教室のナカハナ

林きつね

教室のナカハナ

「せーの……ドン!」

「せーの……ドン!」


 赤らんだ空、活気ある運動部の声が突き上がって耳に届く。そんな三階の教室で、二人の男女が小さな紙のようなものを、合図とともに一つの机に叩きつけている。

 二人はそのまま何も喋らずに、お互いが叩きつけた紙切れの数字を睨みつけて、やがて一人は項垂れて、もう一人は──


「──っしゃあ!わたしの勝ちぃ!アタシいっちばーん!お前にっばーん!あっひゃひゃひゃひゃ!」


 奇声にも近い、喜びの声を上げた。

 机の上にあるものは、一週間前に行われた中間試験の結果である。

 この二人は学生らしく、テストの順位で競い合っていたというわけだ。


「いや〜今回もアタシが勝ったね。いや〜ほんと、ナカも頑張ったと思うよ。うん、アタシに次いで二位だからね。充分に凄いよ。落ち込むことないない」

「あーうん、そうだな」


 別に自分はそんなの一々気にしない、という風に頭をかながら、声をもらすのはナカと呼ばれた男子生徒だ。苗字が中野だからナカ。

 短い黒髪をワックスで逆立てて、耳にはフェイクピアス。少しチャラついた今時の男子高校生という見た目をしている。


「いやー、ほんとごめんね。昔っからそうだった。ナカはいっつも私に一歩及ばないんだ。でも大丈夫、敵わないってわかってても頑張りをやめないナカのこと、わたしは嫌いじゃないから」

「うん、あのね、ハナ」


 そこに天井などない、というように調子に乗り続けるハナと呼ばれた女子生徒。苗字が花森だからハナ。

 長めの髪は染めて茶色、足が長く、スレンダーで、顔立ちのいい女子生徒だ。


 ナカとハナは幼稚園からの幼馴染である。

 このような些細なことで争っているのは日常茶飯事であり、勝利の度にハナが調子に乗るのもまた、日常茶飯事である。


「いやっ!ほんっと!二番あっ、間違えた。ナカの頑張りはわたしが一番よく知ってっからさ!ケラケラケラ──」

「あのっ、ね、ハナ、っおい」


 何か言いたげなナカの背中をバシバシ叩と叩くハナ。

 こうなるとハナは止まらない。いよいよナカの忍耐の限界が来て怒鳴られるまでその増長は加速し続ける。

 そして、ナカは決して気が長いというわけではないのでそこまで時間はかからずに増長は終わる──。


「痛え!聞け!ボケ!」


 怒鳴り声に、背中を叩く手を引っ込めるハナだが、自分が勝者であるという有利は変わらない。ゆえに、怒られてもなお抗議する。


「なんだよう。お前負けたじゃんか。二位が一位にそんな口きいていいんですか?お?」

「うん、俺が言いたいのはそこなんだ」


 要領を得ないナカの言葉に、ハナは首を傾げる。


「なんでそこで首を傾げる?」

「いやだってナカが何言ってんのかわかんないから……」

「わかれよ!確かにまだ何も言ってはないけど、大前提としてわかれよ!何もかもが間違えてると!」

「むっ、ハッキリ言ってくんないとわかんないよ!わたしが勝って、ナカが負けた。この結果の何に間違いがあるというのさ!」

「俺たち二人の通ってる学校が違う!!」


 そう、この二人、別々の学校に通っている。

 今このとき、教室で喧嘩している二人は同じ制服を着ている。が、それは単にそうしていると教師にバレにくいからである。

 入学時、本来この学校に通っているナカが念の為二着購入した制服を、ハナがぶんどった形だ。

 そして、わざわざハナがナカの学校の制服を来て会いに来ているその理由は──ハナの学校が女子校だからだ。

 女子校に男子がいると確実にバレる。だが共学に女子がいるのは自然である。

 そして、なぜ別々の学校の二人がこうして一つの学校に集まって喋っているのかというと──……その理由は、わからない。誰にも。ナカとハナでさえ。

 この二人は特に何も考えずにこういうことをしている。周りのクラスメイトも慣れているのか、学校でハナを見かけても特に驚いたりはしない。最近では仲良く挨拶を交わす人もいるほどだ。


「いや、どうでもいいじゃん……。負けたのが悔しいからっていきなりそんなこと言われてもさあ……。そんなんだから一番じゃなくて二番なんだよ?」

「うるせぇ!──わかったよ。百歩譲って、学校が違うのはいいとしよう。よくないけど。でもさ、それでもなおこの勝負は成り立たないんだ。わかるか、ハナ」

「えー……なに、哲学?」

「違う。この学校の偏差値は61だ。ハナの学校は?」


 教室の扉が開いた。


「48ぐらいだったかな」

「そう!それだ!あのな、そこまで違うとな、勉強の進度とか難易度とかまるっきり変わってくるんだよ。よってこの勝負は成り立たないんだ」

「学歴でマウントとってくるとかきっしょ……」


 人が入ってくる。

 綺麗な七三分けに眼鏡。中間テスト一位の学君だ。


「マウントとかそういう話じゃねえ!つまり、俺がハナの学校にいたとするなら余裕で一位はとれてんだよ!そして、ハナがもしこの学校たらビリ近辺は確実だ!二番手はお前なんだよわかったか?!」

「偏差値低いからよくわかんない」

「お前なあ……」


 学君は自分の机の中を覗いたあと、周りを見渡している。どうやら取りに来た忘れ物のノートが見つからないようだ。


「じゃあさ、マラソン大会何位だったよ?勉強だけでわたしに優位取れるほど世の中甘くないから!」

「あー、言ったな。これで負けたらあれだからな。お前の生涯においての二番が確定するからな!」


 長考の後に、手をポンとうつ学君。どうやら関口君にノートを貸したことを思い出したらしい。


「へぇ〜そのセリフ、そっくりそのままナカに返すよ。じゃあ同時に言おうか?人数大体二百人ぐらいでしょ?」

「まあ、そんなもんだ。じゃあいくぞ。せーの──」


 学君はまた何かを考えている。どうやら、関口君の机がどこかわからないようだ。


「98──あああああああ!!!」

「97──っしゃあおら!!」


 低レベルな争いは置いておいて、学君はとりあえず、一つ一つ覗いてまわることにしたようだ。


「そんなわけないねー!マラソンの順位ごときで順位は決まらないもんねー!」

「なんかもう支離滅裂だぞそれ」

「じゃあ次は、腕相撲、さあこい!」

「ハナちゃん……女のお前が男の俺に力で勝てるわけないでしょ……?」


「レディーファイっ」


 クラスメイトの机を漁りながら、学君が言った。


「ぬんおおおおおおおお………おお………お?」

「ふんぬぅううう!!あああああ!!のおおおおおお!」

「……」

「んぎぎぎぎっ!」

「えいっ」

「あふんっ──」


 勝者──ハナ。学君はノートを見つけて帰った。


「弱っ──?!」

「仕方ないだろ……力を使った後なんだから」


 驚愕するハナに、これだけは言いたくなかったとばかりに目を伏せて、ナカはゆっくりと語り出す。


「この前、俺三日間ぐらい学校休んだろ」

「知らない。別の学校だから」

「この前、俺と三日間ぐらい全く会わなかった時あったろ?」

「あー、うん」

「その三日間──まあ、俺に言わせれば半年ぐらいはあったんだけど、こっちの世界とあっちの世界じゃ時間の流れは違うみたいだからな……。

 まあなんなかんやで異世界に飛ばされてさ、異世界を脅かすダーク・インフェルノ・ブラックタイガーってのとさ、死闘を繰り広げてたんだ。

 で……なんとか勝って現実世界に戻れたんだけどこのザマでさ……隠し通せるとは思ってなかったけどさ……でも話したくはなかった……ハナに心配……かけたくないからさ……。ごめん」

「ナカ……。わたしの方こそごめん……どこからツッコんでいいかわからない……」


 顔を覆い、泣き始めるハナ。

 彼女は悔しいのだ。ずっと一緒にいた幼馴染の、突然の錯乱に対応する術を、自分が持っていないことが。


「まずさ、三日間会ってなかった時なんて……ないよね」

「ないな。毎日会ってる」

「あと、ブラックタイガーってエビだよ」

「ダーク・インフェルノがついたらドラゴンっぽい見た目なんだよ」

「じゃあドラゴンでいいじゃん」

「グウの音も出ないな」


 そんな会話をしているうちに、下校時刻を告げるチャイムが鳴る。外から聞こえる運動部の声も、段々と小さくなっていく。

 示し合わせたわけではないが、ナカとハナも立ち上がり鞄を持って教室の出口へと向かう。

 教室を出たあと、呟くようにナカが言う。


「俺さあ、今回結構本気で勉強したんだ」

「うん」

「二番、悔しいなあ……」

「──充分凄いよ。わたしは一番だけど!二位を超えて一位だったけど!!」

「うん、あのねハナ。まずさ俺とお前を比べること自体が間違ってるんだよ」

「お?なに?二番が一番に意見しようとでも?偉くなったねえ。飴玉あげようか?」

「聞け!!」

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教室のナカハナ 林きつね @kitanaimtona

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