Bの不満

沢田和早

Bの不満

 Bのイライラは頂点に達していた。今日もまた2番目に甘んじねばならぬ己の姿を見せつけられたからだ。


「A君は3個、B君は4個のリンゴを持っていました。2人合わせるとリンゴは何個でしょう……いつもこれだ。どうして最初に出てくるのがAで、Bは常に2番目なんだよ。そんなにBをトップに持ってくるのが嫌なのか」


 Bの愚痴は今に始まったことではない。アルファベットがこの世に誕生して以来、Bをおとしめる文言は世界中に溢れていたからだ。


『容疑者AとBは現在逃走中……』

『点Aと点Bを結ぶ直線は……』

『A級品より劣るB級品ならばこのお値段で……』

『使う用紙はA4です。B4は使わないでください』

『B玉なんか捨てちまえよ』

『彼氏にするなら絶対にA型。B型男子はちょっと……』


「ああ、そうかいそうかい。そんなにBが嫌いなのかい。そんなに俺を2番目扱いしたいのかい。そんなにAは御立派なのかい。ちくしょうめ」


 Aは必ずBより先、Aは必ずBより優れている。Bは常に2番目の存在を強いられている。


「忌々しいAめ。目の上のたんこぶとはヤツのことだな」


 Bが必ずAに次ぐ2番目になってしまう理由、それはB自身にも分かっていた。アルファベットの並びがその順番だからだ。


「そうだよ、俺がいつも2番目として扱われるのはAより劣っているからじゃない。あの憎たらしい26文字の並び順のせいだ。もし俺が文字列のトップにいたならAとBの立場は逆転していたに違いない。こうなれば直談判だ」


 Bは決意した。アルファベット誕生以来、数千年の長きに渡って続いていたBの不遇、それを今こそ解消するのだ。Bはさっそく文字の神様の元へと赴いた。


「神様、お願いがあります」

「苦しゅうない。申してみよ」


 Bは2番目の境遇に甘んじ続けていた我が身の薄幸を切々と申し述べた。


「……このようにBは終始Aの後塵を拝してきました。もはや我慢できません。この不平等を解消すべく、直ちにアルファベットの並びを変更し、我がBを文字列のトップに据えていただきたいのです」


 Bの訴えを聞いた文字の神様は大いに困った。文字列のトップに君臨したいのはBだけではない。他の文字も同様である。Bの願いを叶えれば我も我もと他の文字たちが押しかけてくるだろう。ここはていよくお断りしたいところである。


「おまえの言い分はよくわかった。だが何の理由もなくBをトップにすれば他の文字から異議を唱えられるのは必定。文字列順序変更のためには何らかの大義名分が必要だ」

「大義名分ですか」


 頼めばすぐに変更してもらえると考えていた楽天家のB。大義名分など考えてはいない。しばし頭を捻る。


「そうだ、名案を思い付きました。文字の重要度順に並べればいいのです。例えば単語に一番多く使用されている文字の順に並べればどうですか。まあBがトップに来るのは間違いないでしょうけどね」


 この根拠のない自信は一体どこから来るのだろうと文字の神様は思った。そして少々呆れた顔で答えた。


「ああ、それなら先頭はEだな。Bは2番目どころか真ん中より後ろだ」

「えっ、ウソでしょ!」


 プライドの高いBは驚愕した。まさかそこまで自分が役立たずだったとは夢にも思わなかった。


「じゃ、じゃあ単語の頭文字に一番多く使用されている文字の順番ではどうですか」

「それはSだな。辞書の項目が一番多い。Bも多いが現在の2番目の地位からは確実に滑り落ちる」

「そんな、そんなバカな……」


 それからもBは「文章中で一番多く出現する文字」だの「名前で一番多く使用されている文字」だのあれやこれやと提案したのだが、いずれもトップになるどころか2番目の地位すら維持できない条件ばかりだった。


「あ、あり得ない。この私が、このBが、それほどまでに役立たずな文字だったなんて」


 Bは床に崩れ落ちた。意気消沈のBを見て文字の神様は慰めの言葉を掛けた。


「Bよ。身の程を知ったであろう。所詮おまえはその程度の力量しかなかったのだ。文字列の2番目に置かれたのは、おまえにとって最高の幸運であったのだぞ。能無しであるにもかかわらず、Aに次ぐ文字としてその存在をアピールできたのだからな。悪いことは言わぬ。トップになるなどという夢は捨て、2番目の文字として生きるがよい」

「で、でもいつまでも2番目のままなんて……」

「甘ったれちゃいけないよ、B」


 突然、神の間に大声が響き渡った。Cの声だ。驚いてBが振り向くと扉の前には大勢のアルファベットたちが立っている。


「君は知らないだろう、B。通行人が2人までしかいなかった時の悔しさを。A君B君ときてC君がいなかった時のやるせなさを。3番目の私のほうがよっぽどツライんだよ」

「C……」


 Cに続いてYも言葉を放つ。


「2番目って言ってもさあ、最初から2番目なんでしょ。おいらなんか最後から2番目なんだよ。容疑者Xはよく聞くけど容疑者Yなんて滅多にないんだからね」

「Y……」


 最後にAがBの肩に手を置いて話す。


「B、いつもボクの風下に立っている君の気持ちはよくわかる。けれども時にはBがAより優っている時だってあるんだ。先日も『やっぱりB型彼女はカワイイぜ』なんて言葉も耳に入ってきた。もう少し大らかな気持ちで世の中を眺めてみろよ。別のものが見えてくるかもしれないぜ」

「A……」


 みんなの言葉を聞いてBの野望は消えた。2番目の地位にある自分がどれだけ恵まれていたか、ようやく理解できたのだ。


「わかったよ。もうトップになろうとは思わない。これからもこれまで同様2番目の文字として頑張るよ」

「うん、それでこそBだ。よーしみんな、Bを胴上げしようぜ。それワッショイワッショイ!」


 Aの音頭でBを宙に舞い上げるアルファベットたち。いつもは無愛想な文字の神様も、この時ばかりは満面の笑みを浮かべていた。


 こうして心を入れ替えたBは、いつも通りAの背中を見続ける日常へと戻った。


「まだAカップだなあクスン。早くBカップになりたいよう。よ~し牛乳飲むぞ……か。ふむ、Aの言ったようにBのほうが優れている事例は結構あるものだな」


 などとつぶやきながら、今日もBは2番目としての日々を過ごしている。

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