二番手ヒーロー
れなれな(水木レナ)
おぼえてなさいよっ
今日もブロンドの巻き髪を背に流しながら、彼女は壁掛け鏡に模した端末機に問う。
「鏡ヨ鏡ヨ鏡さん」
『音声検索を始めます』
「宇宙一強くてたくましくて、かっこいいヒーローはだれ?」
『ニンジャ・フジヤマ・ゲイシャガールです』
軍部から支給された二十九個めの端末機が破壊された。
「ライトニング・ボディー、検索絞るのにたくましいって入れるのやめたら?」
ヒーロー部屋の同僚がうなる。
「あたしはたくましいわよ! ニンジャよりも!!」
「うつくしいって入れたらいいのに……」
「ありがとう。お世辞でもうれしいものだね」
サバサバいうと、ライトニング・ボディーはスラムの実家に多量の物資を持ちかえる。
水・食料・衣料。それから石鹸・歯ブラシにノミ取り粉。
環境最悪の地上において、ヒーローが働きに応じて支給されるそれらのほとんどを、ライトニング・ボディーは老いた父母ときょうだいたちのために使っている。
(どうせ、この間の出動も、上層部が操作したに違いないんだ……あたしを嫌って。スラム育ちだからってなんなの?)
彼女は部屋に戻ってから一人、粉々になった端末機を見つめた。
(嘘でもいいから、宇宙一だって、この耳で聞きたい……必要とされたい)
うっかりするとため息が出る。
「一番じゃないヒーローなんて、カッコよくなぁ~い!」
子供のように駄々をこねてしまうのだ。
そんな姿、家族には見せられない。
『応援してるよ! お姉ちゃん!!』
(アイリーン……)
『お花ありがとう。種がとれたら、また咲かせられるだろうか』
(母さん……)
疲れを感じて彼女はベッドに横たわる。
知らず思いにふけっていた。
ライトニング・ボディーはヒーロー部隊所属ひと月で二番手のヒーローに昇格した。
その圧倒的なパワーと、核弾頭のような破壊力で他をしのいだ。
しかし……。
『パワーに特化した君の能力はきっと切り札になる』
(わかってる)
『後はその制御がうまくやれれば、次のトップは君しかいない』
(それも、わかってる)
『いつまでも僕がトップでは文句を言われてしまうな』
『ヒーロー部隊の掲げるスローガンが専守防衛だから、しかたがないわね』
『まったくだ』
ニンジャ・フジヤマ・ゲイシャガールが笑った。
まるでライトニング・ボディーの皮肉など、耳に入ってはいないかのように。
「なにが専守防衛よ! ヒーローにそんなもの、必要ないじゃない!! 先輩面して!!!」
よほど我慢していたのか、回想の中で雄叫びをあげるライトニング・ボディー。
がばっと起き上がると拳をたたきつける。
スチールのイスがべこべこにへこんだ。
「トップヒーローがやられた!? 手も足も出ずにだと!?!」
すかさずライトニング・ボディーが進み出た。
「自分が参ります! やらせてください!」
その瞳は青白く燃えていた。
「よし出動だ! ライトニング・ボディー」
「はい!」
敵は核弾頭。
管制システムの故障で誤ってこの国に発射されたらしい。
「さあ! おねんねよ!! リトル・ベイビィ!!!」
ライトニング・ボディーの指揮のもと、地上はすでに安全領域に隔離されている――地下のシェルターに。
ただし、スラムを護るものはない。
盾となるのは飛行装置を身に着け、パワードスーツで強化したヒーローだけであった。
(くっ、アイリーン、母さん! 父さん!!)
大型弾道ミサイルが発射された後で、彼女は反射的に涙がこぼれた。
(愛する人たちを護れずに、なにがヒーローなの!?)
一瞬の感傷だった。その後は胸をひき裂くような激しい感情に揺さぶられて現実を見る。
シェルター以外を破壊しようと襲い掛かる核弾頭の数々。これを破壊せねばならない。安全に。
(こんなの専門外よ!)
彼女の得意は破壊なのだが、その衝撃からスラムを護る手立てがない。
そのとき。
すっ、と後ろから抱きしめるような暖かな気配がした。
「まにあったようだな」
「ニンジャ! あなた……!」
「君が来てくれると思ったよ」
彼はすでにボロボロだった。
しかしライトニング・ボディーが見る限り、ヒーロースーツが破けたくらいで命に別状ない。
(なによ! 生きてるじゃない!! のんびりしちゃって!!!)
「背後はまかせろ」
そうして、核弾頭を抱え込んだライトニング・ボディーの背中を護って、地上に緩衝バリアを展開させるニンジャ・フジヤマ・ゲイシャガール。
「なぜ……そんなことをしてくれるというの」
「君は優等生だから、多少の演出が必要だと思ってね……秘儀! 死んだふり!! をしてたのだ」
(それって、あたしを呼んだってこと……!?)
「上層部はとっくにあなたが死んだと思ってるのに!」
「……あとは、まかせたよ」
「ちょっと! ニンジャ!!」
ニンジャ・フジヤマ・ゲイシャガールの体がかしいだ。
そのまま墜落して、地に崩れる。
ミッションは無事クリアされた。
核弾頭は解体され、ヒーロー部隊は地上へ帰った。
「お姉ちゃん! お姉ちゃんが来てくれた!!」
「プリメラ……わたしの娘」
「ありがとう、プリメラ!」
スラムのトタン板の陰から、家族ばかりでなく幼馴染や顔なじみが姿を現す。
彼女が彼らを抱くと、母親が花の種を握って差し出してきた。
「いっしょにまこう。プリメラがくれたこの大地に」
「母さん……!」
とたん、咳き込む声が聞こえた。
振り返ると、ニンジャ・フジヤマ・ゲイシャガールが身を起こすところだった。
「ニンジャ! あなた……」
「なにか、悪いことをしたな」
あ、とライトニング・ボディーが口を開けると同時、ニンジャ・フジヤマ・ゲイシャガールは本部に連絡を入れた。
「報告をするところまでがミッションだ」
「おぼえてなさいよ――」
「だから、最初に謝ったじゃないか……」
「いいえ、あなたは謝ってない。口先だけで挨拶しただけ! いつもそう!!」
そういうライトニング・ボディーの目から安堵の涙がこぼれる。
「おぼえてなさいよっ……」
「悪かった。君の活躍は全人類が目に焼き付けた。それでチャラにしようじゃないか」
ライトニング・ボディーは、ガラにもなくモジモジしだす。
「えっと……やっぱり、必要なのはパワーばっかりじゃなかった。地上を守ってくれるニンジャがいなかったら、家族もみんな、みんなが助からなかった」
ありがとう、と小さくつけ加えた。
「だから、この国は専守防衛なのさ。今後もね」
ライトニング・ボディーは、ニンジャの言葉を自分がトップに立てないという宣告であるととった。
「やっぱり、おぼえてなさいっ……!!!」
あっけにとられる人々の間から、しだいに朗らかな笑いがこぼれだす。
「ああ、平和っていいわね」
「お姉ちゃん、遊んでー」
「ああ、これから本部にいかなくちゃいけないの」
「……実家に帰ればいいのに」
ニンジャ・フジヤマ・ゲイシャガールがぽつりとつぶやき、ライトニング・ボディーがギロリと睨み返した。
「先輩風を吹かせないで。ニンジャ・フジヤマ・ゲイシャガール! あたしは、のしあがってみせる!」
「ああ、たのしみだ」
彼女がライトニング・ボディーでなくなるときが、本当の彼女のしあわせだと、ニンジャ・フジヤマ・ゲイシャガールは思った。
※このお話はフィクションです。あらゆる思想的、集団的示唆を行うものではございません。
おしまい
二番手ヒーロー れなれな(水木レナ) @rena-rena
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