カルトナージュに入れた恋

押見五六三

全1話

これは誰でも知っている事だけど、その日だけ特別に持て囃される学校内のアイテムが二つ有るよね。

そう、それはこの教室にも有るマイ机と、校舎入口に有るマイ下駄箱。

聖なるその日、それらは光輝く恋の神櫃しんひつへと成り変わる。


勿論そんなのは都市伝説なのは知っているよ。

普通に考えてそんな所に入れるのは不衛生だし、人目に触れず忍ばせるのも困難だ。何より入ってたとしても同級生の悪戯の可能性の方が高い。

現実に中学時代、その聖なる日に『厳選成る抽選の結果、本年もチョコをご用意することは出来ませんでした』と、机の上にデカデカと書かれていたことが有る。

いや、応募した覚え無いんだけどね…

そんなこんなで『手作りチョコ』なる存在も、特別な貴族だけが召し上がれる庶民には到底口に入ら無い物だと僕は確信している。

だけど…だけどもだ!

無関心の素振りをしながらも、その日だけは下駄箱の隅から隅までチェックするのは僕だけでは無いはずだ!

机の奥に入れ忘れていた彫刻刀とかの道具箱に、たまたま手が触れて『来たか…』と、勘違いした人は少なからず居るはずだ!

いや~…有るわけ無いんだけどね、これが。

現実に小学校、中学校と聖菓子が入っていたためしがない。

ああ、そうだよ。僕はまんまと何処かのお菓子屋さんの手のひらの上で、クルクルもてあそばれている大した芸も出来ない哀れな猿回しのお猿さんだ。そんなの百も承知だよ。


だけど…だけど今年は違ったんだ。

いや、ここからが大事だから、ちゃんと聞いてね。

手応えが…僅かながら光明が有ったんだよ。

僕は非リア充という称号を捨て、リア充の仲間入りを果たすかもしれないと、いう希望の光が…

そう!今年は僕に〝Au chocolat〟成る聖菓子を、神櫃に収めてくれそうな女神が確かに居たんだ。

あ、ごめんなさい…調子に乗ってチョコをフランス調で言ったのは謝ります。だから最後まで聞いてね。


僕もさんざん『好き』って言葉に踊らされてきた人間だから『好き』って言葉には二種類あって『付き合っても良い』を意味する『好き』がこの世には別に存在しており、女子は男子に対して『好き』の使い分けをしている事を自分ではちゃんと把握出来ていると思うんだ。

いや、その子に直接『好き』って言われた訳では無い。だが〝目は口ほどに物を言う〟って言うだろ。

教室でしょっちゅう目線が合うんだよ。その子と。

お互いすぐに目線を逸らすんだが、これ、前に本で読んだけど脈有りの徴候だよね。

『付き合っても良い』の方の『好き』な相手にしかしない行動だと思うんだ。

どう?期待しない方がおかしいでしょ?


だが、実はその子と僕は全くと言って良いほど会話をした事が無い。

これは僕だけで無く、その子がクラスの男子と会話しているのをついぞ目撃した記憶が無いんだ。

それ位にその子は普段から大人しく、内気でナイーブな子なんだよな、これが。

学園内でも有名な、トップレベルシャイな僕が太鼓判を押すのだから間違いない。

おそらくクラスの内気度ナンバーワンは僕だろうけど、二番目はその子だろう。

だからその子が手渡しで聖菓子を僕に贈与する姿何かは、とても想像出来ないんだ。

だからこそ神櫃に収めてくれる可能性が高いと踏んだんだ。

いや~前日に何気なく机の中と下駄箱をピカピカに掃除するのには苦労したよ。

あの黒い昆虫達が『ここは決して踏み込んではならない聖域サンクチュアリだ』ってすぐ気付く位に綺麗にしたんだぞ。

ホント、当日はワクドキが止まらなかったな~

えっ?!結果?!

勿論入って無かったよ。

ああ、前振りが長いのは分かっている。

話の核はここからだ。聞いてくれ。


恐らくあの子はこちらが思っている以上にパッシブなんだ。

虫媒花の如く、ひたすら相手が動いてくれるのを待つしかないタイプなんだろう。

僕とあの子は〝はにかみ屋さん〟という〝同属性〟…そう確信したんだ。

だからいいんだ…僕は十分ワクドキを楽しませてもらった。物を受け取る事が全てじゃ無い。修学旅行や文化祭と一緒で、当日までの高揚感が大切なんだ。

あの子からのエアーチョコは確かに受け取ったからね…

そしてパッシブなあの子の為に今度は僕がお返ししなければ…てか、僕から動かない限りこの恋に進展は無い。そう悟ってホワイトデーに僕から聖菓子を贈ることを決意したんだ。


いやー…歩き回ったよ。街中を。

なんせエアーチョコのお返しなんて生まれて初めてだから、何がいいのか迷った迷った。

僕はありったけの想像力を働かせて、あの子が呉れそうなチョコをイメージした。

恐らくピンクの花柄模様のカルトナージュに入った、一個一個がアニマル型の上級クラスのチョコだ。

僕の培われた六感が、そう答えた。

実は第六感何て言葉は最近知ったばかりで、今初めて使ったんだけどね。

まぁそれは良しとして、そうなるとやっぱりお返しはキャラ物の可愛い系より、少し大人びたメルヘン系が良いのではなかろうか。ならば同じく小洒落こじゃれたカルトナージュに入ったマカロンがベストだと思い至る事になるんだが…

さて、ここで問題です。僕が定番のマシュマロやキャンデーを選ばず、なぜマカロンをチョイスしたか分かる?

チッチッチッ、ブー!はいっ!時間切れ~!

ごめん!悔しがらなくていいよ。偏差値超スゲェ天才でも一秒では答えられない超難問だったからね。


正解は思いの本気度を示したかったんだ。

近所のスーパーで適当に買って来たのでは無く、ちゃんと洋菓子屋に行って買って来たのを分かってもらう為なんだ。

これはいい加減な気持ちでは無く、マジ度を分かってもらう為だね。

だからカルトナージュも手作りが良いだろうと、厚紙やレースの布まで買ってきて一から作ったんだよ。

手先は器用な方だから細部まで凝ってね、蓋の表面には切り絵でフクロウが居る森の情景をあしらってみたり、蓋を開けると白いレースの花が広がるように細工したり、マカロンは黒や茶色みたいな縁起悪そうな色は避けて、『清純』の白、『情熱』の赤、『妖精』の緑に『カクヨムカラー』の青と黄と橙などの厳選された六個を入れたんだ。

まぁそのマカロンの種類は八色しか無かったから、黒と茶色を抜いちゃうと必然的に残り六個は決定するんだけどね。


んで、忘れちゃいけない。最後はレターだ。

あの子が虫媒花なら、媒介者は花弁を傷つけないよう、優しく花粉を届けないといけない。

媒介者が用意する物は〝紙〟と〝ペン〟、そして、それらで伝える〝いたわりの言葉〟だ。

『チョコは貰って無いけど、ホワイトデーだからお返しだよ』

…って、書いて添えたよ。


さて…用意をしたのはいいが、次はどう渡すかだ。

やっぱりサプライズ的に神櫃に忍ばせた方がいいんだけど、この学園の下駄箱は扉が付いて無いから他の人にも丸見え何だよね。

もし先生にでも見付かったらテロリストが仕込んだ不審物だと勘違いされて、爆弾処理班を呼ばれてもおかしくないと思った。

ならばやっぱり机だろうと当日機会を覗ってたんだが、これまた中々チャンスが無い。

朝一番に行ってコッソリ入れれば良かったんだろうが、前日眠れなくてうっかり寝坊しちゃったんだ。

他の人に見付かるのも嫌だし、もう朝からビビりまくりで、その日一日は授業に集中出来なかったよ。

やっぱりこのミッションは難易度が高い。女子が神櫃に聖菓子を収められ無い気持ちが良く分かった。これはこれですごい勇気がいる。

でも何とかかんとか最終授業前が体育だったんで、皆出て行った隙に収めたんだ。カルトナージュを!

いや~スリリングだったね。其所いらの遊園地のアトラクションなんか子供騙しだと感じたよ…

えっ?!渡したのに、なぜ今この手にしてるかって?

翌日、朝来たら僕の机に入ってたからだよ。

一度開けた節はあるけど、マカロンも手紙もそのまま入っていたさぁ。

うん。そうだね。

ウキウキのノリノリで自分に酔っちゃてたからその時は気付かなかったけど、〝ノーサンキュー〟を食らってみて、客観的に今回の僕の行動をもう一度分析してみた。

そう。殆ど口も利いたことも無い男から、チョコも渡して無いのにバレンタインデーのお返しが来るなんて…これ、女の子からしたら不気味でしかないよね。

だいたいフクロウの切り絵って、よく見るとただの恐怖だよね。

返品されてから気付いちゃった。

「これ、やっちゃったな~!!」てね。


今は強がってるけど、その時は流石に大ショックで、カルトナージュを机に入れたまま早退したんだ。んで、知っての通り一日休んで今日に至るんだけどね。

んっ?!そう?かなり元気そうに見える?


実は今朝、登校してきた時にあの子の友だちからこの袋を受け取ったんだ。

あの子からだって…市販のチョコレートが中に入ってた…

たぶん僕が早退して罪悪感を抱いてしまったんだろな…逆に悪い事をした。

まぁそれでもこれは僕が初めて女子から貰った贈与品だ。有り難く頂く事にしたよ。

これは僕の玉砕記念品だ。

食べずにこのカルトナージュに入れ、思い出の宝物として一生大事に取っておくつもりだよ。


えっ?な、何か間違ってる、僕?

今すぐにでも、あの子の所に行けって…何で?





おしまい



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カルトナージュに入れた恋 押見五六三 @563

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ