水切り石投げ日本一

結城藍人

水切り石投げ日本一

 俺はつまらない男だと自分でも自覚している。顔も平凡、学力も平凡、体力も平凡。どこにでもいる、平凡な男。


 だが、これだけは他人に負けないという芸がひとつだけある。水切りだ。石切りともいう。小石を水面に投げて跳ね返らせ、遠くまで飛ばすという子供の遊びだ。


 なぜか、子供の頃からこれだけは得意で、誰にも負けたことは無かった。


 だから、こればかり遊んでいた。誰も俺には勝てないから付きあって遊んでくれる友達もおらず、ひとりで距離を伸ばすことだけを考えて遊んでいた。


 凄い距離を飛ばせるようになったが、だから何だと言われると、何にもならない。


 いや、今だったらもしかしたらYouTubeとかいうのに動画を載せたら金になるのかもしれないが、俺が大人になる頃にはそんなものは無かった。


 平凡に就職して、平凡に結婚して、平凡に老いて、平凡に死んでいく。


 そういう人生なんだろうと思っていた。


 だが、いわゆる「失われた二十年」というやつは、それまで漠然と考えていた「平凡な人生」というやつを俺に送らせてはくれなかった。


 就職に失敗して、コンビニでのアルバイト生活が続く。それでもニートよりはマシだと思っていたが、あることをきっかけに、俺の人生は大きく変わってしまった。


 店にやってきたヤクザの男に因縁を付けられてしまったのだ。俺は別に何もヤクザの気に障るようなことはしなかったのに、無理矢理に喧嘩を売られた。


 あとから聞いた話だと、そのコンビニからみかじめ料をせしめるためにオーナーを脅そうと、従業員をターゲットにしたらしい。誰でもよかったが、そのときレジにいた俺が狙われたということだった。


 そのころ、バイトしながら行っていた就職活動が何度やってもうまくいかずに腐り気味になっていた俺は、ヤクザに因縁を付けられたことで、溜まりに溜まっていたストレスがついに爆発してしまった。


 もう死んでもかまわない、どうせ生きていたってしょうがないんだから、好き勝手やって死んでやる!


 そう思った俺は、レジの中にあった小銭をヤクザに投げつけた。


 小銭はヤクザの頭に当たり、脳震盪を起こさせてしまった。ぶっ倒れるヤクザ。


 ヤクザが連れてきていた舎弟どもが色めき立って俺に襲いかかってきたが、俺は全員に小銭を投げつけて、全員ぶっ倒してしまった。


 それで警察を呼んだのだが、ヤクザどもは別に俺を殴ったりしておらず、単に言葉で脅迫しただけだったので、逆に俺が過剰防衛ということで注意されてしまった。まあ、相手がヤクザだったから特に起訴とかされずに注意だけで済んだんだが。


 でも、それでコンビニは首になった。オーナーがヤクザに恐れをなしたんだろう。


 もうどうでもいい、どうにでもなれと思って自暴自棄になっていたところに声をかけてきたのが、俺にぶっ倒されたヤクザどもの親分だった。


 俺が何でそんな風に小銭で相手をぶっ倒せるのかを知りたいと聞かれたので、小さい頃から水切りで遊んでいただけだと言うと、いたく感心したようだった。


 そして、俺にヤクザの用心棒にならないかと誘いをかけてきた。最近のヤクザ業界は警察の締め上げが厳しい。銃刀法にひっかかる武器を持っていると、すぐに摘発されてしまう。


 だが、どこにでも落ちている小石や小銭を持っていて咎められることはない。俺の石投げは強力な武器になるというのだ。


 戦国時代の名将、武田信玄の軍隊には、石投げ専門の部隊があったという。石というのは意外に強力な武器なのだ……と親分は言った。


 世の中に絶望していた俺は、親分の誘いに乗った。


 それからの俺は充実した日々を送った。反社会勢力? 悪事? それがどうした!


 俺の正確な石投げで、目の前の鉄板に石をめりこませられた相手はビビって親分に逆らうことをやめた。


 水切り遊びが元だというのを演出するために、いちいち川の中頃に鉄板を立てて、そこに水切りで石を投げ込んでぶち抜くという演出をするようになったら、もっと脅しの成功率は上がった。子供の遊びなのに人を殺せる威力があるというギャップが、かえって恐怖心を煽っているのだろう。


 それでもまったく言うことを聞かない相手には、遠くから石を投げて頭に命中させて殺した。俺は手袋を使うようになっていたから指紋などは残らない。凶器は河原を探せばどこにでもある石。目撃者や監視カメラさえ注意していれば、俺の犯行だという確固たる証拠は無い。


 最初は少し躊躇していた人殺しにも、そのうち慣れた。親分は俺のことを下にも置かない持てなしをしてくれるし、子分どももビビって逆らおうとはしない。俺は、自分の居場所を見つけることができたんだ。


 そんな充実した生活が続いていた日々に、影が差す。


 うちの縄張りシマによそ者がやってきて、ある店を脅していた子分の邪魔をしたのだという。私立探偵だそうだが、喧嘩が強くて子分どもでは相手にならないらしい。


 そいつを痛い目に合わせるために、俺が出張ることになった。幸い、脅す店は川沿いのカフェ。俺のデモンストレーションをするには最適の立地だ。


 俺は、親分と一緒に子分どもを引き連れてその店に向かった。


 私立探偵とやらは、黒い革のジャケットとズボンをはいて、白いギターを背負った伊達男だった。そいつは、俺の顔を見ると何と俺の名前を呼んだ。どうやら、俺のことを知っていたらしい。


 その上で、そいつはこう言った。


「水切り石投げの名人、だが日本じゃあ二番目だ!」

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