お寿司の学校

八ツ波ウミエラ

2番目

「こら、岸川、廊下を走るな」


 岸川は止まって振り返る。右手には虫取り網を持っていて、それに使い捨てカメラがいくつも入っている。背中には“学校の七不思議調査中”と書かれた張り紙。


 ああ、話しかけるんじゃなかった。そう思ったときにはもう手遅れ。


「お、瀬木。ぼくに話しかけたってことは、学校の七不思議に興味があるってことだな」

「瀬木先生」

「瀬木」

「瀬木先生」

「瀬木」

「……」


 瀬木が黙ったので、岸川は七不思議の説明を始める。沈黙は肯定という言葉を授業で習ったのを覚えていたのだ。ふたりが出会ってから三ヶ月の間に86回言われた、先生が黙ったのはな、お前にあきれてるからだよ、という言葉は忘れた。


七不思議そのいち

【深夜2時に職員室を玉子の寿司が走り回る】

七不思議そのに

【校長室の鏡には人間がマグロの寿司としてうつる】

七不思議そのさん

【井戸の中はイカの寿司で埋め尽くされている】


「も、もうやめてくれ。とりあえずその七不思議を作ったやつが寿司好きなのは分かったよ」

「作ったという言い方は良くない!七不思議は真実なんだぞ!」

「真実にしちゃ寿司だらけだ」

「真実だから寿司だらけなんだよ」


 岸川は虫取り網から使い捨てカメラをひとつ取り出す。

「じいちゃんに聞いたけどこの学校の七不思議は大昔からあるんだ!普通、七不思議ってのは怖いから語り継がれるもんだろ?でも、寿司の七不思議は怖くない。怖くない七不思議が語り継がれるのは何故か?それは、七不思議が真実だからだ!!この学校には!大昔から!寿司の妖怪とか!寿司の幽霊とか!寿司の宇宙人とかが潜んでるに違いないんだ!!」


 パシャッ。カメラのフラッシュが光る。


「こら、先生の写真をいきなり撮っちゃダメだろ」

「ごめんなさい、でも、手にいれたばかりで使いたかったの。…これ、もう1枚撮るにはどうするの?」

「ああ、ここを回すんだよ、ほら。数字が1個減るだろ、これでおっけー」

「ありがとう!先生!!頼れる瀬木先生!!ついでに夜の学校を調査するのも手伝って!瀬木先生!!」


 こういう時だけ、先生って言うよな、こいつ。瀬木はあきれながら思う。


「こういう時だけ、先生って言うよな、お前」


 口にも出すことにした。


「先生って呼べば、瀬木は機嫌が良くなって扱いやすくなるから」

「くそがき」


 深夜の学校。ふたりは職員室にいた。


「寿司の妖怪ってのはいいよ。ひょっとしたら本当にいるかもしれねえ。でも、寿司の幽霊って何だよ。魚の幽霊なんじゃねぇの?あと寿司の宇宙人にいたってはもうわけがわからん」

「えっと、じゃあ、寿司職人の宇宙人!アダムスキー型のUFOに乗ってて、人間をさらって寿司のネタにして食べちゃうんだ~~」

「怖すぎるだろ……。お前、足遅いからさっさと捕まって食べられちゃうぞ。宇宙人に殺される前に帰ろうぜ。もう深夜の2時だ」

「ぼくはいいよ」

「は?」

「ぼくは、寿司の妖怪とか、寿司の幽霊とか、寿司の宇宙人をひとめ見れるなら、そいつに殺されちゃってもいいよ」


 岸川があんまりまっすぐな目をしてるから、瀬木は何も言えなくなってしまった。先生はお前が心配だよ、岸川。本当はそう、言いたかったのだけれど。


「あ、でも、瀬木が死ぬのはやだな。ぼく、ひとりでも大丈夫だから、先に帰ってていいよ」

「何言って……」


 突如、すべての窓から眩しい光が注ぎ込む。


 それは目を閉じても眩しさを感じるほどで、思わず座り込む。チャイムの音が鳴り響く。あれ、深夜だから鳴らないはずなのにな……?最後にそう思い、瀬木は意識を失った。


 ピピピピ、目覚ましのアラームが鳴る。


「瀬木~~、はやく起きろ~~、今日の一時間目はイカだよ!イカ!!」

「瀬木先生」

「もう先生じゃないじゃん」

「くそがき」


 身支度をすませてふたりは寮を出る。教室に行き授業を受ける。イカのさばき方を習う。次の授業はマグロだ。


 ここはお寿司の学校。宇宙人は地球人をさらって、寿司職人として育てている。


「寿司職人の宇宙人じゃなくて、寿司職人を欲しがってる宇宙人だったね」

「恐ろしい宇宙人がいたもんだよな」

「他の星から人をさらっちゃうくらい、寿司好きなんだね、宇宙人」

「だな」

「…………あのさ、瀬木。ごめんなさい。こんな目にあわせて。瀬木の人生を滅茶苦茶にしちゃった。なのに、ぼくは、今の暮らしを楽しんじゃってるんだ。ごめん、ごめんね……」

「おい、泣くな。いいか、よく聞けよ。お前が自分の命より、不思議なものに関わるのを優先するのと同じで、誰にでも自分を2番目にしてしまうほど、大切な物があるもんだ。おれの場合は生徒がそれだ。だから、お前が元気なら、いいんだよ」

「ええ~~!!友達だから大切なんじゃないの~~??!!瀬木!瀬木~~!」

「友達じゃない!!先生と生徒だ!呼び捨てするな!先生をつけろ~~!!」

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