モノローグ
「私に
彼女にそう言われた後の事は
正直に言えば、あまり覚えていない
記憶を辿れば
その後、自称神であるアヤメが
滞りなく葬儀を執り行った気がする
葬儀が終わったあとのロビーで
東雲さんに声を掛けられた
「どうかしら?」
「私に幸せな最後をくれる?」
真っ直ぐ俺を見据える紅い瞳から
目をそらし、東雲さんに質問してみる
「幸せな最後って何だろ?」
東雲さんは困ったような顔で
「それは私にもわからない」
「私は幸せがなにか良く分からないから」
彼女本人すら分からないことを他人が
…ましてや、さっき知り合ったばかりの
俺が理解出来るはずもなく
出来るか分からないことを約束は出来ないと
断ろうとした刹那
俺と東雲さんの間に割り込んでくる
スーツ姿の女…アヤメと呼ばれた彼女だ
アヤメはまず、東雲さんの方を向き
「急にそんな事を言われても」
「彼だって困ってしまいますよ?」
そんなふうに
東雲さんはそれにバツが悪そうな顔をして
「ごめんなさい」
誰に向けられた謝罪かは分からないが
それを口にした
それを確認したアヤメは俺の方に向き直り
「隣の部屋にお茶を用意させて頂きました」
「…立ち話もなんですから続きはそちらで」
確かにこのロビーは冷える
促されるまま、隣の部屋へ向かった
通された部屋はあまり大きくはないが
すでに暖房で暖められているのか
その暖かさに強張った体が、僅かに緩む
部屋の中央に鎮座する
古いながらも良く手入れの行き届いた机には湯気をあげるティーポットが置かれていた。
俺と東雲さんが席につくと
アヤメはティーポットから紅茶を注ぐ。
「ダージリンです、ミルクや砂糖はお好みでどうぞ」
紅茶を注ぎ終えるとアヤメは一礼し
「スコーンをお持ちしますので、少々お待ち下さい」
とそう言い残して、部屋から出ていった
話すことも思いつかずに
目の前に座る少女を眺めていると
東雲さんは机に用意されていた砂糖とミルクを全て紅茶に入れ、かき混ぜ続ける
…東雲さんが使ってしまったので
必然ストレートで飲むしかなくなったが
冷める前にカップに口をつける
…多分、美味しいのだろうか?
紅茶の良し悪しなんて
普段は午後の紅茶位しか飲まないから
分からないが、冷えた体を温めてくれる
東雲さんも混ぜるのに飽きたのか
白濁したそれに口をつけて顔をしかめる
「…すごく甘いし、ジャリジャリしてる」
まぁそうだろう
あれだけ砂糖とミルクを入れたのだ
東雲さんはカップを差し出して
それを何だろうと思っていると彼女は
机の上にある俺のカップを奪い取って
口をつけ「おいしい」と顔を緩ませる
それが、間接キスという事実を
考えないように東雲さんに質問をする
「ストレートの紅茶がおいしいと思うなら、なんで砂糖とミルクをいれたの?」
東雲さんは当然の事のようにそれを言う
「出されたものを残さないなんて、当たり前でしょう?」
…確かに出されたものを残さないというのはマナーとして間違ってはいないが
用意された砂糖やミルクを残したところで
誰も文句を言わないし
好みで使ってくれとアヤメも言っていた
そこまでマナーを気にするのであれば
俺のカップを奪い取るのは変だろう
そんな事を考えているとドアが開いて
アヤメが部屋に入る。
手には焼きたてのよい香りするスコーンが乗ったティースタンドが握られていた。
手慣れたようすでスタンドを置いたアヤメに、耳打ちする
「スコーンはジャムとクロテッドクリームだけでいい」
「それも使いきれるだけで頼む」
このままでは、焼きたての美味しそうなスコーンがサワークリームとジャムにまみれ食べられなくなってしまう
机の上の空の砂糖入れと俺のカップの中身
それを見て状況を察したアヤメは
「かしこまりました」と配膳を進める
お茶会の準備を整え終わったアヤメは
俺に向けて温度のない微笑み向けて
「ちょっとした余興をご用意させていただきました」
そんなことを言い
その手には、ビデオテープが握られている
…久々に見たよビデオテープ
現代っ子に通じんのかよ、それ
部屋のすみに置いてある
デッキつきのテレビにビデオを入れ
アヤメは再生ボタンを押す。
ノイズ混じりの井戸かなんかが
写されるのでないかと多少なり身構えたが
写し出されたのは「少女の日常」と書かれた古めかしいタイトルだった
「彼女の事をもっと良く知っていただこうと思いまして」
照明が薄暗くなる。
「返答は見終わってからで結構です」
「どうぞごゆっくり鑑賞下さい」
そう言われるということは
これは彼女についてのビデオなんだろう
いつの間にか俺のカップには
新しい紅茶が注がれていて
俺は、古めかしいテレビに目を向ける
今より少しだけ幼いであろう
東雲さんとおぼしき少女が暗い中に映り
時代を感じさせるフォントのテロップが入る
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あぁ神様、どうかと少女は願う
今日は早く終わってくれて良かった
乱れた着衣を直しながら少女は思うのだ
今日は良い日なのかもしれないと
二日ぶりに与えられた食事を前にして
今日は4回しか殴られなかったし
食事も貰えたのだから
いい日と言っても良いだろうと
皿や箸なんてものはなく、床の上の新聞紙に無造作にぶちまけられた食事…
もはや食事というにはあまりにも
酷いソレを躊躇なく手づかみで食べる
口にすれば、吐き気を覚えるが
それが殴れたせいなのか
ろくに調理されてないからなのか
それとも、単に腐ってるのかは
…少女には分からないが
それでも吐き出すわけにはいかない
昔、堪えきれずに嘔吐してしまい
気を失うまで殴られ続けた
そして、起きた時に
まだ食事が残っているなんて言われて
ソレが無くなるまで口に運び続けた
…あの時は辛かった
どうして内容物は変わらないはずなのに
一度自分の口から出てしまっただけで
あんなに嫌悪感を覚えるんだろう?
そんな事を考えていると
余計に吐き気を感じてしまうが
なんとかそれを飲み下し
食べ終えた少女は床に這いつくばり
皿代わりの新聞紙を丁寧に舐めとる
少しでも残っていれば
また殴られてしまうかも知れないと
必死に舐め取る少女
その首には首輪が付けられ
動くたびにチリン、チリンと鈴が鳴り
その首輪は鎖で柱と繋がれている
…少女に与えられた部屋は決して広くないが
その部屋の中すらも自由に動けない
ドアや窓には近づけない
鎖がそこまで届かないように作られていて
近づいたところで、どちらも開きはしない
食べ終えてやることの無くなった少女は
いつからこんな生活なのだろうと考える
そうすれば、いつまで
こんな生活なのだろうとは考えないで済む
物心ついた時には
すでに首輪が付いていた筈で
母と呼べる人も、父と呼べる人も
私の記憶の中には居なかったように思う
少なくとも
言葉をちゃんと交わした記憶は無い
そんな二人は死んでしまったのか
逃げたのかは分からないけれど
それから、記憶にあるのは
ただ暴力と下卑た笑い
聞くに耐えない嘘と蔑む視線
それが私に与えられた全て
鎖をめいいっぱい引っ張って
クローゼットに手を掛ける
その中には沢山の本が入っている
漢字が読めないからあまり多くの本は
読めないけれど
それだけが唯一と言っていい楽しみだった
中でもシンデレラは
昔からずっと気に入っている
虐げられていた少女が
王子さまに見初められ
王子さまはシンデレラを探し結ばれる
そんな、夢みたいな物語
でも、いつも考えてしまう
物語は王子さまがシンデレラを見つけて
おしまいになる
その後
シンデレラは幸せに暮らしたのだろうか?
ちゃんと幸せになれたのであれば
物語を終わらせてしまう必要は無い筈で
だから、シンデレラにとって
一番幸せだった所を終わりにした
そんなふうに思ってしまう
永遠に続く幸せなんて無い
言い換えれば、終わってしまうからこそ
幸せだと思う
だって、王子さまは
シンデレラに愛想を尽かすかもしれないし
違う人を好きになってしまうかも知れない
それでも、私には
一瞬でも幸せだと感じられたシンデレラを
羨ましいと思ってしまって
私にはそんな一瞬すらも
訪れてはくれないのだから
ーー不意にドアが開く音
少女は本に夢中で
足音に気が付かなかった
少女の鳩尾に男の爪先がめり込み
呻く少女の声に合わせ
鈴がチリンチリンと間抜けな音を立てる
「さぁ、躾の時間だ」
下卑た笑いを浮かべてその手は
少女が整えたばかりの服を脱がし始め
抵抗する気力も、体力も残されていない少女はされるがまま男に貪られながら思うのだ
…あぁ早く終わって欲しい
永遠に続く幸せは無い癖に
永遠と続く不幸はあるのだから
それならこの世界は
地獄と呼んで差し支えないだろう
先程から続く吐き気を堪え
必死に自分に言い聞かせる
…ただ気持ち悪いだけ
お腹に命を宿すことだけは
もう二度とないのだから
…だから大丈夫
こんな薄汚れてしまった私を
王子さまは探しに来るばずがない
少女の口からは
無意識に言葉が漏れだして
だから、神様どうか
早く私を殺してください
…それだけが、私のしあわせなのです
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
俺は見ていることが出来ず
ビデオをそこで消した
口をつけていないカップから
もう湯気は立ち上っていない
東雲さんの方を見れば
ジャムとクリームまみれスコーンを
美味しそうに口いっぱい頬張っていた
俺が見ていることに気づいたのか
東雲さんは慌てふためき
「これがもう最後の一個だわ」
そう言って食べかけのスコーンを差し出す
「大丈夫」
そう一言だけ言って
冷めきった紅茶を一気に流し込んだ
そんな俺の様子を見てアヤメはどうでもいいように呟く
「こんな話、世界中どこでも溢れかえっているでしょうに」
「そんなにショッキングでした?」
…確かに世界を見渡せば、東雲さんの不幸話
それは、大したこと無いのかもしれない
ご飯が食べれない飢餓に苦しむ子供なんて
ごまんといるだろうし
身体を売るしか生活の術を持てないなんて
ありふれた話なのかもしれない
ただ、その事は言ってしまえば
俺にとっては対岸の火事に他ならない
そんなにワールドワイドな視点を持って
日常を過ごしてないし
このご時世の日本で、毎日ご飯が食べられて
幸せなんて言う様なやつは
…少なくとも、俺の周囲には居ない
俺にとっては
あまりにもショックな内容だった
アヤメは言葉を続ける
「お願いしたい事は、難しくはないです」
「ユウキと1週間過ごして頂くだけ」
東雲さんの方を見れば
そんなアヤメの言葉にうんうんと頷く
「この少女が望んだ
東雲さんが言葉を引き継ぐ
「だから、せめて普通であることを望んだ」
「王子さまがいたって、私なんか好きにならないだろうし」
「だったら一度くらい普通の人みたいに生きてみたいって」
「だからチアキ、私に普通を教えて?」
微笑む少女を見ている事が出来ず目を反らすその首もとはファンデーションとコンシーラーによって見えづらくはなっているが
痛々しい痣があった
少女は生きることも
幸せになることも諦めて
残りの人生すら売り払って
せめて普通に死ぬことを望んだのだ
そして、そんな事すらも
見ず知らずの冴えない男に頼む他に無く
それは
あまりにも救いがない
別に俺じゃなくても
誰だっていいのはわかっている
そもそも既に
こんな状況は普通じゃない
でも、この少女の
望みというにはあまりにもささやかな願いを無下に出来るほど無情ではなくて
少女の目を見てそれを聞いてみる
「…望んだ結果にならないかもしれない」
「一週間後後悔するかもしれない」
「それでも、俺でいいなら」
その言葉に喜ぶでもなく
悲しむわけでもなく、ただ淡々と
「どうせチアキが引き受けてくれないなら」
「お金が無駄になるだけ」
「なら、お願いするわ」
こうして、契約は結ばれた
彼女の望みはハッピーエンドで
ーー その対価は、三億円
まるでシンデレラのように不幸なのに
その少女が縋るのは、魔法使いでも
ましてや、王子様ですらなく
スポットライトすら当たらない
滑稽なピエロだった
そんなストーリーは間違いだと知りながら
キャスティングミスが酷いと憤りながら
それでも、否応なく幕は開き
この物語は始まってしまったのだ
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