角から2番目の空き地

八百十三

角から2番目の空き地

 住宅地の只中にある、とある十字の交差点。

 その交差点を県道の方から入っていって、まっすぐ行った方向、左側。

 角に立つピンクの壁をした家の前を過ぎると、そこは空き地になっている。

 広さは大体70平方メートルというところ。

 別に出入りが禁止されているわけでもなく、売り出し中の看板が立つわけでもなく、ロープも何も張られないで雑草が生い茂り、一本の松の木が生えている。

 そんな、一見して・・・・何の変哲もない空き地だ。


 一見して、とつけたのは、ただの空き地と断ずるには不自然なほどに・・・・・・・何かが起こるからだ。

 町内の山脇さんが無断で車を停めていたら、飛び石がフロントガラスを直撃して泣かされてたし。

 半年間迷子になっていた郡司さんの家の犬が、ある日ぽつんと空き地に座っていて無事に帰宅したし。

 市内を嵐が襲った際には、周囲に家が林立してアンテナなんかも立っているのに、空き地の中の木を落雷が直撃したし。

 捨て猫や捨て犬がその空き地にいるなんてのはよくあることだが、すぐに貰い手が見つかる。一度タヌキの子供が箱に入って捨てられていた時は、さすがに引き取り手探しに手間取ったけれど。


 何故だか知らないが、善いことも悪いことも、何やかんやで発生するので、「角から2番目の空き地」は町内では有名だ。

 子供にとっては「何か面白いことが起こる場所」でいい遊び場だし、大人にとっては「周囲の目が何かにつけて光る場所」なので便利な場所だった。


 そして私は、その空き地の隣の家。交差点に建つピンクの壁をした家に住んでいる高校生だ。

 嵐の日に落雷が空き地の木を直撃した際は、家が揺れるし轟音が響くし停電はするしで、家族全員が修羅場を経験したものである。

 貰い手が見つからなくて結局我が家が引き取ったタヌキの大吉は今では立派に家族の一員で、庭のケージの中ですやすや眠っている。


 そんな具合で、隣の空き地に良くも悪くも翻弄されている家に住む私は、2階の自室の窓から隣の空き地を眺めることが趣味になっていた。

 言い方は悪いが、観察するのにこれほど適した場所も無いもので。子供たちの遊ぶ姿も見ている分には可愛いものである。

 今日も私は、窓から空き地を見下ろしていた。


「(今日は子供たちの遊ぶ声が聞こえないな……木の下に集まってるのに)」


 木の下に集まって、何かを取り囲むようにしている子供たちの背中が、私の目に映っていた。捨て猫か捨て犬でもいるのだろうか。

 何の気なしにその様子を見ていると、取り囲む子供の輪から一人、長谷さん家の友希哉くんが私の家の方へと駆け寄ってきた。

 焦ったような表情で、窓から覗く私の顔に向けて必死に声を張る。


「由良ねえちゃん!早くこっち来て!!」

「どうしたのー?」


 針小棒大に騒いでいるだけだろう、と高をくくって返事をした私だが、次いで耳に届いた言葉に、私は目を見張ることとなる。


「知らないばあちゃんが空き地で倒れてる!!」

「えぇっ!?」


 友希哉くんの声に、私は思わず椅子から立ち上がって窓枠を掴んだ。

 身を乗り出してみると確かに松の木の下、女性が倒れている姿が見える。

 私はスマートフォンを半纏のポケットに突っ込んで家を飛び出した。

 扉を出て空き地に駆け込み、声を張る。


「ごめん皆、道空けて!!」


 私の言葉に子供たちがざっとその場から退いた。そうして空いた輪の切れ目を抜けて、私は倒れ伏す老婦人に駆け寄った。

 確かにこの近隣で見覚えのある顔ではない。どこかから迷い込んだかして、具合を悪くしたのだろう。表情も呼吸も苦しそうだ。

 とにかくまずは救急車を呼ばなくては。半纏のポケットから取り出したスマートフォンを取り落としそうになりつつも、急いで119をダイヤルする。

 果たしてすぐにコールは繋がり、スピーカーの向こうから救急隊員の声が聞こえてくる。


「救急です、どうしましたか?」

「あのっ、空き地でおばあさんが倒れています!場所はえーと、さいたま市南区の……」


 パニックになりつつ情報を伝えると、電話の向こうの救急隊員は「分かりました、すぐに向かいますのでお待ちください」と告げて電話を切った。

 無事に救急車を呼べたことに安堵しながら、私は傍で心配そうに見ていた友希哉くんに視線を向けた。


「このおばあさん、どうしたの?」

「オレたちが空き地に遊びに来た時には木の下で座ってて……最初は寝てるみたいだったんだけど、遊んでる時にちらっと見たら倒れてて……」


 友希哉くんの言葉に、他の子どもたちもこくこくと頷いた。話を聞くと遊びに来たのは20分くらい前とのこと。

 となると、倒れてからそんなに時間が経っているわけではなさそうである。

 そわそわとしながら救急車を待つこと5分、救急車のサイレンが聞こえ始めた。それから程なくして目の前の道路に飛び込んでくる、白い車体。

 そして救急車の中から、ストレッチャーを押しながら救急隊員がこちらに駆け寄ってきた。


「先程通報があったのはここですね!?」

「はい!そうです!」

「失礼します!」


 急いで場所を開けながら声を上げると、救急隊員は迅速におばあさんをストレッチャーへと載せていった。

 おばあさんが救急車の中へと運ばれていく中で、バインダーを手に持った隊員が私に声をかけてくる。


「通報された近松さんは貴女ですね。状況を簡単に教えてくれますか?」

「あの……私、隣の家に住んでて、空き地を眺めてたら、空き地で遊んでいた子たちが、あのおばあさんが倒れてるって教えてくれて……」


 そこから状況の聞き取りが始まった。

 しどろもどろになりながらも、何とか知っている限りのことを話すと、救急隊員はボールペンをしまってこくりと頷いた。


「分かりました。情報提供ありがとうございます」

「あの……おばあさん、助かります、よね?」


 私の言葉の後に、数瞬、沈黙が場を支配した。

 だが、どうしても気になったのだ。名前も知らないあのおばあさんが、無事に家まで帰れるかどうかが。

 縋るように見つめる私に、救急隊員は僅かにその目元を細めた。


「大丈夫、安心してください」


 そうにっこり笑って、救急隊員は救急車へと乗り込んでいく。

 サイレンを甲高く鳴らしながら走り去っていく救急車の背から目が離せないまま、私はその白い車体を見送ったのだった。




 数日後。

 私が久しぶりに揃って早く帰ってきた両親と一緒に夕食を取っていると、玄関のチャイムがピンポーンとなった。


「はーい。誰かしら、こんな時間に」


 茶碗と箸を置いてぱたぱたと玄関まで駆けて行った母。程なくして玄関で誰かと話す声が聞こえてきた。


「はい、はい……まぁ!?それはそれは、わざわざお越しくださりどうも。由良!お客さんよ!」

「へ?はーい」


 母が玄関で私を呼ぶ声が聞こえる。なんだろう。

 口元に運んでいた唐揚げを手早く咀嚼して飲み込んで、口元を拭いつつ玄関に行くと、そこには小綺麗なスーツに身を包んだ、お父さんより幾分か若いくらいの男性が立っていた。

 その手にきっちりと包装がなされた大きな箱を持った男性が、私の顔を見てにこりと微笑んでくる。


「近松由良さんですね、先日は母がお世話になりました」

「えっ、はい、確かに私がそうですけれど、お母さんって……」


 状況がいまいち飲み込めずに困惑する私だったが、記憶を手繰っていくと一つ思い当たる節があった。

 この男性の顔つき、隣の空き地で倒れて救急搬送されたおばあさんによく似ているのだ。その人が「母」と呼ぶということは。


「この間隣の空き地で倒れていたおばあさん!?」

「その通りです。あれは私の母でして」


 荻元、と名乗ったその男性が話すところによると、真相は以下の通り。

 彼の母であるあのおばあさんは認知症を患っており、ここの近所にある養護施設に入所していたのだが、徘徊癖があって家族一同頭を悩ませていた。

 私が発見した日も施設を抜け出して徘徊している最中だったのだが、疲れたか何かで例の空き地に立ち入り、木の下に座って昼寝を始めた。

 昼寝している最中はよかったのだが、寝ているうちに心臓だか肺だかに異常をきたし、倒れてしまった。

 空き地で遊んでいる子供たちが気付いて私を呼んで、私が救急車をすぐに呼んだから、今は後遺症もなく回復している。

 ただ、徘徊されないようにおばあさんへの警戒が強まったとのことだ。


「それで、救急に通報してくださったお嬢さんがこちらにお住まいだと聞いたので、お礼に伺った次第です。

 こちら、つまらないものですがお礼の品です、お納めください」

「す、すみませんどうも、ありがとうございます」


 萩元さんが持参した包みを私が受け取ると、中が詰まっているのか結構重量があった。

 私に荷物を渡せたことで満足したのか、萩元さんはそのまま一礼して我が家の玄関を後にした。

 思わぬ来客とプレゼントにハトが豆鉄砲を食ったような顔をした私が、包みを両手に抱えてリビングに戻ると、父が怪訝そうな表情で私達に視線を投げた。


「なんだ、何があったんだ?」

「こないだ、隣の空き地で倒れていたおばあさんを由良が助けたんですって。息子さんがお礼に来られたのよ」

「なんだろうこれ、すごく重いんだけど」


 父も食事を一旦中断して、私がリビングの床に下ろした箱を見に立ち上がった。

 包装紙の中から現れたのは、県内にある某有名な加工肉ブランドの名前が書かれた箱。

 蓋を取ると、出てきたのは高級ハムだ。お高いやつ。それが箱一杯にぎっしり入っている。


「まぁ、ハムの詰め合わせじゃない!こんなにたくさん!」

「おいこれ、高級ハムのギフトセットじゃないか!?お礼状まで……」

「えっなんか凄い!?」


 突然我が家に舞い込んできた、某有名ブランドの高級ハム詰め合わせギフトセットに、私たち家族は食事そっちのけでしばらくはしゃいだのだった。


 本当に、あの空き地では何か・・が起こる。

 いいことも、悪いことも。

 それを自分にとってどんなことに出来るかは、関わる人次第だ。

 つまりは、あの空き地もそういうことなのだろう。

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