第4話 ジオラマの国へ

「震度6強?! ううん、さっきの揺れは震度7くらいの強さはあったよ!」


 突然、起こった地震のパワーが、バスタブを動かしてお風呂の壁を破壊したっていうの? しかも、隣は図書館の地下だったなんて。


 自宅の風呂が地下にあるのは妙だと思っていたが、図書館の地下と風呂場が壁1枚でつながっていただったなんて、クレイジーすぎる。

 バスタブは、百合香を中に入れたまま、フローリングの床を滑るように進んでゆく。壁が崩れた瞬間に、とっさに手に取った英語教本の”ナイチンゲールと紅い薔薇”。百合香ができたことは、それを胸元に抱きしめることだけだった。


「ひやああああっっっ!」


 図書館の地下には、弟の京志郎が作ったジオラマがある。


「あああっ、京ちゃんのジオラマにぶつかるぅぅぅ!」


 次の瞬間に、目前に金平糖こんぺいとうが弾けるみたいに虹色の星が散らばった。



 ☆  ★  ☆  ★  ☆


  チチチチッチ……


 こそばゆいような鳥の声が、森の中から響いてくる。

 冷えた空気。

 頬に当たる風がぴりりと肌を刺激し、針葉樹の常緑の木々の枝に積もる雪が日差しに反射して美しい。

 白い雪が……どっさりと積もっている。絵本で見たような冬の森の定番の景色。


 そう。バスタブの湯につかったままの百合香が、図書館の書棚の間を抜けると、


- そこは、純白の雪国であった -


「ここ、どこ?」

  

 百合香はバスタブから身を乗り出して回りをきょろきょろと、見渡してみた。木漏れ日が眩しい。朝なのだろうか、静かで穏やかな光に照らされた森には、互いに呼び合う鳥の囀りしか聞こえてこない。


「寒いっ」


 当たり前だ。辺りは一面の雪景色で、自分だけがバスタイム姿なのだから。


 くしゅんっ!


 とたんに寒気に襲われて、百合香は慌ててバスタブに身を沈めた。さすがは、相良家自慢の24時間風呂だ、こんな場所でも湯は心地よい温度に沸いていて、とても温かい。けれども、今は露天風呂を楽しんでる場合じゃないのだ。

 百合香は、首まで湯につかりながら、もう一度、周りを見てみた。


 森の木々の上に、お城の屋根がちょっこりと見えている。欧州紀行のカレンダーに出てくるような石造りの中世風のお城。高くそびえ立つ2つ塔は雪を抱え、その先にはそれぞれ、風見鶏とケルトの十字架が備え付けられていた。


「……お城と森……でも、あのお城ってどこかで見たような」


 その時、百合香の頭上を掠めるように、一羽の鳥が飛んでいった。


 チチッチッチ


 あれは……?


「ナイチンゲールっ?!」


 百合香ははたと、弟の京志郎が図書館の地下に作っていたジオラマに入り込んでいった鳥のことを思い出した。あれは、英語教本から飛び出していったナイチンゲール。ってことは、まさか、まさかっ、私まで……


「入り込んじゃったの。 ジオラマの国へ!」


 百合香は狼狽える。すると、バスタブの中のお湯の温度までが上がりだした。冬のお風呂の適温は40℃、しかし、湯の温度は、それをどんどん超えていった。


「熱っちっ、熱っ、ああっ、誰か何とかしてぇっ!」


 黄色い声に引き寄せられて、助っ人はすぐにやってきた。ぽちゃぽちゃとバスタブの中に飛び込んできた白くて丸い物体。


「あれ? ちょうどいい湯加減になった……」


 ほっと息をついたバスタイム娘は、胸元でわいわいと騒いでいる、その小さくで丸くて可愛い物体に目を向けた。


 ”ミニ雪だるま”たち だった。


 それらはすぐに溶けてしまったのだが……。


「はあぁあああああっ?! はあぁあああっ?! 」


 驚きすぎて、目玉が顔から飛び出しそうだった。馬鹿みたいに叫ぶしか能がなくなってしまった。それもこれも、こんなおかしなジオラマを作った弟が悪いんだ。


「京ちゃん、責任取ってよ! 取れないんだったら、早く、助けに来なさいよっ!」


 ……が、


「あんたさ……そこで、何やってんの……」


 頭上から聞こえてきた声に、バスタブの中の少女は怯えたような瞳を向けた。


 ”灰汁色あくいろのマントを羽織り、背に斜にかけた鞘には剣。黒装束に身を包んでいる”

 小柄だけれども、晴れた夜の星のように、輝く目をした”青年”の方に。

 

 

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