カクヨムにおけるタイムリープ

片瀬智子

第1話

「あ、……こんにちは。すみません、私、気付かなくて。早見はやみさん、どうぞ。ここのお席で大丈夫ですか? 他はいっぱいで」

 私は駅前のコーヒーショップで、昨日合コンで出会ったばかりの早見と待ち合わせをしていた。

 早見は少し遅れて現れた。私はスマホを眺めていて、突然現れた彼に気付かなかった。


「こちらこそ、遅れてすみません。ああ、はい。ここでいいですよ」

 人気のコーヒーショップの座席はほぼ満員で、私は相席用の大きなテーブルに座っていた。

 落ち着いた物腰の早見はジーンズの後ろポケットからスマホを取り出すと、私の隣へ座る。バッグも持たず、身軽な装いが似合いの彼はふわりと腰掛けた。

「……皆さん、あの後、終電までいらっしゃったんですか?」

「いえ、マリエさんが帰った後に僕もすぐに帰りました。もともとそんなに社交的でもないんで」


 私は小さく頷く。

「……私、お酒飲めないので、ああいう席はちょっと苦手なんです。人数合わせで、どうしてもって友達に誘われたの」

 早見と私は、昨晩初めて知り合った。それなのになぜ、次の日に待ち合わせするという展開になったかというと……。


 たまたま隣り合わせになった私たちは、何となくお互いのことや仕事、趣味などについて喋っていた。そんな時、ある小説サイトで読んだり書いたりしてるという話題になってしまったのだ。

 今思えば、なんでそんなこと喋っちゃったんだろうと思ったが、驚いたことに彼も登録していると言った。テンションが知らず知らず上がる。

 そんなこんなで、好きな本や作家さんのことや、自分が書いてる作品についても流れに任せ喋ってしまった。

 もちろん、私たちの距離は縮まった。で、彼の方から連絡先を聞かれ、今、ここにいる。


「さっき、もしかして、カクヨム読んでたとか?」

 先程までスマホに集中していた私に、彼が聞く。

「あ、はい。カクヨムが三周年記念みたいで、決められたお題でショートショートを書くっていうイベントをやってるんです。それで……実は、さっきちょっと書いてました」

「あっ、そう。実は僕も書いてる途中なんですよ」

「え、そうなんですか!」

 私は思わず笑顔になった。趣味が同じ人が近くにいるなんて今までなかったから、すごく嬉しい。


「『切り札はフクロウ』ってお題、難しいですよね?」

 私はカフェラテを一口飲むと、スマホをまた眺めた。タイトルは『ペット探偵とフクロウの謎』だ。

「フクロウ……そうですね。難しかった。だから、僕は『2番目』というお題のほうを書いてますよ」

 2番目……?

「えっと、早見さん。あの……お題は、まだ一回目の分しか発表されてないんですよ? 二回目はまだです。明日の夜がフクロウの締め切り日なんです」


 私は戸惑った顔をしていたらしい。

 早見は静かに二度ほど頷いた。

「僕は、遅筆なんで――。というか、フクロウの話は無理なんですでに諦めました。二回目のお題でチャレンジしますよ」

 んん?

 いや、だから。

「あのぉ、そうじゃなくて、次のお題はまだ……公表されてないんです!」

 私は若干、力を込めて言う。彼はかなりの天然なの?


 早見は先程と同じテンションのまま、ゆっくりと微笑んだ。いたいけな脳みそを持つ私を優しく見つめる感じで。

「……マリエさん、次のお題は『2番目』なんですよ」

「どういう……意味ですか?」

 もしや、彼はカクヨムの関係者の友人か何かで、すでにお題を教えてもらったのだろうか。それとも、まさか彼がカクヨム関係者とか!?

 私の頭の中は考えられる要素で渦巻く。信じていいの? 二日目だからって、お題が『2番目』だなんて安易過ぎる感じもするし。だって、だって、……ドウイウコト?


「……マリエさん、僕がすでに未来でお題を確認していたとしたら、どう思います?」

 ……。

「はい?」

 どう思うと聞かれても。私は早見の言いたいことがさっぱりわからなかった。

「僕は、……タイムリープして、ここにいるんです。昨晩と今。マリエさんのところへ」

 早見は少しもったいつける様子で、私に爆弾を落とした。

「タイムリープとは、あの、……いわゆる、タイムマシンに乗って……みたいなことでしょうか?」

 私はガッチリ固まった。


「タイムリープとタイムトラベルは似てますが、厳密に言えば違います。タイムマシンは、現代ではタイムトラベルに定義されることが多い。タイムリープはどちらかと言えば、自身の技能や超能力によって時間を移動していくことなんですよ」

 うわっ。と、ちょっと私は思った。マジか。見た目は普通だけど、ヤバい奴だったらどうしよう、面倒くさいよ。


「じゃあ、……未来でお題が発表されているのを見て、また現在に戻って来たってことですか?」

 私はおずおずと聞く。何だか気に触ったことを言って、豹変されても怖いし。

「僕の場合、それともまた少し違う。タイムリープとは技能と言ったでしょ。なので技術には個人差があるんですよ。時間移動は一般的に未来へ動くほうがたやすい。過去へ行くにはかなりの技術を要するんだ。ほとんどの人は出来ないよ。飛行機のパイロットが着陸より離陸のほうが難しいというように、時間移動も難易度の差がある」


「へぇ、そうなんですか……」

 そうなんだぁ。でも一体なんで、私にそういうことを話してくれるの?

「どうして私にそのことを話してくれるんですか」

 早見は一瞬間を置くと、私に見入った。あ、ちょっと照れる。


「マリエさんにこの話をすることで、僕が……ここにいた証明になるからですよ。人生なんてあっという間です。想像してみてください。百年後なんて、もう誰も僕たちを知る者など残っていない。そして、タイムリーパーは人生を駆け足で終わらせる運命にあるんだ。圧倒的な重力の歪みをかえりみることをしないまま、未来へ行くことの好奇心を抑えきれず飛び越えてしまうからね。そして、過去には戻れない。僕らのほとんどは戻る技術を持っていない」


「え、でも、ならどうして、今ここにいるんですか? おかしくないですか。過去に戻れないなら、どうやって『2番目』のお題を確認してから私のもとへ来たの?」

 私は不思議に思った。どうやって未来から、『切り札はフクロウ』に苦戦している私のもとへ戻ってきたのか。意味が通じない。


「ああ、それはね。タイムリープが、慣性の法則と深い関係であることによる。僕は未来へ行き、ある技術でその場に時間だけ停滞し続けた。そして、君が来るのを待った……。詳しい話は、マリエさんがきっと適当にはぐらかされたと感じるだけだから置いておこう。僕が君に言いたいのは……」


 彼はもう一度私を見つめると、力強く言った。


「時間は有限だということ。……そして、はからずも僕と君が出会ったということ。君が僕の姿をその脳へ刻むことで、僕の存在証明となる。僕の存在は曖昧で儚い。タイムリーパーのように生きてはいけないよ。いい? ……そして、君の未来の可能性は計り知れない。大切に人生を歩んでいくんだ。未来を覗こうなんて、もう考えない方がいい。……僕はまたすぐに旅へ出る。そういう運命だから」


 彼の言いたいことの半分は、私には理解出来なかった。

 彼は「疲れただろ、少し休んだ方がいい」と言い、頬を触ったのを最後に私の記憶は不鮮明に途絶えた。



 少しウトウト眠っていたのだろうか。

 店内には数組のお客がちらほらといるだけだった。私はいつもの習慣でスマホからカクヨムのアプリを開く。

 新着おすすめレビューのところで目をとめる。

 

『2番目』のお題で、早見というペンネームを見つけた。

 いくつかの新着作品に『2番目』をお題にした作品がある。

 え、そんな……。

『切り札はフクロウ』のお題が、いつの間にか終わっている?

 私は急いで、早見の作品を開いた。


*  *  *


 ・

 ・

 ・

 そうだ、僕だけがタイムリープしたのではなかった。

 愛しい彼女が僕を追いかけて、未来へやってくることは想像にたやすい。

 しかし、彼女のタイムリープの能力はまだ未熟で不正確。最悪、重力の藻くずとなって死んでしまう。僕は、やめさせなければと躍起になった。

 次に彼女が移動する場所を把握し、僕は飛ぶ。慣性の法則の通り、時間と空間はセットなのだ。


 彼女の記憶を操作して情報の削除と偽の情報を追加し、コーヒーショップでは二度目の出会いのように見せかけた。

 カクヨムというサイトで、この内容を彼女が読むのはわかっていたから。

 ・

 ・

 ・

 彼女が『2番目』というお題の日付に気付く頃には、僕はもうそこにはいないだろう。


 僕たちは同じ技術を持ちながら、偶然に恋に落ちた。

 しかし、別れる運命にある。

 ああ、僕の情報を知らしめたのは僕の弱さだった。忘れて欲しくなかった。だから、知らせずにはいられなかったのだ。


 さようなら。愛しい人。

 いつまでも忘れないで。

 僕が永遠の未来を目指す、存在の儚いタイムリーパーなのだとしても。


*  *  *


 私は身体が小刻みに震えているのを感じた。

 これは小説ではない。告白だ。

 そうだとしたら、私もタイムリーパー。

 みずから、時間移動していたのだ。『切り札はフクロウ』の期間を飛ばしていたのは私。

 彼が未来で『2番目』を確認したのではない。

 あの時はすでに発表されていた。彼により頭の中の情報が消され、自分がタイムリープした事実に気付かなかっただけ。

 

 私は愕然とした。

 そしてそれと同時に、胸が切なく痛む。

 記憶の向こうにある、時間を操る優しい恋人の存在に想いを馳せようと。

 駆けていきたいと、狂おしく痛んだ。

 

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