【KAC2】一番になれないのなら。

牧野 麻也

よくある世界の、よくいる女のお話。

 男のランキングと

 女のランキングでは

 仕組みが違う、という事を知ってる?


 例えば一番がなくなった時


 男の場合は、新しい一番が追加される。

 女の場合は、二番が一番に繰り上がる。


 この違いを知らないと

 悲しいすれ違いが生まれる。


 女の一番を、男が壊して自分が一番に成り代わろうとしても、なれない。

 ただ二番が繰り上がるだけ。その男はランクの最下位に追加されるか、ランキングに追加すらされないか。


 男の一番を、二番の女が壊して自分が繰り上がろうもしても、なれない。

 新しい一番が現れるだけ。二番の女は、どれだけ待ってもずっと二番なのだ。


 そう。

 それは、悲しい悲しい、すれ違い。



 フラリと現れた吟遊詩人が、そんな歌を歌って消えた。



「──知らなかったから。

 そんな事。

 あの女が居なくなれば、きっと私を──私だけをみてくれるって。

 そう、思ったんだもん」


 閉じられた世界。

 彼が望んだ世界。

 大きな屋敷の中に、詰め込まれた彼の夢。


 これで、彼はきっと、私を見てくれる。


 だって、

 もう、には、他の女は居ないから。


「なんでっ……こんな事っ……」

 屋敷中の、あらゆる部屋を全てくまなく確認した彼が、

 最後の場所──

 大きな大きな寝室の、

 大きな大きなベッドの前で膝をつく。


 真紅のベルベットが敷かれた美しいベッドの上には、を象徴していた純白の薔薇が、無数に花びらを散らしている。

 そしてその上には、

 純白の薔薇をベルベットと同じ色に染めた、彼女が散らばっている。


 窓から差し込まれる朝陽が、スポットライトのようにそんな彼女を照らし出してる。

 ……あれ? 朝陽? もしかさたら夕陽かもしれない。

 よく、分からない。時間なんて、もう、意味ないし。


「不老不死と謳われる存在も、バラバラにしたら、そうじゃなくなるのね」


 そう、彼女だけじゃなく。


 水の中で生きる精霊のような存在の彼女も、バラバラになったら海月クラゲのように水に還るのかと思ったけど、そうじゃなかった。


 山で生きる獣のような彼女も、バラバラになったら普通の人と区別がつかなくなったわ。


「なんでこんな事したんだよ!!」

 いついかなる時も、聴いただけで震えるほど甘美な衝動が沸き起こる、愛しい愛しい彼の声が、何故か私を責め立てる。


「なんでって?」

 どうして彼が、私を責め立てるのか分からない。

「こんな事って……何が?」

 素朴な疑問を、永遠の愛を捧げた相手に──彼にぶつける。

「何がって……みんなっ……みんなをこんなっ……」

 そこまで言って、彼は頭を抱えて蹲ってしまった。

 何にも代えられないほど愛してやまない彼の顔が見えなくなって──イラっとした。


 なんで、私を見てくれないの?


「そんなの、分かり切ってるでしょ?」

 私は、蹲る彼の顎に手を添えて上を向かせてあげる。ずぶ濡れの睫毛の中にある茶色の瞳が、私の姿を捉えてくれた。


「あなたが、私を……私だけを見てくれないからよ。

 なんで新しい女を次々に連れてくるの?

 なんで私に声をかけてくれなくなったの?

 なんで私を他の雑多な女たちの一人みたいに扱うの?

 なんで助けてくれた時みたいに、私だけを見てくれないの?

 なんでいつもはぐらかすの?

 なんでハッキリ答えてくれないの?

 ねぇなんで?

 なんでなの?

 なんで?


 私の事、好きじゃないの……?」


 そう尋ねると、何故か私の左目から一筋、水滴が流れ落ちる。


「私の事、好きじゃないなら、ハッキリそう言って。じゃないと、踏ん切り、つけられないの。

 どうなの?

 私の事……どう、思ってるの?」

 間近にある彼の顔。

 それしか見えない。

 それしか見えないのに。

 全部全部、彼が喜んでくれるならと頑張ってきたのに。

 なのに彼は私だけを見てくれなかった。

 一番に選んでくれなかった。

 だから、だからのに。


「おれ……は、君の事……」

 彼の瞳が揺れる。

 私だけを見つめて。


 やっと、

 やっと私だけを見てくれた。


「す……好きだよ……」

 彼の声が震えてる。

 ああ、やっと、やっと私の気持ちが通じた!

 震えているのは、きっと歓喜の感情ね。

 嬉しいのよ。

 ──私とおんなじで。


「私も好き! 大好きっ……!!」

 私は、彼の身体を片手でぎゅっと抱きしめた。

 すると、彼も感激に震えた両腕を背中に回してくれた。


 やっと一つになれた気がした。

 やっと、

 やっと──


 だから。



 もう、他の女に目移りしないようにしなきゃ。



 私は、彼を抱き締めている腕と反対の手に持つ、真紅の薔薇のような色の液体に彩られた、真紅の薔薇の棘のように鋭いソレを、彼の背中に突き立てる。


 一瞬だけ、私を強く抱きしめた後、彼は緩やかに私に全体重を預けてくれた。


 もう、離さないわ。

 愛しい愛しい、私の──私だけの人。


 無駄に広いこの屋敷の中で、ずっとずっと二人でいようね。


 散らばったはそのうち片付けてあげるから。


 もう誰にも邪魔させない。

 そう──例え、彼自身であっても。



 一番になれないのなら。

 唯一になればいいのよ。



 了

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