ハッピーエンドなんていらない

0日目 契約

非日常との出会い

「葬儀の案内看板は何故あるのか？」

道端の案内看板を見るたびにそう思ってしまうのだ

そもそもの話だが

葬儀の参列者は会場を知っている訳で

当たり前のように、その看板には

距離や地図なんかが書いてないことが多い

では、参列者向けで無いとするなら

集客目的なのだろうか？

それでも俺は通りがかりの見知らぬ人間が

「参列してこうか？」なんて

飛び入り参加した話を聞いたことが無い

つまりは全くの無意味で

限りある地球の資源の無駄遣いだと

そう思っていた

ーーついさっきまでは

足を止め、俺は電柱に括りつけられている

無価値を決めつけていた

葬儀の案内看板から目を離せなくなる

「東雲（しののめ）家葬儀式場」

見知った名前に驚いたとか

よく見れば、漢字が間違っているとか

そもそも漢字が難しくて読めなかったとか

そういう話ではなくて

「なんで…花輪？」

看板の上に

新規にオープンする店なんかで使う

でっかい花輪が付いているのだ

しかも、それだけならまだしも

インスタ映えだのなんだのと

アホが騒ぎ立てる今時期の街路樹のように

色とりどりのイルミネーション用のLEDで

飾り付けまでされていて

一目見ただけで明らかに異質だと分かる

それ以上に、故人に対して

悪質な嫌がらせなんじゃないかと思わせる

しかし、目立たせるという観点だけを見れば

否応なしに見てしまうインパクトをもって

看板は鎮座していた

昼間だからLEDは点灯していないが、夜になればライトアップされて幻想的な光景を作り出すのだろうか？

光ったのを見たら幻想的というか…

この世の物とは思えないというか…

素敵では無いと思うけど

間違いなくインスタ映えだけはする気がする

そんなことを考えていれば

「こんにちは、参列されていきますか？」

と不意に看板に声を掛けられ

LEDまで付けられているのだ、

もはや看板がしゃべっても驚きはしないが

声の主は看板ではなく

近くに、20代前半であろう女性が

暇そうにパイプ椅子に腰かけていた

その女性は端正な顔立ちだが

張り付けたような笑みのせいで

人形やロボットのような印象を受けて

綺麗に手入れされている黒髪

上等そうな生地のシワひとつないスーツ

参列かどうかを確認している所を見るに

葬儀場の係員なのだろうか？

ふいに声を掛けられたのに驚きはしたが

健全な学生であれば

勉学だの、青春だのに勤しんでいるはずの

真っ昼間に学生服でふらふらしていれば

参列者と勘違いするのも分からなくはない

女性の方に向き

「いえ、参列ではないです」

と言葉を返した

あの看板を見たら参列する予定の人間でも

しり込みするに違いない

俺なら間違いなく、その場で立ち去るだろうと思う

だから、そうならない為に彼女は

看板の近くに立たされているのかもしれない

…案内看板の案内係として

つまるところ結局

人を配置しなければいけないというのなら

葬儀の案内看板は

インパクトが有っても

輝いていようと

インスタ映えしようと

等しく無意味という結論に至った

そして、業務とはいえ

異様な看板の近くに居なくてはならない

女性の方に同情的な目を向ける

女性は一瞬困ったような顔したが

すぐにまた笑顔を張り付け言葉を発する

「参列される予定のかたでは無いのは存じ上げております、ですから参列されて行きますか？とお伺いしたのですが…」

「日本語通じてます？」

丁寧な言葉遣いと笑顔の端に垣間見える

…というか隠す気がない暴言に

一瞬でも常識人だと思って哀れみの感情を抱いてしまった自分を悔いる

あんなふざけた看板を出している会社の

人間がまともなはずがなかった

その場合、これは

頭のお花畑な葬儀の看板の近くに

頭が春一番な奴が居るという

クソ寒いのに春満開な状況という事で

…何一つ笑えない

その言葉に何も答えず

俺はだんまりを決め込んでみる

面倒くさそうに女性は言葉を続けて

「日本語通じなくても返事くらいしたらどうですか？」

おかんに小さい頃言われたろ？

見知らぬ奴と話すなって

…知らない奴に付いていくなだっけ？

それを健気に守り続けた結果

友達どころが、知り合いすら居ないのは

また別の機会に話すとして

そんな、挑発を受け流す

女性は俺が無視を決め込んだのを見て

「返事くらいするのが、社会常識だと思いますけど？」

日本語が通じないと思うのであれば、日本語で話すべきでは無いと思うのだか

残念なことに生粋の日本人である俺は意味を理解できてしまう

見知らぬ人に暴言を吐く

非常識人に常識を説かれてしまった…

このまま言いたい放題されるのも

癪なので常識人であることを主張するため

仕方なくそれに返事を返す

「そもそも飛び入り参列なんて聞いたことないし、香典も礼服も持ち合わせてない」

何だったら、ドラマとかでよくある

結婚式中に男が乱入するのも見た事無いが

そんなフィクションですら見ない

葬儀への飛び入り参戦

そんな行為の第一人者になるつもりは

俺にはさらさら無い

「叶うことなら参列したかったけど」

「これじゃあしょうがない」

心配り風の思ってもない発言をすることで

日本人であるという主張も忘れない

女性は先程までの作ったような笑顔を崩さず

言葉を続ける

「香典は結構です、それに学生さんは学生服で参列されても問題ないはずでは？」

そして人差し指を立て、言い放った

「という事で一名様ご案内です」

いや待って欲しい、

いまのは完全にお断りの流れだろ？

社会人必須スキル空気を読む（エアリード）使えます？

「そもそも、故人がどんな人かもわからないんですよ？そんな葬儀出ませんよ」

悪びれる様子もなく

「でも、あなた様は叶うことなら参列したいと申し上げていましたし、参列出来ない理由は特に無いですよ？」

当然の事を説明させるなというような調子で女性は言った

…こちらの丁寧かつ繊細な

日本人的お断りを察せというのに

無理があったのかもしれない

「行かないです」

こちらも諦めて普通に断りを入れる

それでも笑顔を崩さず女性は

屁理屈をこね始める

「大体、入学式や卒業式なんて出たくて出てる人居ないじゃないですか？冠婚葬祭だって、参加したくて参加されてる方だけでは無いですよね」

彼女は、ふふんと鼻を鳴らし

「つまりは全部こちら都合という事です」

さも、この世の真理と言わんばかりの調子で話をまとめられる

そんな強引な屁理屈で

「はいそうですか」なんて

ノコノコこんな奴に付いていく馬鹿は

もれなく死んで、異世界転生コースだろう

俺は無言で回れ右をして

来た道を戻ろうとするのだが

それを見て、女性は困ったような

何処か芝居じみた調子で言葉を続ける

「誰も居ない葬儀」

「それを悲しいとは思われませんか？」

その言葉に足を止めて、聞き返してしまう

「…参列者が居ないって事か？」

そんな馬鹿な話が有るのだろうか？

そもそも、参列者が居ないのに

葬儀を執り行う事など出来ないはずだ

葬儀屋だってボランティアじゃない

会場を使うのも、看板を出すのも

式自体にだって少なくない料金が発生する

その料金だけを支払い、参列はしない

…そんな奇特な奴が居るとは思えない

女性を訝しげに、見ていると

彼女はその答えを提示する

「最近、流行りの生前葬ですよ」

…生前葬っていうと

終活とかなんとかいって自分が死ぬ前に

葬式やら墓を買ったりするアレか？

しかし、いくら生前葬とはいえ

誰も参列しないのならば

葬儀を執り行う意味があるとは思えない

ともすれば

故人(仮)は終活する前に、もっと人間関係を

円滑にする努力をした方が良いだろう

そんな皮肉を思うが

人の事を言えた義理ではないし

俺にとっても他人事ではない

俺だって死んだら

片手で数える人数しか集まらないだろう

両親にあと姉くらい？

姉は合コン忙しいとかで来ないかもしれない

…つまりは家族しかこなくて

だから正直

俺が死んだら海にでも散骨して欲しい

墓参りだの葬儀の準備だので

死んでまで、家族に迷惑掛けるなんて

まっぴらごめんで

それなら千の風にでもなった方がよほどいい

だが、人生の最後に誰も居ないなんて

ボッチにしたって悲しすぎやしないか？

なにより、他に人が居ないと聞いて

多少気が楽になった俺は

そんなボッチライフの先駆者様に

話を聞くのも悪くないと思い始めてきた

「香典無いですけど」

「…それでいいなら」

そんなふうに女性に告げる

女性はパイプ椅子を畳み、看板の横において

「有難うございます、それでは話の続きは歩きながらで宜しいですか？」

にこりと笑い

軽く一礼し、歩き始める

「そもそも、故人…というか施主さんはどんな方なんですか？」

というか

俺しか参列しないってことは

俺が喪主になるのだろうか？

第一、生前葬の喪主って

どんな空気感で話せばいいんだ？

「生前、故人は…」なんて言い始めたら

意味わかんない感じになるし

泣ける気もしない

むしろ、本人を知っていている方が

余計に難しい気がするのだが…

ただ、俺以外誰も居ないから

変な空気になりようがないのは救いではある

でも、それでいいのであれば

いっそエキストラでも雇った方が

良かったのでは無かろうか？

そんなことを考えていれば

女性から返答を告げられる

「…貴方と同じ位の女性ですよ？」

勝手なイメージでヨボヨボの老人を

想像していたが同年代と聞いて気が滅入る

同年代の女の子と話せることなんて

天気の話が限界で

むしろ、話す前にMPを削りきられる

魔王クラスの強敵だと言える

こう言っては失礼極まりないが

そういうことなら是非

死んでから呼んで欲しかった…

「何か、重い病気とかですか？」

同年代と聞いてはそう考えるのが普通だろう

ずっと病院暮らしで友達もできず

一人孤独にその最後を…などと考えてしまう

「いえ、病気では無いのですが、彼女は一週間後に死ぬんです」

まるで決まったことのように

強く言いきるその言葉に

違和感を感じずにはいられない

「今日でも、近々でもなく、いつかでもなく、一週間後に？」

何でもないことのように彼女はそれに頷く

「ええ、一週間後に」

疑問を口にしたものの

何となくそれを察してしまった

世の中にごまんと溢れかえる死因の中で

いつと決められる物は一つしか思い付かない

ー　多分それは、 自殺だけだ

ただ、理由はどうあれ

俺はこれから居なくなる人間に会いに行く

それは、何一つ変わらなくて

正直、それが自殺だろうが

異世界転生だろうが大差は無いと言える

乗り気なのかと問われれば

乗り気では無いと答えるだろうが

生前葬をするくらいだから

危害を加えられる可能性は低いであろう事は

多少なりとも、安心材料ではある

正直なところ、分からないことだらけだが

特に知る必要は無いのだ

居なくなる人間に、興味をもっても仕方ない

無言のまま後ろを歩く俺に向けてなのか

彼女はポツリと呟く

「…そういう契約ですので」

ーー　契約？

１週間後に死ぬ契約なんて

保険金目当て以外思い付かない

そして、考えてみれば他殺も

日時が明確な死因ということに思い至る

「それ、どんな完全犯罪のシナリオ？」

そんな俺の冗談を聞き流すように

真面目な調子で言葉を続ける女性

「守秘義務も有りますので全てはお話しできませんが、私達は彼女の未来を買い取ったのです」

「未来を買い取る？」

どうやらこの話はサスペンスでは無く

ファンタジーらしい

ここまで常軌を逸してしまえばこの話は

冗談じみた時間潰しの雑談としか思えない

他に話すことも思い付かないので

面白半分に聞いてみる事にする

「因みにおいくらだったんですか？」

「その子の残りの人生」

「三億円です」

女の顔には冗談のような笑みが…

浮かぶはずもなく

普通な調子で語っていた

「三億円ですか…」

多分、俺の残りの人生に値段を付けるなら70年で三千万円位のワゴンセールで

…これだって自己愛で高めに見積もっている

大して偏差値の高くない高校で単位数はギリ

恋人どころか、友人も居ない

「残りの人生を三億円で買い取って貰えるなんて、よほど恵まれた人生だったんですね」

「そんなお高い人生なのに、売り払うなんて勿体ない」

俺はそんな呟きを自嘲気味に漏らす

別に嘆くほど不幸だとは思わない

死にたいだなんてこれっぽっちも考えない

ー けれど、灰色の人生だった

たぶん、これからもそれは揺るがない

「勘違いされているようですが、彼女の人生は、有り体に言えばとても辛い人生です」

「普通に生きて、適度に挫折して」

「それなりに不幸を気取ってる小暮千秋（こぐれちあき）さん？」

女性は振り返り、乾いた笑みを向ける

「…貴方なんかと違って」

…これまでの会話で名乗った覚えはない

一瞬で悪寒が背筋を這い上がる

顔をこわばらせた俺なんて

どうでもいいように言葉を続ける

「私、未来だけでなく過去も買い取りをしてるんですよ？」

「貴方のこれからが、無価値なものなら」

「過去でもいいです買い取りましょうか？」

女はいつの間にかヒラヒラと契約書と書かれた一枚の紙をつまんでいる

「例えば、そうですね」

「剣道で中等部全国優勝をした時の記憶なんか、高く買い取りしますけど？」

俺は女からその紙をひったくり

中身に目を通す

住所、氏名、年齢だけでなく俺の学校名

挙句、大会名なんかまで記入され

後は捺印するだけの状態だった

俺はその紙をビリビリに破り捨てる

「残念、交渉決裂ですね」

その声から感情は読み取れず

張り付けたようなこちらを見る笑顔

先程までは冗長な雑談の筈だったこの会話に底知れない恐怖を覚えてしまう

「まぁ貴方の場合、その後引退して過去の栄光は自身の足枷になっているので」

「満額で買い取りは難しいですけど」

「それでもその瞬間の記憶は」

「貴方にとってかけがえのない…」

恐怖よりも怒りが勝り、話を途中で遮る

「これ以上ふざけたことを言い続けるなら俺は帰りますけど？」

もはや、そんな記憶

二束三文で売り払ってしまっても良い

だがそれでも過去を記憶を買い取る

そんなこと出来るはずがない

それよりも

何でその事を知っているかの方が怖い

女を睨み付けるが

彼女はそんな俺を意に介す事なく、微笑む

「道すがらのどうでもよい雑談です」

「気分を損ねられたのであれば」

「謝罪致します」

あっさりと引き下がり

微笑みを崩さないまま頭を下げるが

それを雑談と言い、冗談と否定はしない女

「時間をお金に変えることが出来るなら

この世から労働という二文字は要らない」

そんな俺の言葉を鼻で笑う

「労働という時間をもって賃金に変える」

「皆さん、そうやって生きてますよね？」

確かに、働いた時間に対して給料を支払う

時給なんて言葉が有るのだから

…それは、至極当然だが

だが、それは労働によって得られた

成果に対しての報酬であって

時間そのものに対する値段ではない

「そんな都合のいい話じゃ」

「死にかけの老人だって引っかからない」

「…随分と稚拙な詐欺だな？」

あの契約書にサインしたら

「じゃあ振り込むんで、キャッシュカードと暗証番号を…」

とでも、始まるのだろうか？

そんな俺の言葉を可笑しそうに笑い

彼女は告げる

「…公にしてないだけで出来るんですよ」

ふざけたそれを当たり前に口にする

「なにせ、神様なので」

にこりと作り笑いで微笑み掛ける女

モーゼでもアラーでも　

キリストでもブッタでもなく

自分こそが神だと宣うスーツ姿の女

そんな意味不明な自称神に

個人情報を掌握されている事実に戦慄する

むしろ、本当に彼女が神様であれば

俺の個人情報なんか知っていて当然だろうが

それでも、神なんて居ないのだ

それ以上の追求を許すこと無く

「着きました」と女性は、告げた

そこにあったのは

ごく普通の葬儀場だったのだが

…やはり花輪の付いた看板が掛かっている

「こっちの看板も花輪付いてんのかよ…」

もはや看板よりも

この女の方が異様だと思い知った俺は

先程までの会話のすべてを諦める

「では入りましょうか」

薄暗いロビー続くドアを押し開け

女は当たり前のようにそこを進むが

俺は躊躇したまま、その場を動けない

彼女は振り返り俺を見て微笑む

それは薄暗さのせいか

とても残酷に、そして美しく見えて

笑みを向けられ、思ってしまう

…仮にもし神様ってやつが居るとするのなら

こんな感じで気が狂ったような奴だ

そうで無ければ、不条理で欠陥だらけの

こんな世界にならなかっただろう

深く息を吸って吐き出す

ーー　なにか楽しいことは無いかと

日々考えていたのは認めるけれど

こんな非日常なら

つまらない灰色ほうが、幾分マシだった

そんな事を心の中でボヤいて

意を決して、俺はロビーに一歩踏み出した