リナリアの花を君に

ハチの酢

本編

「ともくん!おひさ!」

「ああ、久しぶり。春」


 僕は秋吉友久。地元の私立大学に進学した普通の大学生だ。


「二ヶ月じゃやっぱり変わらないかあ。イケメンになってると思ったんだけどなあ」

「そんな期待されてもねえ」

「素材はピカイチなんですよ、幼馴染さん」


 彼女はニッコリとこっちに微笑んでくる。彼女は幼馴染みの桐谷春だ。春は大阪の有名な私立大学に進学し、僕達は離れ離れになった。ゴールデンウィークなら日程も合うとのことなので、二人で遊ぶ約束をした。


「卒業以来だねぇー。私、可愛くなったかな?」

「変わらないよ、いつも通り」

「それはいつも可愛かったと捉えていいのかなぁー?」


 彼女はニマニマと僕の顔をのぞき込む。僕は顔が赤くなるのを感じて、そっぽを向いて答える。


「誰もそんなこと言ってない」

「冗談だってぇ!怒んないでよねー」


 プクッと頬をふくらませて春が言う。僕は気づいてないふりをして、すたすたと目的地まで歩いていく。


「「「いらっしゃいませー」」」


 高校時代にいつも通っていた喫茶店に入る。僕らは向かい合って席に座る。改めて見ると春は綺麗になった。大学生っていう感じだ。本人には言えないけども。


「懐かしいね。いつも私たち勉強してたもんね」

「ここにはだいぶお世話になったな」


 懐かしさに浸り、何も話さない二人。ハッと気づいたように春が言う。


「あっ、頼まなきゃ。私ホットコーヒーで。ともくんも同じ?」

「うん、それでいいよ」

「わかった。すいませーん!」


 彼女が注文を済ませて、ふうと一息つく。


「そうそう、高校の時は私がよく恋愛相談してたよね」

「そうだね。奢ってもらってたけどお釣りが来そうな程ね」

「そこはちゃんと感謝してるよー」


 高校時代、春は学校でも人気者だった。3年間で両手じゃ足りないくらいに告白を受ける程にはモテていた。そんな春も人並みに恋心をもちあわせているので、当然好きな人は出来る。その好きな人とどう進展すればいいのかとよく頼られたものだ。


「あの時は大変だったな」

「先輩を落とす時はだいぶ苦労したものね」

「僕がね」

「そうですね。はい。感謝してます友久様」


 春と僕が一年生の時だ。学校で一番カッコイイと言われている二年生の先輩に彼女は恋心を抱いた。春は真っ先に僕にそのことを打ち明け、毎週水曜日に作戦会議を行っていた。春が念願叶って付き合い始めてからも、この会議は続いて卒業するまで面倒を見たのだ。


「あの彼氏とはどーなったの?」

「残念ながら別れたんだよ、さすがに遠距離過ぎたかな」

「二年も続いたのにもったいない」

「仕方ないでしょ!距離はどーしようもないんだから」

「よく先輩が卒業してからも続いたよね」

「好きなら距離は関係ないって信じてたからね」


 そう言って春は下を向く。僕が言葉を探しているとコーヒーが運ばれてきた。どうすればいいかわからず何となくコーヒーを口にする。


「あつっっっ!」


 僕が慌ててカップを口から話すとくすくすと彼女が笑っていた。なんかやるせないが一安心だ。すると、声のボリュームを落として春が言う。


「ほんとに頼りになるのよ、ともくんは」

「そんなこと言っても何も出ないよ」

「思ったから言ってるんでしょ!」


 僕は無視を決め込んで慎重にコーヒーを飲む。何か言いたげな顔だったが諦めたのか、春もコーヒーを口にする。一口飲むとニヤッとして、口を開く。


「そうやってぶっきらぼうな態度とるくせに私のこと甘やかすもんね」

「知りませんそんなこと」

「なんだかんだ私に優しいんだから」

「はいはい、そうですね」

「ふふっ……照れるなよー」


 彼女は僕の手をつついてからかってくる。

 やめてくれ、可愛すぎて死にそうだ。僕の心が顔に余すことなく出てしまいそうになる。


「やっぱり一番頼りになるのはともくんだね!大好きだよ!ともくん」

「ハイハイありがとう」


 幼馴染の距離感で接してくる春に僕はぶっきらぼうに返す。この気持ちに気づかれないように。そんな僕の気持ちも知らず、春は微笑んでくる。

 我ながら女々しい男だとは思う。いつまでも自分の気持ちを伝えないうじうじした男だから、こういうことになるんだとちゃんと理解はしている。でも、心に壁ができるのだ。これを超えれば戻ってこれないぞという壁が。その壁を乗り越えられる勇気がない。だからこそ、今日超えなくてはならないのだと思う。

 意を決して彼女に声をかける。


「「あの」」


 春も同時に言葉を発した。


「何言おうとした?」

「そっちこそ」

「先に言っていいよ、春」

「じゃあお言葉に甘えて」


 一呼吸置いて、春が言った。


「彼氏……出来たんだ」


 一番聞きたくなかった言葉だった。僕は頭が真っ白だった。


「あのね!たける君って言うんだけどね!……」


 それからの春への返事はすべて空返事だったように思える。聞きたくない言葉がずっと聞こえてくるのを我慢して、堪えた。

 ようやく話が終わると、満足したのか春が言った。


「少し歩こうよ!」

「いいよ、わかった」


 僕らはお会計を済ませて、店を出る。僕らが通っていた高校に向かう。


「変わってるわけが無いか。二ヶ月前だもんね」

「そうだな」


 すると、思いついたかのように春が言った。


「今まで通ってた道通ってみよーよ」


 僕達は高校時代に通ったいつもの通学路を歩いていく。河川敷が見え始めると、春は急に走っていく。


「すごい綺麗だよ!」


 そこには海に落ちていく夕日とそよ風に揺れる紫色の花たちが見えた。 僕も春も時を忘れるほど、目を奪われていた。


「こんな所にこんな綺麗なところあったんだねー」

「全然気づかなかったな」

「もっと早く気づいてたら一緒に見れたのに」

「そうだな」


 僕は彼女に顔を向けず答える。


「彼氏と一緒に見に来ようかな!えへ!」


 僕に向けて春が笑う。僕は顔を気にしながら無理やり笑顔を作る。そして、一言答える。


「幸せにな」


 僕の言葉に彼女は眩しく笑う。ちゃんと笑えていたかそれだけが心配だった。


「今日は楽しかった!また恋愛相談しに来るね!」

「ああ、楽しみにしてるよ」

「じゃあね!」

「じゃあ」


 駅前の花屋さんの前で僕らは別れた。そよ風に揺れる紫色の花が目に止まる。さっき僕らが歩いた河川敷でゆらゆらと揺れていたことを思い出す。そうか、あの通学路で毎日見ていた花だったのか。何故か胸が締め付けられる。

 さっき聞いたはるの言葉が頭を巡る。


『やっぱり一番頼りになるのはともくんだね!大好きだよ!ともくん』

『彼氏と一緒に見に来ようかな!えへ!』


 やっぱり僕はいつも二番目なんだね、春。

 僕にとってはいつも春が一番だ。

 だけど、僕の気持ちはまだしまい込んでおくよ。代わりと言っちゃなんだけど、あの河川敷の花を一輪だけ君のところに送るよ。花の名前を書いた紙も入れておくね。


 あの花の名前はリナリアっていうんだ。

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リナリアの花を君に ハチの酢 @kasumiito

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