公爵令嬢は甘やかされ過ぎて困ってます!
初仁岬
第1話 公爵令嬢始めました
「リリアーナ様! 朝ですよ!」
そんな大きな声と体を揺さぶられる感覚。
段々と意識がはっきりとしてきた。
目を開くとそこには見覚えのある天井と侍女の顔があった。
「リリアーナ様。今日はこの後、王城へ向かわないといけません。
諦めて布団から出てきてくれませんか?」
私を起こすのに泣きそうな顔で覗き込む彼女の名前は、レイナ・アルフィン。代々、メルフォルン家に仕える一族・アルフィン家の少女だ。
とはいえ、私から見るといわゆる幼馴染というやつで、歳も彼女が一個下というだけなので仲もいい。
「レナ。そんな泣きそうな顔をしないでって毎日言ってるじゃない」
「だ、だってリリィの幸せそうな寝顔を見ながら無理矢理にでも起こさないといけないなんて!
ああ、どうして、こんな大変な仕事を私に押し付けるの!」
私の現在の年齢は十一歳。アルフィン家の人間が従者として働き始めるのは十歳からだ。
レイナが十歳になるまでは、他の者が当番制で来ていたはずだけども、レイナが来るやいなや、私を起こす役目は全てレイナが担うことになった。
そして、これである。
私を起こすだけでこの精神ダメージ……ちょっと私のこと甘やかし過ぎじゃないかしら?
ちなみに、当番制だった時も起こしに来る者は決まってその日非番の者だった。
彼女たちもレイナくらい精神ダメージを負ってたのかしら……
非番の者が朝からそんな精神ダメージを負っていたら休みどころではないと思わなくもない。
「さ、レナ。着替えは一人で出来るから、出発の支度をしておいて頂戴」
「承知しました。リリアーナ様」
ただ一つ付け加えるなら、私の侍女は精神ダメージを負いやすくとも立ち直りも早いということだろうか?
さすがアルフィン家の血族である。
従者としての素質は私が出会った使用人の中で随一でしょうね。
部屋を出ていく侍女を見送り、彼女が用意しておいてくれた服に腕を通す。
窓の外を眺めながら改めて、私は私の名前を確認する。
リリアーナ・イグナイト・メルフォルン―― そう、それが今の私の名前。
代々、王家に仕えるメルフォルン公爵家の長女。
我がメルフォルン本家の構成は宰相の父ミゲル、領主代行の母セレン、騎士団所属の見習い騎士である従兄レオ、政治経済を学ぶ学院生の兄アイン、そして、私と三つ下の妹サーシャの六人である。
そして、私にはこの世界の知識と他に異世界の知識がある。
いや、正確にはこの世界には存在しない科学という知識があると言ったほうが正しいのかも知れない。
私は勝手にこの科学という知識を前世の記憶として扱っているけども、実際にこれが前世の記憶なのかどうかは分からない。
この世界は全てが魔法によって支えられている。しかし、私が持つもう一つの記憶の中には魔法というものがない。
電気と呼ばれる力で明かりを灯し、液体や気体で出来た燃料によって鉄の塊が走り、浮き、飛ぶ。
そして、その記憶に触れた、いや、思い出したと言った方がいいのかしら?
ともかく、科学の知識を得たのが五歳の時。それから既に六年が経つのだ。
とはいえ、以前の名前は思い出せないでいる。
故に、これが自分自身の記憶なのか、誰か別の人物の記憶なのか、はたまた何か別の超常現象が起こした神の贈り物なのかはまるで分からない。
それはつまり、私が転生者なのかも分からないということ。
まぁ、別に転生者でも何でも良いと思っているというのが実際のところ。
なにせ、生まれてこの方、一度も転生者はまだしも、転移者に関しても聞いたことがない。
魔法が存在するこの世界においても、転生や転移というものは神が引き起こす超常的な何かなのだ。
公爵家に生まれ、公爵令嬢としてマナーや教養を叩き込まれた以外は魔法を覚えたり、好きなことをして過ごす日々。
レイナのような物分りのいい幼馴染もいたし、生活に不自由することなど一度もなかった。
多少、この世界に存在しないはずの知識が露呈しかけることで、周囲から変に思われたりといった弊害はあったものの、特にこれといって問題にはなっていない。
それに正直、公爵令嬢である以上、この歳でも何かしら、そう例えばお茶会くらいはあるものだと子供ながらに思っていたのだけども、今日の今日まで一度もなかった。
兄のアイン曰く「そういう面倒事は俺たちに任せておけ」とのこと。
何がどう面倒なのかは分からなかったが、公爵家ともなると関係を深めようと色々よってくるのかも知れない。
お茶会とはそういう場所なのである。
で、私に対して異常なほどに過保護な周囲は、醜悪な環境とも言うべき社交界に私を付きそわせることもなかった。
といった理由から、私はというと、完全に世間知らずの箱入り娘と化している訳である。
少なくとも前世の記憶がなければ、自分が箱入り娘ということにも気づけないで王城に向かうことになったのかと思うとゾッとするが、実際には気づけているのだから気にせず堂々とマナーを思い出しながら対応しようと昨日の内にイメトレも済ませておいた。
準備は万端――のはず。まぁ、いつまでもウダウダと言っていると、両親が王家に歯向かって私を出席させないかも知れない。
そうなるとメルフォルン家の立場も悪くなるが、宰相である父の評判も落ちかねないし、次期宰相候補の兄にまで影響が及ぶだろう。
それに私自身が初めてのお茶会で楽しみにしていたのも事実だ。
この機会を逃すわけにはいかない。
そう決心して、着替えを終えた私は食堂へと向かうのだった。
† † †
武と聖の国。魔法大国ミュラルアーク。
それが、私の住む国の名前だ。
その昔、魔導と呼ばれる科学に近い技術を持って世界征服を目論んだ軍事国家・ローグアナ帝国を滅ぼした勇者が、聖女や圧政に苦しんでいた帝国の民と共に再建した国がこのミュラルアークと言われている。
そして、勇者が初代皇帝となり、初代宰相となった聖女が我がメルフォルン一族の先祖なのだとか。
もっとも、女性宰相というのは聖女だけで、それ以降、我がメルフォルン家が代々宰相を務めるものの、私のように娘たちは次期宰相候補になることすらなかったという。
それだけ、聖女は代わりが効かないほどに人望と能力があったのかもしれない。
また、そんな発祥の国ということもあり、呪いに対する高い対応力を持つ教会が世界一整備されているとされ、貴族、軍人、平民問わず誰もが共に肩を並べて武術を習う。
まぁ、私は剣術に興味があったのだけど、家族どころか従者たちにも「お嬢様には必要ありません。もしもの時は私を盾にしてください」と口を揃えて言われてしまうと、私にはどうしようもない。
食卓へ向かうと、すでに家族全員が座って待っていた。
「おはよう御座います。お父様、お母様。それにアイン兄様、レオ兄様、サーシャもおはよう」
私は朝が苦手だ。当然、起こされないといつまでも布団でうだうだしているし、今日だって時間ギリギリの寝坊をしている。
だけど、誰一人として先に食べ始めてはいない。
これは、全員揃うまで食事を始めないというメルフォルン家のルール――だったら良かったのだが、驚くことに私が席に着いていないから食べていないだけなのである。
時間に遅れればたとえ席に着いていないのが父でも先に食べ始める。
私は家族の中で一際愛されているのだと実感している。
だが、それ故に甘やかされ過ぎている。
そう、私は甘やかされ過ぎて困っているのだ。
――
あとがき
「黄昏の巫女と愚かな剣聖」「二度目の人生は平穏に過ごしたい!」のあとがきに書いたように、思いつきの新作です。
「才女の異世界開拓記」を継続して書きたかったのですが、イメージは出来ていてもなかなか文章に書き下ろすことが出来ずにいて、なろうの更新が止まっています。
あちらを、正式に暫く休載しようと思い、今回、前から少しずつ書いていたものと、完全な新作をちまちま書くことにしました。
一応、「黄昏の巫女と愚かな剣聖」を最優先で書く予定なので、「二度目の人生は平穏に過ごしたい!」と本作「公爵令嬢は甘やかされ過ぎて困ってます!」はたまーに気が向いたら更新するって感じで進められたらと思っています。
よろしくおねがいします。
公爵令嬢は甘やかされ過ぎて困ってます! 初仁岬 @UihitoMisaki
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