第3話「謎の男」

 僕が座っている場所の向かいは、通路をはさんで機械や乗り物に関する本が並ぶコーナーだ。右の棚には機械・環境関連、左の棚には乗り物関連の書籍がびっしりある。


 この図書館の児童書コーナーは前にひと通りまわって見物したけれど、基本的に学校の図書室のほうが品ぞろえが良い。しかも置いてある本はひどく色あせていたり、ページの一部が破けていたり、もしくは何か飲み物をこぼしたような跡がくっきりと残っていたりして、お世辞にも状態が良いとは言えない。

 学校の本は司書のお姉さんがしっかり管理してくれているおかげで、綺麗なものが多い。僕は、だからこの図書館で自習するのは好きだが、ここで本を借りることはほとんどない。

 

 でも、不思議なことに、乗り物関連のコーナーだけは異彩を放っていた。本の状態の悪さは他と変わらないのに、なぜだかこのたぐいだけやたら充実している。

 園児から小学生向けの本はもちろん、中には大人が読んでも楽しめそうな、なぜこのフロアに置いてあるのか疑問に感じるような高度な内容の本もある。それだけ需要があるということなのか、それともこの図書館を管理している人の趣味なのかはわからないけれど、この棚だけ妙に手厚い恩恵を受けていることは子どもの僕が見ても明らかだった。

 

 男は、本棚と本棚の間の通り道で、まるで自分の家のリビングにいるかのようなくつろぎスタイルで寝そべっていた。

 床にそんな格好で横になっていたこと以上に、彼がどう見ても大人の男だったことに僕は驚いた。三十代なかばか、あるいは四十を過ぎているぐらいか。ともかくわけがわからない。いい大人が児童書コーナーにひとりで居るだけでも珍しいのに、いったい全体どういうことだろう。

 彼の顔を見ると、でも、なんだかとても愉快そうに見えた。 

 

 距離があるので詳細はつかめないが、左の棚のあたりに何冊か並べているので、どうやら乗り物関連の本を読んでいるようだ。本を見ながら、なにかぶつぶつ言っている。


 どう見ても常軌を逸しているから、関わらずにこの場を離れるのが安全だろう。それはわかっている。

 でも、彼がなんて言っているのか、なにをそんなに楽しそうにしているのか気になってしまい、いつしか尿意も忘れていた。

 今さっきやってきた親子や司書の女性も、異様な生物でも見るような視線を彼に向けている。向けてはいるものの、だれも近付こうとはしない。


 どうしても彼のことを知りたくなり、僕は矢も盾もたまらず歩きだした。

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