2番目の僕に告ぐ

篠騎シオン

僕のカードは≪複製≫

「どうしてこうなった……」


僕は、目の前の大きな廃ビルを見つめながら言う。

現在、そのビルでは立てこもり事件が発生中。

この手の事件の経験は豊富にある。

僕の刑事歴は意外と長いのだ。


ただ、僕だってこんなこと初めてさ。

犯人が、”自分”だなんて。




この世界ではもって生まれる才能っていうのがある。

それはカードという形に集約され、その人は自分の特殊能力を持つ。

僕の力は≪複製≫。

僕は手に触れたものなんでも複製することができる。

しかも、制限もなくぽんぽんと作り出せてしまう。


この能力が発覚した時、僕はすぐに保護施設に入れられた。

幼い僕は怖かった。檻の中でぶるぶるぶるぶる震えてた。

両親とも会うことができずに、たった3歳だった僕は、しばらく泣いていた。

保護施設だから犯罪者が入るようなところじゃなくて、警備をする人たちがあんまり怖くなかったってのが小さい僕のただ一つの救いだった。


数年後、僕は警察官になることを条件に、そこから出ることを許された。

保護施設から出たその日、僕は警視総監だという男の人に呼び出された。

「君が我々を恨むのはまっとうな権利だ。国の安定のため、いたいけな少年を牢に入れ、隔離したのだから。ただ、民間人に被害が及ぶのは我々の望むところではない。今、君が私を殺したとしても誰も君のことを責めないし、捕まりもしない。さあ、恨むなら私を恨め」

そう言って目を閉じる彼に、僕はそんな気持ちなど一切わかなかった。

保護施設の中では家族にこそ会えなかったものの、勉強も食事も、能力開発だって十分にできた。それに、僕が≪複製≫の力を悪用したら日本の経済がひっくり返ることなんて子供でもちょっと考えればわかる。

「恨んでなどいません、誠心誠意、警察官としての役目、務めさせていただきます」

僕はそう言って頭を下げた。10歳の春の出来事だった。


それから今日まで10年の月日が流れ、

警察官として生きた時間とそうでない時間がイコールになった今日。

この事件は起こった。

あの日のあと、めきめきと警察官として刑事としての力を発揮していった僕の一番の強みは、自分のコピーも作れること。

やはり捜査は足が命。足の数が多ければそれはもう、事件解決に近づいたも同然。

張り込みも数か所でできるし、長時間でも何人もの”僕”は交代で見張ることができる。

そう、コピーを作ることは統制の取れた仲間を作ることと同義。しかも、全員自分なのだから裏切りなどあるはずもない——と思えていたのは今朝までだ。

僕が一番最初に作ったコピー。

2番目の僕が午前6時に犯行予告を僕にメールで送りつけ、それを実行している。

午前7時から立てこもり、ただいま4時間半ほど経過。

身内の恥をさらすわけにはいかないので、僕は上司には連絡せず、自分のコピー10名とともに現場でにらみ合いを続けている。


「いい加減、出てきてくれよ、2番目の僕!」

拡声器越しに僕は叫ぶ。

「そちらが要求を呑むまで、僕は投降しない」

返ってくるのも自分の声。うん、おかしくなりそうだ!

僕が大きくため息をついていると、8番目の僕が遠慮がちに話しかけてくる。

「オリジナルさん、僕が突入しましょうか。僕ならコピーですし、もし撃たれて死んだりしてもあとくされありませんし」

「冗談でもそういうこと言うのやめてくれ。あいつが要求してるのはコピーの人権なんだぞ。もし、お前が死んだら、本当に和解のチャンスはなくなる」

コピーとは言え、自分が死ぬのは嫌だしな、と心の中で付け加える。

「わかりました……。でもほんとにあいつはオリジナルさんがいることの恩も忘れて自分の権利なんて主張しやがって、何様なんでしょうね」

そう、あいつは僕に対してコピーの人権の保障を求めている。

僕は別にコピーの生活や気持ちも保証したいと思っているし、なんだったらコピーが僕の知らないところで恋をしようと、問題ない。

うまれた時点では僕と全く同じコピーだったが、こいつらはこいつらで僕とは違う経験をしているのだ。今の僕と全く同じなんて傲慢を言うつもりはない。

では、なにが問題なのかというと、

「コピーの僕らに人権なんて必要ないですよ。コピーはコピーらしく、オリジナルを守るべきです」

なぜか、当の本人たちである、コピー4号から13号までがそれを拒絶しているのだ。


……もう、どうすればいいんだよ。

このやり取りももう何回目だろう。もうそろそろ、お昼になる。

お腹空いた。もう、考えるのやめて、みんなで飯にしたい。

そんなことを思っていると、ふと2番目と仲がよかった3番目の僕のことを思い出した。あいつは、僕よりもなぜか食べることが好きだった。いつも、おいしいお店を見つけては、僕や僕達に紹介してくれた。

そう、コピーも少しずつ違う。

でも、同じところがたった一つだけある。

それは、何があってもオリジナルの僕を守ろうとするところ。

3番目は、僕が刑事になりたての頃に下手を打って、殺してしまった。

彼は、僕よりも一瞬だけ早く弾丸に気付いた。

そして、その身を挺して、僕を、守ったのだ。

「守れて、よかった」

彼の最後の言葉はそれだった。


そうか、2番目はきっと、彼が僕をかばったことに怒っているんだな。

ぐるぐると回る思考の中で僕はやっとその思考に着地する。

コピーにも人権があるのなら、自分よりも優先するべきものがあってはならない。

自分の生きたい、という意志よりも優先される命令があってはならない。

ほんと言うと僕は、守られたくなんかないのだ。


「なんで、俺がオリジナルなんだろうなぁ」

思わず口から漏れたつぶやきに、8番目が驚いた顔をする。

「それは、オリジナルさんが一番最初にいたからですよ。僕ら全員の生みの親です」

「そうかぁ、そうなんだよな。ただ、一番最初にいた、それだけなんだよなぁ」

僕はふっと笑うと、ビルに向けて歩き出す。

「あ、ちょっとオリジナルさん待って。2番目は銃を持ってるんですよ! 危険です!」

8番目他のコピーたちが追いかけてこようとするが、僕はそれを制止した。

「ついてくるな、もしついてきたら、ソイツを消す」

声に凄みをきかせ、にらみつける。その様子に恐れをなしたのか、コピーたちは縮み上がり、声をそろえてこう言った。

「ごめんなさい」

ついてこようとしたことへの謝罪だろう。僕は、大きく頷くと、再びビルのほうに歩きだす。


頭の中でいろんな思いでがぐるぐると回る。

なんでもコピーを作れる力のせいで、自分で何かを生み出すのは苦手だった僕。

その点、コピーたちは結構創作が得意だった。

料理や裁縫、絵を描くやつもいる。

コピーであるコンプレックスがそうさせるのかもしれない。

僕も、生きて帰れたら何か新しいものを作ろう。

そう、心に決めて、僕はビルの中に入った。

埃っぽい廃ビル。

劣化かデザインか最上階まで吹き抜けになっていて、光が差し込んでいる。

その中央に2番目が立っていた。

時刻はお昼。

時計台の鐘が遠くで鳴っている。

僕のほうをまっすぐ見つめてくる2番目。

僕はこほん、と小さく咳ばらいをして、自分の思いのたけを言葉にする。

「僕にとって、コピーは自分というより、家族だ。信じられないかもしれないけれど、本当にそうなんだ。君たちは僕のコピーだけど、一人ひとり違う。好きなものも、好きなことも少しずつ違うんだ。だから、僕は君たちに人権がないなんて一度も思ったことはない」

うつむく2番目。

僕は言葉を続ける。

「3番目のことは本当に悪かったと思ってる。僕がもう少し勘が良ければ、強ければ、彼が僕をかばって死ぬことはなかった。彼をもう一度作ることはできない。でも、彼の弔いにこれからみんなで仲良くやっていかないか。君たちが嫌なことがあればちゃんと言ってくれ、絶対に無理強いはしないと約束するよ」

2番目が震えている。

泣いて、いるのか?

「なあ、2番目の僕……」

近づいて彼の体に触れる。

ん、待てよ、この震え方って。


「はははは、あはははは。ごめん、みんなもう無理。オリジナルさん、真摯すぎ。笑っちゃうし、心も痛くなってきた」

「もう、2番さん。もうちょっとこらえてくださいよ」

「オリジナルさん、かっこいいところだったじゃないですか!」

「んー、でもまあ、うそをつくのは午前中までっていうし」

「そうそう、そろそろ引き時かもですねー」

僕の後ろからぞろぞろと現れる”僕”たち。

そして、中央にいる僕の頭の中にはただただはてなマークが浮かぶ。

午前中? 引き際? 何を言ってるんだこいつらは。


「みんなでネタ晴らし、行くよ、せーの」


『エイプリルフール!』

全員の言葉がそろって、僕の頭へとしみ込んでくる。

エイプリルフール、ということは……嘘!?

「ちょっとまて、2番目これ、全部うそだったって?」

「もちろん、僕たちが人権なんて求めるわけないじゃないですか」

にっこりと笑って言う2番目に、僕はへなへなと座り込む。

なんていう、なんていう嘘をついてくれるんだ。

本当に緊張したんだぞ。死ぬかもしれないと思ったんだぞ。

「あのなぁ、2番目。エイプリルフールは人を不幸にする嘘はついちゃいけないんだぞ」

力なく言う僕。

「あれ、そうなんです? 弱ったなぁ、ミスったなぁ」

2番目の言葉に笑う”僕”達。

なにはともあれ、胸をなでおろす。

だが、安堵とともに、なんとも消化しきれない不思議な感覚が胸に広がった。


そんな僕の耳に、小さな美しい声が響いた。

『もし、うそじゃなかったら? コピーがオリジナルに反乱を起こすようになったら? あなたは、どうする?』

惑わすような美しいその声だったが、僕は惑わされない。

僕は、刑事だ。

『つまらないわね』

残念そうに響くその声。

目の端に白い髪のツインテールの少女をとらえる、が、瞬きですぐに掻き消えた。

不思議なものは世の中にたくさんある。

ふと、彼女の問いの答えを考える。


「その時は、正しいほうがオリジナルなんじゃないかな」

つぶやく。

4月の風が僕たちの間を吹き抜けた。

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