壁談話

さかした

第1話

「あ~あ、僅差だったね。その差わずか0.02秒だなんて。」

「なかなかに激しい競り合いでした。」

100m走の決勝。先輩は惜しくも2番目。

惜しいからこそ1位をなおさらに意識してしまう。

あと少しだったのに。

何かが足りなかったのだろうか、やっぱり。

「たまたま今回は負けたんだよ。次やるときはきっと

 優勝できるって。十分優勝を狙える実力、そういう圏内だよ。」

「栄一。でもさ、たまたまっていうことは偶然じゃん。

 でも偶然ってことはないんじゃない。

 それだとじゃんけんでその中で勝ったから1番!って

 そういうレベルだよ。陸上競技の世界は、ただ走っているだけに見えるけど、

 そんな単純なものじゃないでしょ。」

「いやいやじゃんけんだってなぁ。」

「いや、栄一先輩。じゃんけんで1番になるなるコツなんて、

 ズルする以外に考えられませんよ。」

話が脱線しそうなので釘をさす。

「どうでも良い1番、2番と、それとはレベルのちがう1番、2番はある

 と考えるのが自然です。」

「だから僕も、単なるじゃんけんと今回のたまたまはちがうって

 分かっているから。」

「まあ、どうでも良いことと、偶然であることはイコールではないけれど。

 運も実力のうちっていうしね。要はどうでも良くないことは、

 その1番と2番の間の壁を考えることに真剣になると思うんだよね。

 そのどうでも良くない度合いに応じてさ。で、俺はたまたま

 ではないと思ったわけ。」

「確かに私も琵央先輩の意見には賛成です。陸上競技は1番と2番の間にある壁が、

 記録という形で万人に見えるように出てはきます。ですが、それが実際の2番手の 壁の厚さを意味するとは思えないのですよ。本当の壁は、1番にある程度近づかな いと見えないものなのですよ。」

「その意見、一般人には見えない壁が1番と2番にはある、というのは僕も多少賛成 だ。というのもね、1番というのは得てして理解されないことが多いんだよ、一般 人には。かえって2、3番の方が理解されやすいから人気になったりする。」

「栄一先輩の言うそれは、天才か否か、の壁のようですね。

 1番と2番の間の壁には、ときにそういうものが立ちはだかると。」

「そうだね。」

「ただそうだとすると、先輩、先輩は少なくとも天才ではない

 気がいたしました。」

「へえ、それはどうしてだい?」

「先ほど先輩は今回のはたまたまだとおっしゃいましたね。

 それってつまり、先輩には分からない領域があるともいえませんか。

 つまり先輩は、残念ながら凡人ということです。」

「いや、それとこれとは話が別だぞ!今回の件はたまたまと

 言ったまでであってだな…。」

「うん、その、なんだ?偶然で片づければ全てはい、偶然です、

 で世の中済ませられる。が、それでは人は成長しない。

 だからその中にあがいてでも必然性を見つけようとするのではないか。

 2番目以降はそういう宿命を背負っていると思うね。

 たとえそれが仮に偶然だったとしても。」

「では、1番目ならそういう宿命から解放されるのか。

 ますますそうはならない気がするけどな。

 最後に戦えるようになるのは過去の自分だけだしな。」

「とりあえず、椎馬先輩本人に聞いてみましょうよ。

 それが本当の2番手の壁です。」

「いやいや、本人の自覚と壁の存在は無関係だ。

 でもとりあえず話だけでも聞こうか。走った本人でもあるのだから。」

2人の青年と1人の一つ年下の少女は、応援者同士での話し合いをやめ、

クールダウンを終えたであろうその選手の元へと向かった。

競技場近くの公園に行くと、ジョギングを終えて一人ストレッチを草むらの上で行っている男がいた。

あのジャージの下に、試合で垣間見た屈強な脚がある。

それは大事にケアされていた。

「今回の試合?ああ、やっぱりスタートが出遅れたのが問題だろうな。

 後半伸びてもう少しで追いつけるところだったのだが、逃げられた。」

「スタートダッシュですか。先輩は400mまで走りますし、

 ガリガリの短距離ではありませんよね?」

「それよりどうなんだ?今のが2番手の壁ということか。

 確かにスタート時はあまり前方でなかった気がするが。」

「いやいや、やはりそもそもがちがうでしょ。」

「栄一、そもそもって何だい?」

「本物の1番について語らなければ、これはそもそも問題の埒外

 になるんじゃないの。

 ほら仮にうちら応援のメンバーだけで走ってみてさ、誰かが1番になったとして、

 それで試合のときの2番手の壁を語ったと思う?」

「いや、思わんわな。」

「だからさ、本物の1番と2番について語らなければ意味がない。」

「本物の1番といったらあれだな。200m,400m,800mで全て決勝行くだけでなく、

 そのうちいくつかは1位を取ってしまうという化け物。それで400mリレーや、

 1600mリレーも出るというから、何コイツ、そもそもどれだけ体力あるの?

 生まれが人間じゃないんじゃね、という怪物。」

「うん、確かにそうだ。それはホント、1番になるべくして1番になっている。

 誇張じゃないが、そういう奴は実際はさておき、さらに観念を延長して生まれ

 からすでに1番だというように思ってしまうよな。」

「先輩はそんな相手と走ってみたらどう感じますか?」

「いやいや、参っちゃうよ本当に。もう人間の領域ではないね。

 ほら、2番までは誰かの背中を見たり、他人と比べられるけど、

 1番になったら誰とももう比べられない。

 比較可能なのは自分ただ1人だけなんだ。

 そうしたらもう人間ではないだろうね。せめて超人。それで

 2番目というのは、人間が到達できる最上位の位置といったところだろうよ。」

「だそうです。皆の意見が一通り出たのではないでしょうか。

 それでどれが1番良い意見なのでしょう、栄一先輩に琵央先輩?」

「1番の意見ねえ、じゃあ言い出しっぺからどうぞ。」

「え…、はい。私の意見ではやはり実際に走った椎馬先輩の意見が1番かと…。

 それで2番目は…。」

2番手の壁は、永遠に背後にまとわりつく。

どれが1番かを決めようとしたその瞬間に。

こんな発言を私がしなければ、2番手の壁の話なんぞ、

またまた続くことはなかったのだから。

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壁談話 さかした @monokaki36

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