葬儀場の少女は
薄暗いロビーを抜けると
そこは雪国な訳もなく
極めて一般的な、葬儀ホールだった
「それでは、私は準備が有りますので」
「始まるまで、おくつろぎください」
そう言って女性は関係者用の扉を開け
その闇の中に消えていく
「…くつろげって言われてもな」
そこにあるのは参列用のパイプ椅子
挙句、葬儀場とくれば
リラクゼーション効果は望めない
それとも中央の棺で安らかな眠りを…
なんていうブラックジョークだろうか?
やることも無いので周囲を見渡す
…俺自身一度しか来たことがないから
葬儀経験豊富とは言えないが
別段、おかしな箇所は見当らず
そんな、間違え探しをしていれば
祭壇の中央に飾られる遺影に目を奪われる
…これがフォトショマジックじゃないなら
ゲロ可愛いんですけど
なんで、このスペックでぼっち?
壇上の写真、それが唯一
間違いであって欲しいくらいだった
…こんな女の子と話せる気はしない
それでも、目を逸らせずに見惚れていれば
澄んだ声がホールに反響する
「上手に撮れているでしょう?」
俺が声を掛けられた方に目を向ければ
祭壇から一番近いパイプ椅子に
腰かける和服姿の少女がいた
腰上で切り揃えられた黒髪のロングヘアー
それと対比するように白く透き通る肌
そして、俺を見つめる紅く光る瞳
つまりそこには
遺影と遜色ない美少女が腰掛けてた事になる
藤色の着物に身を包む少女は
その人が一週間後に居なくなってしまうと
聞いていたからだろうか
どこか儚く、今にも消えてしまいそうだと
その姿はそんな印象を抱かせる
だが、そんな儚げな雰囲気すらも
葬儀場なんて場所だからなのだろう
とても相応しく、美しいと感じてしまった
「撮るの初めてだから分からないけれど」
「これで正しいのかしらね?」
少女はそんなことを問いかけてくる
あからさまに俺以外に人がいないので
その問いかけは
俺に向けられたものだとは理解出来るが
…どうと言われても
正直分からないというのが本音だった
「貴女が納得できるなら、それで良いんじゃ無いのかなとは思いますけど」
無難な回答だと思う
そもそも、写真写り良いですねとか
よく撮れてますって、褒め言葉か?
過大誇張ですねとか
写真だと綺麗ですねって聞こえるのは
俺がひねくれてるからなのだろうか?
少女はつまらなさそうに
「そう」とだけ言葉を返す
…これ、やっちゃった
なんか面白い回答とか望んでた感じだった?
俗に言う「無いわー」ってやつか?
遅ればせながら、それに気がついた俺は
「ま、まぁでも人生最後で、それが見られるときには死んでることを考えるなら」
右手でピースサインを作る
「俺ならこうしますね、遺影だけに」
我ながら寒いジョークだと思う
遺影とイェイだなんて
思い付きとはいえ最悪レベルのクオリティ
少女は興味ありげな顔で
「何故?」と聞いてくる
この低レベル極まりない
ジョークを解説しろと?
…ここが俺の葬式場に変わりかねない
それは、針のむしろを通り越して
伝承者に秘孔を突かれた心境で
このジョークは理解されなかった時点で
もう死んでいる
「もう恥をかくことないから出来ることで、生きてるうちにそんな事をやって、挙げ句解説するのは勘弁願いたい」
「そうなの…」
「貴方お名前は?」
俺の反応に興味を失ったのだろうか
唐突に話題は切り替わり
それに心底胸をなでおろす
「…小暮千秋、高校二年生」
無難にこの場で必要であろうとされる
情報だけを開示する
プライバシー保護の重要性は
…先程学んだばかりだし
誰かに伝えられるほど
個性なんてものは持ち合わせていない
「そう、チアキ…可愛い名前ね」
と微笑んだ
少女は指折り数えながら少し考えて
顔をしかめる
「…ところでチアキ」
「小学校へは何年通うのだったかしら?」
質問の意味を理解するのに
一瞬、間が空いてしまった
…謎かけだろうか?
「六年間だよ、俺が知らない間に留年という制度が始まったのならその限りでは無いけどな」
中学受験浪人なんかも聞いたことないから
多分俺が通っていた時からその制度に
変わりは無いだろうとは思うが
ただ、もう通うことの無い所の情報なんて
わざわざ調べたりしない
もしかしたら、道徳の単位がヤバいなんて
教室で語る小学生が今時の可能性も
捨てきれないのが怖いところでもある
少女はにっこりと微笑み
「ありがとうチアキ、でも何で小学校だけ六年間なのかしら?」
「小中高と合わせて12年なら、4年づつで丁度良いと思うのだけれど」
「…そうしたらとても覚えやすいのに」
そんなことを気にしたことすら無い
一応考えてみる
「高校は義務教育じゃないから、それを抜いたら9年間で割りきれない」
適当な思い付きだがおかしな所は無い
納得した顔で指折りを終えて、少女は言った
「私は
「歳は、数え間違えがなければチアキの一つ上だと思う…」
「高校生風に言うと、三年生なのかしら?」
嬉しそうにそう言うと少女は
「以後お見知りおきを」
裾をつまみ上げ深々と頭を下げる
「宜しく東雲さん」
こちらもユウキと呼ぼうか迷ったが
気恥ずかしさが勝ってしまった。
宜しくもなにもこの数時間を共にして
多分、今後一切関わることは無いとは
わかっているのだが、言葉の綾だ
取り敢えず、今分かったことを整理しよう
まず、現在学校に通ってはいないこと
そして、通っていたのなら
小学校の年数なんて忘れない
つまりは現在だけでなく
小中高全て通っていないのであろうこと
年齢が俺の一つ上…18歳であろうこと
思ったことは全て口にしてしまう辺り
人付き合いのあまり無い生活なのだろうか?
集団で過ごす生活なら
その性格は生きにくいこと、この上なくて
…これは俺が身をもって
体感している部分でもある
そして何よりも重大な所だが
大変可愛い見た目だということと
性格がクソほど破綻した、性悪では無い事
見た目がこれで、ぼっちという事は
中身に問題があると踏んでいたが
そのアテは外れたようだった
短時間とはいえ、どうせ過ごすなら
見た目も性格も
可愛くないよりは、可愛い方がいい
当然向こうだってそう思うだろうに
こちらは人並みなことが非常に申し訳ないが
それは、過失割合で見れば
ぼっちであるこの少女が10割悪いと言える
…これが今のところ俺から見た
東雲結城という人間だった
「チアキはどうして私の葬式に来たの?」
自己紹介がすんで
東雲さんはまた首をかしげる
「どうしてと言われると困るけど、誰も参列しないって聞いたからって感じ」
「何故?」
普通に考えて
葬式に誰も居ないとか悲しいからと
そう言いかけたが言葉を選び直す
「葬式って、亡くなった時にその人を送り出す事だと俺は思ってる」
「だから、送り出す奴が居ないと聞いたから来ようと思った」
根本的な部分で大きな間違いを
孕んでいるものの、それは嘘では無い
ただ普段喋らないせいか
大切な誰かがという
そんなフレーズが抜け落ちてしまっただけで
ソシャゲーのフレンド申請だって
迷惑かもしれないと思って出来ない俺が
今出会ったばかりの人間を
大切な人だからなんて言えるわけは無く
そして、そんな事を言える奴は多分
ハーレム物の主人公に抜擢されているのだ
まぁ、それこそ案内係の女性の言う通り
近所の人とか死んだって葬式行くし
来てるやつが皆行きたくて行ってるわけでもないからセーフと言えて
彼女の言うとおり
それをやるのは誰しも初めてだから
間違いだとは気が付かない
我ながら良く出来た言い訳だと思う
そもそも、自分の常識が他人にとっても
「あたりまえ」だなんて思い上がりなのだ
葬式に誰も来ないのが悲しい事だと
この少女は思わないかもしれない
なにより、一般的な場合
送られる奴は死んでるわけで
本人はそんなことを知る訳がないのだから
「そう、チアキはいい人なのね」
いい人という言葉に自嘲気味に笑い
「周りに流されてるだけだよ」
そんな皮肉を返す
大体、いい人なんて言われる奴は
他に誉めるべき部分が無いだけでの話で
人に好かれるのは、欠点があっても
それに勝る魅力のある人間だ
そういう人間になれなかったからこそ
せめて人に嫌われないよう
取り繕うのに必死ってだけの話で
それでも結局、都合のいい人が関の山
…なにもない自分にはお似合いだろう
その言葉で東雲さんは思い当たったように
「…アヤメに言われたからかしら」
聞き覚えのない名前だが
多分案内してたあの女性の事だろうか?
「あのふざけた女のこと?」
東雲さんはその言葉に少し顔をしかめる
「アヤメは優しいわよ?」
「そうなのか?」
「俺から見たら頭に付くべきネジを全部落っことしてきたようにしか見えないけどな」
先程までの彼女の言動を思いだし
少し寒気を覚える
未来を買い取るだとか
過去を売ってくれだとか…
「だって私の残りの人生を、三億円で買ってくれたんだもの」
またその話かと、頭の隅に痛みを覚える
もはやその人生を買い取るという前提に
反論しても無駄なのだろうか?
「…人生を換金する奴が優しいのか?」
「お金だけじゃない」
「私がしたいことを手伝ってくれた」
そして、紅い目で俺を見据え
「そして何よりも」
「チアキをここに連れてきてくれたわ」
不意に自分の名前が出たことで
どきりとしてしまった
これ、告白される流れじゃね?などと
普通なら思うかもしれないが、残念なことに
来るまで普通とやらに遭遇した記憶はない
常識って概念は素知らぬ間に
一足早い冬休みを満喫してるんだろうか?
「俺が来たことも、東雲さんのやりたいことに入ってるってこと?」
彼女はそれに小さく頷き
足元に転がっていた
大きなアタッシュケースを手に持ち
中身を地面にぶちまける
無造作に地面にたたきつけられるのは
ーー大量の札束
地面に転がるそれに目を奪われていれば
ふわりと彼女が近づいてくる
反射的に、後ろに下がろうとする俺の体を
その腕が絡めとり
微かに鼻をくすぐる甘い香りが
みずみずしく濡れる唇が
見つめる紅い瞳が
全て、俺に向けられて
「ねぇ…チアキ」
「私に
体温すらも感じてしまいそうな近さで
吐息が肌に触れ、粟立つ
「そうしたら
無邪気な笑みをたたえ
赤い瞳の少女は、そう言ったのだ
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