?」


そういって適当な所を、指差す


……反応がない

なるだけ、下着が視界に入らないよう下げていた顔を上げてみれば目の前の店員さん

その笑顔がひきつっている


何かと思って

指を指している方に目を向けると

他のに比べて、明らかに布面積の少ない

…というかほぼ紐みたいな下着があった


なんとか取り繕おうと指をさまよわせるが

その隣には

ブラの上にカーディガンを羽織い

ガーターベルトのついたショーツ姿のソレ


その隣はかなり際どい下着の上にフリルを軽くあしらったネグリジェを着た

マネキンがいた




…あそこのコーナーだけ

間違いなく、担当したやつ違うだろ


なんだよ

カーディガンにガーターベルトって


良く解ってるじゃねぇか

なんなら、固く握手を組み合わして

朝まで語り尽くす所まで想像したが


場の空気が急激に冷え込むのを感じる



過剰包装だの何だの言ってるから

エコですよエコ


どうせ下着ラッピングだって

すぐ剥がされてしまうんですからなんて 

そんな冗談を言い出せる空気ではない




だがしかし、相手は接客のプロ


すかさず

「男性からするとああいう下着とか魅力的ですよねー?」


「でも、彼女さんはちょっと恥ずかしいんじゃないですかね?」


にこやかな笑みを称えてフォローする


…俺が審査員だったら今年のアカデミー賞

助演女優賞を贈呈したい


東雲さんはちらりと下着を見て

「別にこれでいい」


…店員さんのフォロー虚しく

猛烈なスルーに涙が出そうだった


店員さんはそんな東雲さんに

「いや、でも服の生地よっては、透けちゃったりとか…」


完全にこの状況を打破するチャンスを失った俺に更なる追撃が襲いかかる。




全然いい」


思わぬところからの爆撃

もはや核攻撃といっても差し支えないだろう

店員さんは東雲さんを見て、俺に向き直る


問1

東雲さんにとっては

かなり大きい俺のベンチコート

その下に着ている和服は見えない


以下の仮定を元に先程の発言から

導き出される答えを記入せよ


A ベンチコートの下に何も着てない


同じ結論に至ったのだろう

店員さんの唇がわなわなと震えている


もはや殺意と呼ぶにふさわしい

そんな視線を受ける俺は

愛想笑いを浮かべることしか出来なかった


人間、恐怖を感じると

笑うしかないというのは本当らしい


そう実感した

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