第38話 3/5 優雅な白鳥も水面下では忙しい

 「疑わしきと前置きしての話しです。国松出生と同じくして、急に羽振りがよくなった者がおらぬか調べさせた。すると、気になる報告が上がってきた。酒場での話しですが、急に金回りが良くなった者がおりましてな、その者が言うには、いずれ大きな力の後ろ盾を得て、大出世すると風潮しておりましてな、その男とお江の繋がりを

探らせれば、怪しき事柄が浮き彫りになりましたわ」

 「それで、それで、誰なのか、その命知らずは」

 「そう焦りますな、その頃、江戸城は築城の真っ最中。その技術に優れていた藤堂家が工事を担っていた。その家臣の中に浅井家の浅井賢政と言う男がおりました。同じ浅井家のお江と賢政は、出会いやすかったのですよ。賢政にしても、将軍の正室から命じられれば無下にも断れず、ことに及んでも不思議ではあるまいて」

 「それで家康にどのように報告したのか、詳細を聞かせよ」

 「ありのままをご報告致しましたよ」

 「ありのままか…どうせ、そなたの思うままにじゃろ」

 「人聞きの悪いことを。まぁ、補足は致しましたがな」

 「それで、どう報告した」

 「掻い摘んで申し上げると、ひとつ、国松は秀忠が居ぬ間に授かった子であること。ひとつ、その男種は、浅井家の浅井賢政と言う者。賢政は、意味深な後ろ盾の話を風潮していること。ひとつ、お江が国松に告げた話し。ひとつ、竹千代君は、愛情に飢え、自刃されかけたこと。ひとつ、秀吉を浅井家の父母を死に追いやったことと

自らの恨みからお江が、仲間を集いて秀吉を薬殺したであろうこと。と言うところでしょうか」

 「それで、家康はどう致した」

 「それは、それは、お怒りになされて、浅井賢政を問いただし、お江の悪行を暴露させ、斬首に到す、とね」

 「だろうな」

 「それは、私が止めたのですよ」

 「何故じゃ、背徳者じゃぞ。その者の口から秘密が暴かれば、大事になるではないか」

 「そうですな」

 「何を呑気に構えておる」

 「心配は要りませぬよ。賢政は、小心者で御座いましてな浮かれた心をチクリとさせば、く・く・く・く」

 「どうした、思い出し笑いなどしよって」

 「それがですね、く・く・く・く」

 「そこで、秀忠殿が、何故かお江の周りの男を探している、とその者の前で、噂話として、聞かせてやりました。そうすると、賢政の奴、表沙汰になれば処罰は、避けがたい、そう思って、怯えまくっている様子。人と会うことも、出歩くこともままならず、屋敷に籠ったままでしてな。それまでは、逢引のひとつかと、気安く思っておったものを…、噂を聞いて、大罪を犯したと自覚したのか、精気を失い、半狂乱でしてな。そのような者が、自慢気に夜の武勇伝を言いふらすはずが御座いませんよ」

 「それはそうじゃが、念には念を入れなければ、蟻のひと穴になりかねはしないか」

 「それは、国松が三代将軍になればの話で御座いましょう」

 「それはそうじゃが」

 「ならば、その芽を摘み取れば宜しかろう」

 「国松を葬るのか…」

 「葬りますよ、命は取りませぬがね」

 「恐ろしい男よな、そなた」

 「これも徳川家を守るためですよ」

 「どうやって、葬るのじゃ」

 「それは、お任せくだされ。お江を鎮めてみせましょうぞ」

 「…」

 「手緩いとお考えか」

 「儂なら出る杭は、打って出るがな」

 「そのようなことをすれば、内紛を表沙汰にするようなもので御座いますよ。お江は半狂乱になって、竹千代君を薬殺しかねませぬわ。仮にも将軍候補のひとりですぞ、大義名分がなくして諸大名にどう申し開き致すので御座いますか」

 「それで、家康は首を縦に振ったのか」

 「あのお方が、首を縦に振る訳がありませぬよ」

 「それで、如何致した」

 「後継者選びに汚点を残し、恥ずべきことを顕に致すは、徳川家の威厳を貶す事。ようは、竹千代君を守り、国松を衰退させれば良いだけでは御座いませぬか」

 「儂にはいまひとつ合点がいかぬ、わかりやすく頼むぞ」

 「お江の好きなようにはさせない、と言うことですよ。そこで、家康様にお福を竹千代君の育て親として、傍に置くことをお勧め致しました。只の乳母からぐ~んと格上げし、家康公直々の肝入りとなれば、お江は、手も足も出せませぬゆえにな。幸い、お福は気丈な女であると調べがついている。ましてや、竹千代君の実の母ですよ。我が身を呈しても、竹千代君を守りましょうぞ」

 「それだけでは、お江は二代将軍の正室の力で、お福を亡き者にするのではないか」

 「その恐れはあります。だからこそ、お福の傍に密偵を付け、守る所存ですよ」

 「何やら、火種が尽きぬな」

 「そのようですな。ゆえに家康様には、ひと芝居打って頂くようお頼み申し上げました」

 「その芝居とやらは何じゃ」

 「容易い芝居ですよ」

 「それは、どのようなものなのじゃ」

 「江戸城の様子伺いと称して、竹千代君と国松に会いに行ってくだされと」

 「それが芝居になるのか」

 「条件さへ付ければ、禍を未然に防ぐ、出来事になりまするよ」

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