最終選考

時任西瓜

二番目

 二番目って、最悪だと思う。

 私、みなと恵実えみは、右胸あたりにつけた、白色の丸い形をした番号札に、デカデカと黒で刻まれた数字を恨めしく睨む、ただの数字なんだから、とうぜん表情なんてないけれど、こんな時にまで現れるなんて、さぞかし私を小馬鹿にし、勝ち誇ったような顔をしているんだろう、お前の運命はここで終わりだ、なんて、ゲームのラスボスよろしく、高笑いでもしていそうだ。

 2、二、two、私の人生の落ち目には、必ずと言っていいほどこの数字が付きまとってくる。誕生日の二日前に二階の階段から転げ落ちて骨折、並んでまで買いに行った限定版のCDは二つ前で売り切れ、初恋のクラスメイトは二歳年上の先輩と付き合い始め……まだたった十八年の生涯だというのに、思い返せばキリがない。すなわち、私にとってのラッキーナンバーならぬ、アンラッキーナンバーなのだ。

「今日くらい勘弁してよ……」

 頭を抱えて、誰にも聞こえないくらいの小声で呟いた。今日くらい、というのにも訳がある。今、ミュージカル舞台のオーディションを受けに、私はここにいる。それも、主人公を決めるための最終選考に。

 楽屋の空気はピリピリしている、号泣寸前の赤ちゃんみたいな、無闇に触れてはいけない、そんな空気。イヤホンで周りの音を遮断する子、手のひらに指で文字(きっと、人って字だ)を書いている子、しきりにメモ帳を見返す子、おそらく番号札の数字で悩んでいるのは私だけだろうけど、私含む四人、全員が緊張している。

 すると、隣のオーディション会場から漏れ出ているんだろう、何度も何度も、繰り返し聞いて体に染み込ませた曲のイントロが微かに流れてきた。やがて番号札一番の彼女の歌声が旋律に重なり、溶け合うように響く。繊細な二重奏にライバルながら惚れ惚れする。上手い、そう思ってるのはきっと私だけじゃない、サビにかかるにつれ、彼女の歌声は迫力を増していく、審査員がわざと扉を開けっぱなしにしてるんじゃないかってくらいの声量。顔を見れば、みんなビビっている、そして心のどこかで、二番目じゃなくてよかったって、安堵しているはず。

 忌々しいその数字をもう一度睨んでから、はあ、とため息をついた。元はといえば二番目に楽屋に入った時点で間違っていたのだ、もう少し早く来るか、遅れるかしていれば回避できたのに。たかが数字、偶然と言ってしまえばそれまでだけど、二に対する嫌な思い出は尽きない。いつもそうだ、二が現れると私はとても調子を狂わされる。

 閑話休題、私が演劇を始めたのは小学校の学芸会で褒められたのがきっかけだった。将来は女優さんだね、そう言ったのは件の初恋のクラスメイト君である、私は調子に乗った、天狗よりも天狗になっていた。その勢いで中学校では演劇部に入部して、現実を目の当たりにすることとなる。部には私よりも演技が上手い人がわんさかいた、先輩はもちろん、違う小学校から来た同級生も上手かった、これまで校内一の女優と自負していた私は下から二番目……いや、三番目ということにしておこう、下から数えて三番目の名前も当ててもらえないような通行人Aに成り下がった。あの時、今までの自分がどれほど井の中の蛙だったことにようやく気がついた。とにかく悔しくて悔しくて、必死に努力していれば三年間はあっという間に過ぎる、それでも、最終公演での役柄は主人公の恋人役だった、私は二番手のままだった。

「それもこれも全部、二のせいだ……」

 ガチャリ、ノスタルジーに浸っていると楽屋のドアが開く、いつのまにか隣の部屋から聞こえていた音楽は止まっていた、部屋にいる全員がそこに釘付けになったのが分かる。

そこには番号札一を胸に掲げた黒髪の美少女が晴れ晴れとした表情を浮かべて立っていた、やりきったというのが伝わってくる。

次いでドアの後ろからひょっこりと姿を見せたのはここの劇団の団員の人だった。少し視線を動かしてから、手に持っていたバインダーに目をやり、読み上げる。

「二番の方、どうぞ」

「はいっ」

 私の番だ、怯んでなんていられない。私はすぅ、と息を吸ってから、大きな声で返した。はきはきと、一音一音はっきり発音するのが大切だ、あせるな、自分。

楽屋とオーディション会場は隣だ、大股で五歩もない短い廊下を歩き、ついに扉の前にたどりつてしまう、緊張で足が震える、立ってられないくらいだ。

 二番目って、最悪だと思う。一番目より目立たないし、一番最後の番のころにはもう忘れられてしまう。それでも、やるしかないのかもしれない、人生の落ち目だろうが、アンラッキーナンバーだろうが、逆らってみれば、案外奇跡が起こるかもしれない。

 さあ、覚悟は決まった。私は扉を三回ノックし、ドアノブに手をかける。

「エントリーナンバー二番、湊恵実です!」

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最終選考 時任西瓜 @Tokitosuika

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