2番目マニアの恋煩い
コサジ少将
人生2番目に幸せな日
高校2年生、
理由なんて覚えていない。物心ついた時からすでに2番目というものに惹かれていたし、2番目という立ち位置にこの上ない落ち着きを感じていた。小学1年生の時は早く2年生になりたいと泣き、小学2年生の時は3年生になりたくないと泣いた。徒競走で1位になりそうになればわざとスピードを緩めた。
高校に進学してもその執着は一向に収まらなかった。野球部の不動の2番として定着し、教師と交渉して席は前から2番目。生徒会に立候補して副会長。2番目という存在にこだわり続けた。学力テストも2番を目指し、体力テストでも2番を目指し、クラスで2番目に親しまれる人物を目指した。
そうして2番になれた時この上もない幸せを感じたし、一歩届かず3番、やりすぎて1番になった時などは隠れて号泣した。人前で泣いてしまってはクラス2番目の人気者にはなれないからだ。当然志望校は本来の第一希望ではなく第二希望。
何かに期待しすぎることが怖い。誰かの1番になるなんて荷が重い。心の深いところにある臆病さが二階堂を形作っていたのであるが、幸いにして二階堂の学生生活は順調かつ幸せなものだった。何もかも2番目など、生半可な努力では目指せるものではない。
学業を、スポーツを、絵画を、笑いを、写真を料理を登校順を、2番目に2番目に2番目に2番目に。それを目指し続ける二階堂は紛れもない努力家であったし、理由はどうあれ魅力的な人間に映った。周囲の人間も当然よくしてくれた。二階堂自身は2番目にこだわるからこそ生まれた幸運と信じ切っていたが、その幸せは紛れもなく自分自身でつかんだものだった。
そんな二階堂が、一世一代の恋に直面している。
かつてないほどの苦悩を抱えている。一ノ瀬はじめ。何事にも一生懸命で真っすぐな彼女に気が付いたら二階堂は惚れていた。
今まで自分に一番大切なものなんてなかった。過剰な期待をせず、分を弁えて2番目程度で妥協すれば何もかもうまくいくと、病的に信じていた。そんな二階堂だというのに、気が付いたら一番に彼女を目で追っている。どうしようもなく彼女が欲しい。自分の一番になってほしい。
それは二階堂の今迄の哲学をひっくり返す感情であった。
きっちり2か月と22日悩んだ挙句、二階堂は一ノ瀬に想いを告げることにした。校舎裏に彼女を呼んだ。この時点で手は汗でべとべとだ。それが緊張からなのか、今までの自分を裏切る行為だからなのか、二階堂には判別がつかなかった。
からからに喉が渇いていたが、それでもどうにか言葉を紡いだ。ありのまま正直に絞り出した。
「一ノ瀬はじめさん。ずっと前から好きでした。気が付いてるかどうか知らないけれど、自分はずっと2番目でいれば幸せになれると信じてきていました。…そんな自分を捨てたってかまわない。僕の、一番になってくれませんか?」
歯の奥がガチガチと音を立てる。膝ががくがくと震えている。何か途方もないことを自分はしているのではないか?不安に押しつぶされそうになりながらも、気持ちを抱え続けることが出来ずに二階堂は一世一代の告白をした。どこまでも続きそうな静寂を切り裂き、一ノ瀬はきっぱりと告げた。
「お断り!」
◆◆◆
高校2年生、一ノ瀬はじめは1番目マニアである。いや、マニアというのは大分マイルドな表現かもしれない。依存症、症候群などと言った方が適切であろう。一ノ瀬は病的なまでにトップを愛していた。
理由なんて覚えていない。物心ついた時からすでに1番目というものに惹かれていたし、どうしてみんなが出来る限りの高みを目指さないのか不思議でならなかった。3番目より2番目が、2番目より1番がいいに決まっている。より高く、より上に、出来ないこと、向いてないことはいくらでもあったが一ノ瀬はじめはひたすらに努力をした。
そんな一ノ瀬にはライバルがいる。二階堂次晴。様々なことに全力を尽くし、どんな物事においてもトップ周辺にいる男。彼が学力テストで一位を取った後、廊下で号泣しているのを見たあの日から、彼が気になってしょうがない。
私は一番であることが好きなのに。自分が一番大切なはずなのに。気が付いたら彼を目で追ってしまっている。恋心なんて言う、他人を思いやる、自分より大切な者ができる感情なんて知らなかったし、知ろうともしなかった。
それ故に一ノ瀬はじめは青春の煌めきという未知なる感情の奔流に押し流され、心が千々に乱れるのであった。この感情にどうケリをつけるべきか?きっちり1か月と11日悩んだ結果、感情に終着をつけようとした矢先、二階堂に先手を打たれた。1番を取られた!
こうして、時間は現在へと巻き戻る。
◆◆◆
「お断り!」
あまりにも遊びのないはっきりとした物言いに、二階堂の心は容赦なく打ち砕かれた。不断の努力で培った精神力がなければこの場で崩れ落ちていたかもしれない。逃げ出していたかもしれない。今まで生きてきて一番の衝撃。こんな時にも(2番目だったらよかったのに)なんて考えてしまっている自身の病的こだわりに自嘲をした。
しかし、だからこそ、堪えてこの場に踏みとどまったからこそ、二階堂は次の言葉を聞けるのだった。
「私は、私は自分が好きな人には心の底から笑っていてほしい。自分が一番でなくったって、一番がそばにあるっていうのも全然悪くないと思う。」
「――だからさ、自分を大事にしてよ。自分が一番好きだって言ってよ。そうしたらさ。私は貴方の2番目になれるから。」
それはただの言葉遊びだったかもしれない。ただそれでも、自分の病的な性分を瞬時に理解して、寄り添ってくれた一ノ瀬の言葉に、二階堂はどうしようもなく救われた。
本当に本当に最高の瞬間で、いつか振り返ったら、この時が一番だったなんて言うのだろうか。
…そんなことはあり得ない。彼女といる限り、その時が一番楽しいのだから!
この思い出は、2番目に素晴らしい!!
2番目マニアの恋煩い コサジ少将 @akirifu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます