第20話

 週末。ソラにとってこの日は、妹であり、また敵でもあるマリスと出会える、特別な日になっていた。この日いつもの公園でマリスを待っていると、マリスは街を歩こうと意外な提案をしてきた。


「ごめんね兄さん、少ない鍛錬の日をこんな風に使っちゃって」


「いや、僕は大丈夫だよ。肉親と街を歩くなんて、もう一生無いと思ってたから」


 正直なところ、ソラはマリスに情が移っていた。それも仕方ないだろう。父が死に、母も宿敵であるスカーレットに囚われている。唯一会える肉親は、最早マリスしかいない。


「色んな人がいて、色んな物がある。人の街って凄いね」


 魔族であることを示す自身の髪を隠すための帽子の奥で、無邪気な赤い瞳が輝いている。それを見て、ソラは、今まで言わないようにしていたことを、思わず口に出してしまう。


「マリス、君は……僕達と一緒に暮らせるはずだ。君は暴力と戦いしか知らない魔族じゃない、人の心を持っている」


 ソラの言葉に、マリスは目をしばたたかせ、やがて、帽子を更に深く被って、ソラに表情を悟らせないようにした。


「兄さん、それはダメだよ。私が仮に、本当に人の心を持っているとしても、父さんに命令されれば、私は兄さんを、この街を壊すことに躊躇しないんだよ」


 今まで言わないようにしていた、というのはこういうことだ。心のどこかで、断られることがわかっていた。ソラとマリスは肉親であると同時にどうしようもなく敵同士で、戦う運命から逃れられない。


「それでも僕は、君を殺したくない」


「兄さんに私が殺せると思ってるの?ううん、殺せるかもね、今の兄さんなら。でも良くないよ、私を殺せる兄さんがそうやって迷っている間に、私は大勢の人を殺す。あのお姉さんも、この国の王様も」


 ソラはマリスに言い返すことが出来ない。彼女の言っていることは正しい、正論だ。しかしソラは、兄と妹が殺し合わなければいけないことを、間違っているとも思う。


「ねえ、兄さん。私も兄さんが好き。この街が好きだよ。だから、ね、兄さん。お願い。せめて私のことは、兄さんが殺して。兄さんのことも、私が殺してあげる。戦争が始まったら、真っ先に兄さんのところに行くから」


「なんて酷い願い事だ。僕は酷い妹を持ったよ。でも、わかった。君は僕が殺す。僕が君を殺せなかったら、君が僕を殺してくれ」


「ありがとう兄さん。約束だよ?破ったら酷いんだからね」


 惨い約束だった。兄と妹の間に交わされる約束が、こんなに悲しくて良いわけがなかった。けれど戦争はあらゆるものを狂わせる。戦いはすぐそこに迫っていた。

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蒼穹の剣 まつこ @kousei

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