第19話
憶剣流はどちらかといえば受けの流派だ。盾を使うことを前提にしている流派は、王剣流から派生したいくつもの流派を含めても殆ど無い。
対して王剣流は攻めの流派。剣王アーサーが持つ聖剣、コルブランドが巨大な両手剣であることもあって、ほぼ全ての剣技が両手持ちを基準に作られている。
この二つが相対した時どうなるか。答えは明白だ。
「先手必勝!」
王剣流が攻めきるか、憶剣流が受けきるか、二つに一つだ。初手でレッカが繰り出したのは『フェイルノート』必中の弓を意味するそれは、王剣流においては優秀な刺突、突進技だ。
魔力によって加速された剣速は、迫る剣の先端が空気との摩擦で赤熱するほどだ。木剣であろうと当たれば軽いケガでは済まない。この程度で倒せる相手ではないというテラへの信頼と、死なない程度のケガなら治せるだろうというライナへの信頼から、全力で剣技を使うことが出来ているのだ。
「そんなに簡単じゃないさ!」
直線の攻撃に対して、体の軸をズラし、盾で相手の剣の腹を叩いて、力の方向性を乱す。こう言ってしまえば簡単だが、実際はコンマ1秒にも満たない攻防だ。勢い余ったレッカは、テラに背中を見せることになる。直撃を避けたはずなのにまだビリビリと痺れる左手を無視しながら、テラはその無防備に見えるレッカの背に剣を浴びせようとした、が。
「手を休めるな!」
それは自分への鼓舞だったのだろう。強烈な回転切りを背後のテラに向かって浴びせる。あてずっぽうな攻撃のため、牽制程度にしかならなかったが、テラに回避を選択させ、位置関係をリセットさせた。
「流石、途切れない攻撃の手は王剣流の十八番だね」
「半端な剣士なら今ので終わっててもおかしくなかったんだけどな、自信無くすぜ」
軽口の応酬をしながらも、二人の間に流れる緊張感は変わっていない。次に動いたのは、同時だった。
正面から剣が衝突し、激しい音が鳴り響く。鍔迫り合いになり、しばらくは拮抗するが、男と女の膂力の違いは明白だ。いくらテラが鍛えているとはいえ、同等かそれ以上に鍛えているレッカには敵いようがない。それに加え、レッカは王剣流の剣技、『アロンダイト』によって、自身の身体能力の強化を行っている。
憶剣流は魔力による一時的な強化より、剣士本人の身体能力に頼る部分が多い。その点で言えば、女性であるテラに向いているとは言い難いが……家柄というのは、難儀なものだ。テラ自身はそうして同情されるのを嫌がるだろうが。
拮抗が崩れ、体勢を崩されたテラにレッカの剣が襲い掛かる。
「くっ……!」
無理な体勢なのは承知で、テラはローキックをレッカの足に叩き込む。それによりギリギリで剣の軌道が逸れ、頬の肉を裂く程度に収まった。剣は勢いそのまま地面に叩きつけられ、派手に砂埃を上げる。
その剣を踏みつけ、踵をレッカの額に落とす。ギリギリで腕で止められたが、最早レッカは守勢に回っている。王剣流にとって、それは死と同義だ。
「ってか、お前恥じらいとかだな……!」
ミニスカートの中の頼りない布がレッカの眼前に披露される。こんな状況で色気も何も無いが、友人の女子のそれを見て忠告しないでいられるほどレッカは薄情な人物ではなかった。
「知ったことか!」
レッカの腕を踏み台にして見事な後方宙返りをしながら、テラはなんと、自身の剣を投げた。剣士としてあり得ないその挙動にレッカは動揺し、剣の後に迫り来るテラの拳に気が付かなかった。
ゴッ、と鈍い音がして、レッカの視界が回った。起き上がろうとした時には、テラが空中で剣を握り直し、レッカに馬乗りになって振り上げているところだった。
「参った……憶剣流が体術も使えることを失念してたな」
「失念してくれてなければ負けてたのはボクの方だったよ、体勢崩された時にはヒヤッとしたね」
レッカの手を取り、立ち上がらせる。今回は憶剣が受けきったが、次はわからない。互いに良い研鑽になったと、改めて手を握り合うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます