死んだ女
橘花やよい
死んだ女
ええ、そうです。私がお嬢様とあちらの家のお坊ちゃまとの仲を繋いでいました。お二人の手紙のやり取りも、こっそり旦那様には内緒で私が手引きしておりました。
お二人の心中にも、私が協力しました。
はい。申し訳ございません。私が全て悪いのです。お嬢様をあんな風に死なせてしまいました。
ごめんなさい。
お嬢様と、あちらのお坊ちゃまがお知り合いになったのは三年前の収穫祭でのことでした。たまたまだったのです。たまたまお二人はお知り合いになりました。
それから、お二人はこっそりと手紙を送り合うようになったのです。お手紙は何百通と交換しておりました。
いえ、お二人が実際に会うことなど滅多になかったのです。両家の仲が悪いことはお嬢様も十分理解しておりました。ですから、実際にお会いすることは控えておいででした。お嬢様はご自分の立場を理解してらっしゃいました。
ええ、それでもお二人は心中を――、いえ、仕方なかったのでございます。
旦那様が他国の貴族とお嬢様との婚約をお決めになった頃から、お嬢様は随分と悩んでおいででした。お家のために、その婚約は受けるべきだ。でもあちらのお坊ちゃまのことを好いている気持ちに嘘はつけない。けれど、自分がお坊ちゃまと添い遂げることなど、両家の仲からしてできるはずがない。お嬢様はずっと悩んでいらっしゃいました。
そして、いっそ死んだほうがましだとお思いになったのでございます。
あちらのお坊ちゃまは、お嬢様のお心を見抜いていらっしゃいました。そして、死ぬのなら二人で、と――。
本当はお二人とも、同じ場所で一緒に死にたいと思っておいででした。しかし、どちらもお屋敷から容易に出ることが出来なかったのです。だって、朝も昼も夜も、警備の者が目を光らせているんですもの。
ですから、お二人は手紙で約束をしたのです。
真夜中の十二時、対のナイフで、左手首を切って死のうと。
そうすれば、二人同じ場所にいなくとも、一緒に死ぬことに近くなるのではないかと。せめて、それくらいは望んでもいいだろうと。
あちらのお坊ちゃまから送られてきたナイフを、私がお嬢様にお渡ししました。はい、申し訳ございません。私が思いとどまっていればよかったと、本当に今はそう思います。でも、あの時は私も夢中で、やり遂げなければいけないと思って。ですが、今は、お嬢様がああやってお亡くなりになって、後悔しているのです、本当です。
あ、お待ちください、旦那様!
いいえ、私がメイドを解雇されることは道理だと思います。もっともです。異議を唱えるつもりなど毛頭ございません。
ただ、この屋敷を出る前に、もう一度お嬢様にお会いしたいのです。
「お嬢様、ごめんなさい」
私は棺の中で眠ったように死んでいるお嬢様に縋り付いた。
お嬢様の左手首には包帯が巻かれている。その下には、痛々しい傷がある。皮膚を抉って、温かい血がどくどくと流れ出た傷が。彼と同じ傷跡が。
心中して死んだお嬢様。
あの人と同じ時間、対のナイフ、同じ箇所を切って、一緒にはいられずとも心中を果たしたお嬢様――と、そういうことに世間ではなっている。
「ごめんなさい、でも私――、仕方なかったんです」
心中は成功したのだ、お二人は別々の場所にいようとも一緒に亡くなったのだ、世間ではもっぱらの噂となっている。
でも、本当は、心中は成功なんてしていなかった。
「ごめんなさい」
私はお嬢様のお部屋の時計を数時間遅らせた。彼から送られてきたナイフを別のものとすり替えた。
彼からの手紙に細工することは難しくて、ナイフで切った箇所はお揃いになっているのだけど。
でも、それ以外の、お二人が一緒にと望んだものは私が壊した。
お互いの同意のもとで死ぬことを心中と呼ぶのなら、もしかしたらこれでも心中と呼ぶのかもしれないけれど、お嬢様の望みは果たされなかった。
お二人は同じ条件で死ぬことに拘っていた。
だからきっと、心中は失敗しているのだ。
だって、羨ましかった。
どうしてお嬢様だけ。
私だって。
「ごめんなさい」
立ち上がって、棺を見下ろした。
ここに眠るのは、愛する人と心中した女。
でも本当は、先に死んだ彼の後を追って、二番目に自殺しただけの女。
死んだ女 橘花やよい @yayoi326
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます