包帯のわけ(KAC2:2番目)

モダン

スナック

「別に俺、二番目でいいからさ」

 強がりを言ったわけじゃないし、妥協してたわけでもない。彼女のことは間違いなく好きだ。

 でも、今となっては人生のすべてを捧げようというほどの情熱もなく、それでバランスはとれるはず。他に大事なことはたくさんあるわけだし。

 ただ、反応が見たかっただけなのかな。

「あなたが一番になれないのはそういうところなのよ。嘘でも『俺を選んでくれ』、とか言えないの?」

「だって、責任とれないし」

 俺は、ぬるくなったビールを口に運んだ。

「あなた、最近変わったわね」

「お前のそういう態度、俺のばあちゃんに似てるよ」

「へえ、そんな身近な人に似てるなんて光栄ね。またちょっぴりあなたに近づけた気がするわ」

 彼女は実際に距離を詰めてきた。

「この間まではそういう営業トークも真に受けてたんだけど……。普通、ばあさんに似てるとか言われて喜ぶか?」

 そこで彼女は何か言おうとしたが、マスターに呼ばれて別の客のところへ挨拶に行ってしまった。


 間もなく、別の女性がつなぎにやって来た。

「まずはカンパーイ、と」

 手元のビールでグラスを合わせる。

「新しいの頼みません?」

「そうだね。もう飲むつもりはないけど、とりあえずウイスキーのボトルでも入れとこうか」

「ありがとうございます。じゃ、高いので」

 可愛らしく微笑んで、上品にふざける。

「適当に頼むよ。それより、二番目の男ってどう思う?」

「二番目の男?」

 さっそくボトルを開けて水割りを作りながら聞いてきた。

「そう、本命になれない哀れな男のこと」

「それって本当に二番目なんですかね」

「どういうこと」

「本命以外はみんな、何かしらの役目を持たせてるだけだから今の本命が消えてもそこに昇格することはないわけで……。

 二番目というポジションがあるなら、その人たちはずっと二番目で横並び、本命は突然別のところからやって来るんじゃないですかねー」

「うん……」

「あ、またやっちゃったかな」

「ん?」

「見当違いの発言……」

「いや、俺は全然平気だけど、人によっては期待外れの回答だったかもね。

 ここの女の子はみんな、正直すぎるんだよ。そこが良くもあり、悪くもあり……」


 そこに最初の彼女が戻ってきた。

「さっきの話……」

「ん?」

「私さ、この仕事始めて、いろんな人と会ってるでしょ。そこで感じたんだけど、現状維持を望む人は必ず落ちていくんだよね。常にトップを狙う人とか、少しでも上に這い上がろうとする人が、下からどんどんその人を乗り越えていくんだから当然でしょ。

 つまり……。二番目でいい、なんて人は、二番目にもいられなくなるってこと。もっと真剣に私を求めてくれなきゃ、ね」

 別にお前に見捨てられたから生きていられないというほど、のぼせ上がっちゃいないんだよ。

 そんな言葉をあわてて水割りで飲み込んだ。

「俺、明日も仕事だからもう帰るわ。今晩はちょっと飲みすぎちゃったし」

「何かあったんでしょ。それを吐き出していきなさいよ。これ、マジな話」

「それも営業用のセリフじゃないの?」

「いいえ」

 そんな彼女の目に、結局また騙されるんだろう。本気になって痛手を負うのは自分だけなのに。

 都合のいい男でしかないんだとはっきり言ってくれないものか。

 きっと彼氏はいるはずだ。要領がよくて、口のうまいイケメンとか。

 仮にそうじゃなかったとして。

 万が一、振り向いてくれたところで、俺はこいつの期待になんか応えられないということくらい、よくわかってる。


「もう、しばらく来ないから。本当は今日、それを伝えに来たんだよ」

「え、私、何か気に障ること言っちゃったかな?」

「いやいや、そうじゃなくって……。最近、生活も厳しくなってきてさ。ここに通うゆとりがなくなったってこと」

「なるほど、なるほど。

 そうかあ。まあ、私も昼の勉強、夜の仕事でプライベートな時間なんかないし。会うとしたらここしかないからね。んー、残念」


 帰り道、自販機の缶コーヒーを買って飲みながら歩いた。

『二番目でいいから』という俺のセリフ。

 そこは本気でなくとも、『ずっと一番だから心配しないで』と返すところじゃないのか。

 そして、『しばらく来ない』というくだりには、『しつこくラインしちゃうけど、せめて既読にしてね』くらいのお愛想を言うべきじゃないのか。結果、連絡くれなかったとしてもだ。


 金払ったのに、こんな気持ちにさせるなんて。

 あー、やだやだ。

 ちくしょう!

 って、ブロック塀殴ったんだけど、酔っぱらってると加減がわからないもんだね。

 指の骨折れちゃってさ。


 この包帯の理由は以上。

 しばらくはなにも考えず、ただ淡々と、やるべきことをやる。それしかないと思う。

 憐れんでくれるな。

 すべては時が解決してくれるから。

 俺はそれくらいわきまえた大人なんだ。


 本音?

 なにもかも嫌だよ。指使えないと仕事にも支障あるし。いや、そんなことじゃなくって……。

 でも、言ったろ。

 時間が経てば忘れてる。

 すべてはその程度のことなんだ。

 これまで、何度も経験してきたことだから間違いない。

 お前も何かあったんだろうけど、心配無用。

 時が過ぎるのを待て。

 お互いしばらくは地味にエネルギーをためとこう。

 じゃあまたな。

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