影に住まう

陽月

影に住まう

 一帯で、最も高い場所に構えた屋敷から臨めば、眼下に広がるのは木々ばかり。

 遠く、霊山まで一望できるものの、見えるものはひたすらに木ばかりだ。

 けれども、この木々に隠れた所に、人々が暮らしている。木を切り、田畑を耕している。

 彼らを守らねばならない。


 打てる手は、打ったつもりだった。この地が戦火に晒されぬようにと。

 それが功を奏したのか、わざわざ戦をするほどでもないと捨て置かれたのか、周りが戦に飲み込まれてゆく中、どうにか平和を保つことができていた。


 ところが、それが崩れてしまった。

 思いがけぬ方向から、崩された。

 脅威ではない、攻める価値などない地だと、そうやって凌ぎきりたかったのだが、誰が唆したか、はたまた止められる者がいなかったのか、馬鹿が矛先をこちらに向けた。

 そして、その矛をこちらの者が折ってしまった。


 その戦闘があったのは南のことで、北の私はそれを伝え聞いたに過ぎない。

 勝った、追い返したと勇む者達の声は大きい。

 しかし、何が目にものを見せてやっただ。滅亡への時を、自らの手で早めただけではないか。



 空を見上げれば、鳶が一羽、くるりと円を描くように飛んでいる。

 あれから二年、何事もなく過ぎたのは、恐れをなしたからではなく、ただいつでも簡単に滅ぼすことができる所よりも、重要な物があっただけに過ぎない。

 いくら訴えようとも、あの戦を知らぬ北の者がと、聞く耳を持たない。


 周囲は全て敵の配下、圧倒的な兵力の差、多少の地理の優位など数の暴力の前には役に立たない。

 戦というのもは、始まった時には勝敗が決まっているものだが、始まる前からこれだけ明白に決まっているのも珍しかろう。

 それでいてなお、勝ちを信じて挑むばかばかしさよ。勝利の美酒とは、それほどまでに美味いのか。

 次は、本気の軍が来る。圧倒的な力で、数で。


 あの時、勝つにしても、もっと苦労した上での勝利だったのならば、また違ったのだろう。

 あの馬鹿が。

 攻めてくれたことも恨むが、やるならやるで、どうしてもっとしっかりやらないのか。簡単に尻尾を巻いて逃げおって。

 おかげで南の連中はもう手をつけられん。


 最も良いのは、一国全てが平和にだが、その希望はあの小競り合いで潰えた。

 それが無理なら、せめて私は手の届く範囲だけでも、眼下に広がるこの地だけでも守らなければならない。

 南には悪いが、負けるとわかっている戦に挑み、滅亡の道を歩むわけにはいかないのだ。

 臆病者と罵られようが、守りたいものが守れるのならば、それで構わない。


「伝令を。

 進軍と共に、我らは下る。無駄な血を流すな。

 しかし、抗戦を望むなら、南へ行き、加勢せよ。その意思は尊重する。

 ただ、願わくば、生きて酒を酌み交わそう」


 控えていた気配が散る。

 木々の中へと、消えていった。


 表向きは、進軍に飲まれ、滅亡する。それで良い。

 その影で、我々は生きていく。この地で、木を切り、田畑を耕して。

 祖先からの営みを続けていく。

 いつしか、平和の祈りが空高く上がるだろう。

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