第34・35・36話 化かし化かされ馬鹿を見るのはだ~れ?


 時は過ぎ、大坂夏の陣の三ヶ月後、幕府は、元号を平和の始まりを意味する「元和(げんな)」に改めた。多大な犠牲者を出しながらも、幕府は戦乱が終わり、穏やかな時代が到来したことを高らかに宣言した。

 福岡の大名だった黒田長政は家臣を通じて、絵師を集めて敢えて、大坂夏の陣の惨劇の模様を画かせた。戦の醜さ、卑劣さ、残忍さを長政は、無視できなかったから。

 長政は、自戒の念や贖罪の念を強く抱いていた。二度とこのような惨劇は、繰り返してならない…その願いを込めて、処罰を覚悟して、後世に残そうとしたのだった。

 徳川に逆らうは、地獄に値する覚悟を申し渡す。日の国全体を巻き込んだ、憎しみと執念の戦。天下分け目の関ヶ原の合戦は豊臣政権での権力・地位の上位争い。本当の意味での豊臣家と徳川家の勢力争いとなったのは大坂の陣。武将として賊軍の指揮者となれば、その存在さへも認められない戦の結末。勝ち組に居ながら手柄を得られなかった鬱憤、はけ口は、民衆に向けられた。

 多くの大名は、自らの領地でのこと。雑兵が中心とは言え、市街戦の惨劇を目の当たりにして、その惨さ、虚しさに、気力すら失っていた。幕府もまたその惨劇があればこそ、元号を元和とし、戦のない世の中を是が非にでも構築することに務めた。


 大坂冬の陣、夏の陣で、豊臣家を滅ぼした家康。これにより、名実ともに天下人となる。豊臣家と徳川家の最後の戦いが市街戦をも生み出したことは、家康にとって好都合だった。それまでの戦は、例外を除けば、武士同士が、町人や農民を巻き添えにすることなく、行われてきた。犠牲者も戦の割には、膨大な数には至っていなかった。しかし、大坂と言う市街地をも巻き込んだ戦は、犠牲者を一万以上も数えるものになった。その大半が、直接には無関係な町人たち。武勇伝を競い合う戦とは、異なった後味の悪さが際立った。

 武将たちは、領地の基盤とも言える町人や農民の大切さを知った。名声の届かぬ場所で、名の知れぬ者が不条理に苦しめられる惨さ、悲しさ、無念さ、虚無感を思い知らされた。大坂の町の崩壊は、明日は我が身よ、との思いが戦を知る者に去来した。

 戦は、一時の優越感と復讐と裏切りしか生まない。農地は荒れ果て、町は崩壊。

武将の多くは、大坂の陣を通して、自らの領地の繁栄にこそ、皆の至福であることを思い知らされた。出口の見えない天下取りよりも、幾多の束縛はあるにせよ、戦を避け、自らの安堵感を得ることに幸せを見出すことになったのです。

 

 「お久しぶで御座いますな家康様」

 「ああ、疲れ申したわ…どうじゃ、江戸の町づくりは、進んでおるか、天海」

 「苦難あれど、それも来る平穏な日々のためと尽力しておりまする」

 「そうか…これからは戦を起こさせない世にせねばな」

 「御意。そのために江戸に残った者は尽力を惜しまず、ですぞ」


 家康と天海は、久々の酒宴を楽しんでいた。


 「さて、家康様。これからが勝負ですぞ」

 「なんと…」

 「戦を起こさせないために、どうすれば宜しいかな」

 「疲れておる、問答は良い。考えがあれば申せ」

 「つまらぬお方ですな…まぁ、先を急ぎますか、お互い長く生きておりますから、いつ、お迎えがくるやもしれませんからな」

 「歳はとっても口は、一行に減らぬな、お主は」

 「ありがたき幸せ、く・く・く・く」

 「それで、戦を避けるための術とは何かな」

 「せっかちで御座いますなぁ、まぁ、宜しかろうて…、それは、歯向かいそうな名立たる武将の資金を絶つのですよ」

 「資金を絶つ…資金源ではなくか…」

 「資金源を絶っては幕府にも不利と言うものですよ。稼がせて、貢がせればよいのですよ、無茶ぶりはお得意かと」

 「ほんに口が減らぬのう。しかし、一理、あるな。疑い誇張して、払拭に忠誠心の証として、金を吐き出させるか」

 「それも幕府のため、江戸の町づくり、築城のためなら、断れますまいて。殺さず生かさずの匙加減は大事ですぞ」

 「欲を掻いて、毒でも盛られては、旨いものも食えぬからな」

 「食い意地がお有りなら、まだまだ長生きなされましょうぞ」

 「いやいや、もういつお迎えが来ても可笑しくない…ゆえに心配の種が尽きぬのじゃよ」

 「後継者の件で御座いますか」

 「そうじゃ」

 「秀忠様に不安を抱かれ、また、おのこにも恵まれない」

 「そうなのじゃ、息子と言えども、どうも、心元なくてなぁ」

 「それなら、もう手を打たれたではありませぬか」

 「そうなのだが…」

 「将軍の座を秀忠様に譲られる時、ご提案させて戴いた通りに」

 「そうだな、そなたから、お江が、おなごしか生めないのではと聞かされた時は、流石に儂も焦ったは」

 「そうでしたな。同じ賭け事をなさるなら、ご自身の種を今一度、残されれば宜しかろうて、と差し出がましくも、お伝え申しましたな」

 「そなたの提案通り、敢えて秀忠を将軍の引き継ぎとの名目で、九ヶ月の間、お江から離し、その間に、儂の種を引き継いだおのこを側室にでも授からさせる。その子を秀忠の長男として、育てると言うものであったな」

 「そうですよ、頑張りなされて、大願成就でありましたな、く・く・く・く・く」

 「それがのう、どうも不安なのじゃ」

 「何がですか」

 「秀忠は、実質、三男じゃ」

 「そうで御座いますな」

 「長男、信康が儂の正室で母となる築山と共に、信長の敵の武田側と通じていると、信康の正室であり、信長の娘の徳姫の密告で、立ち行かぬ立場に追い込まれた。

徳姫が信康の正室となり、儂の動きを監視していたのは周知の事実。まんまとその策にやられ申したわ…」

 「心中、お察し申し上げまする」

 「今となれば、他に策はなかったかと思うが、あの時は…」

 「酷なようですが、過ぎたことで御座います。あの決断があっての今では御座いませぬか」

 「…信康とは、反りが合わなかったのも事実じゃ。儂の見る先と、信康の目指す先は、違ったのよ」

 「そう言えば、ご次男の秀康様のことを、私は存じておりませぬな」

 「恥を掻かせる気か…まぁ、良い、話して聞かせよう」

 「是非とも」

 「秀康は築山の奥女中に儂が手を出し、産ませた子でな。それも忌み嫌われる双子でな」

 「ほんにお盛んで御座いますな」

 「茶化すではない。それが築山の怒りを買ってと言うか、信長にこれ以上睨まれてはまずいと、築山を怒らせないように儂が気を配り、秀康を重臣の本田重次に預けさせたのじゃよ」

 「もうひとりはもしかして、神社に預けられた永見貞愛ですか」

 「よう分かったな」

 「どこか似ている気がしていたのですよ」

 「そうか…。秀康を冷遇してきたのは事実だが、優秀でな。関ヶ原の戦いの際も従軍はしなかったが、関東に留まり、上杉家や奥州の大名たちを牽制する大役を見事に成し遂げよったわ。かなり話し好きで、打ち解けるのにも時を使わず、周囲の者にも信頼あった。ならばと、67万石を与えた。周りの者は、次期将軍と噂を立てる気の早い連中も現れる始末。しかし、ことは上手く運ばぬものよな。35歳で淋しい病(梅毒)によってこの世を去りよったわ。長男、信康を切腹により失い、次男、秀康も病で失った…」

 「なるほど、三男、秀忠様が二代目将軍となったのは、ある意味、必然だった訳ですね、将軍を譲るように申し上げましたがそのような裏話があったとは、迂闊にも…參りましたな」

 「それは徳川のお家事情じゃ、気にすることはない」

 「忝く存じまする。その話をお聞きして、家康様の心中をお察し申した気が致しまする」

 「ほう、どのように受け取ったのかな」

 「ご無礼を承知で申し上げまする。戦場では思うように行かぬことは日常茶飯。とは言え、三万八千という大軍を任せたものの、あろうことか大事な戦に遅刻して、東軍を危機の淵に追いやった。功を焦ったか、備えが甘いのか、目の前の事実に流されやすいというのか、思慮が浅いと言うのか、大事な時に天候に祟られ、勝負運にも見放されていると言うのか、子作りさせれば、おなごばかりで、後継者にも恵まれない、これでは、この後が危ぶまれても仕方ありますまいて」

 「そこまで言うか。遅刻の事は許せぬ失態なれど、遅れた原因となった相手はあの真田軍じゃからな、仕方あるまい」

 「人が貶せば、褒めたがる。天邪鬼ですなぁ、く・く・く」

 「わざとか、食えぬ奴じゃ」

 「そうですなぁ、関ヶ原の合戦での遅刻に関しても、罰を与えることもなく、御目通不可などという…、まぁ、それも遅刻せず集まってくれた他の大名たちへの配慮だったの御座いましょう」

 「人の心を探って、楽しいか」

 「楽しゅう御座いますとも、く・く・く」

 「おうそうでした、そうでした、竹千代君は健やかで御座いますか」

 「そなた江戸におって、会っておらぬのか」

 「江戸の町づくり、お定めつくりで…」

 「そなたでも根を上げるのか」


 天海は、浮かぬ顔をして、天守閣からの夕陽を眺めていた。


 「何か言いたげじゃのう、申せ、気遣いなどはいらぬは」

 「それでは…お言葉に甘え申しまするか」

 「なんじゃ、許す、言うてみぃ」


 家康は、久々の気の置ける天海との会話に盃が進んでいた。


 「秀忠殿には早い時期に将軍の座を竹千代君に譲られるべきかと…、いや…、確信はないのですが…」

 「珍しいのう、いつもは、自信の塊のようなそなたが」

 「私とて、全てを見透かせる訳ではありませぬ。解らぬものは、調べて、調べて、調べ尽くす。そこから闇に隠れた真実を導き出す。それが叶わぬものが秀忠殿の傍におりましてな…それが悩みの種で御座います」

 「秀忠の傍にそのような者はおったかのう」

 「お江で御座いますよ。あの女狐は、秀吉暗殺の首謀者ではないのか…その疑いが拭えませぬでな」

 「何か証はあるのか…」

 「ありませぬ、ただ、私の信頼する手の者からの調べでは限りな黒で御座いましょうな」

 「それが、事実であれば、調べ上げた者に褒美を与えねばならぬな」


 家康は、天海の心配を面白がっていた。


 「その余裕はいつまで持ちますかな」

 「どういうことじゃ」


 自分の身に降りかかりそうな含み言葉に家康は、天海を睨みつけた。


 「ほう、少しは真面目に耳を傾けられますか」

 「それで、どう、儂が危うきことになると言うのじゃ」

 「あの女狐は、秀吉の道具として、翻弄された。そのことには情を汲むことろもありまするが、それを怨念で塗り固め、己の身の程を忘れ、天下取りの夢…いや我が物にしようと、目論んで鬼と化すかと…」

 「…」

 「家康様にとっては、秀吉との繋がりを深めるための秀忠殿との婚姻承諾。それも今となれば、無用の長物かと。秀忠殿に将軍の座を譲ることになり、ますます、女狐の野望が燃え盛っておるかと。その証のひとつに、側室はおろか他のおなごを秀忠に近づけないだけでなく、その気の強さを発揮して、優しき秀忠殿を手中に収めておりまする。幸い、おのこを授からず、後継者作りは上手くいかずじまい。この世に神・仏というものがあるならば、その御思召かと」

 「たかがおなごに何が出来ると言うのじゃ」

 「家康様がご健存の時は宜しかろう。しかし、その威光が叶わなくなった時、その女狐は、天下人の秀忠様を後ろ盾に好き勝手を行うことは明白。政治に口出しするは容易なこと。そうなれば、反乱の種を育てるようなもので御座います。ほれ、虎の威を借る狐ですよ、お江は」

 「ゆえに、秀忠を京都に出向かせ、その間に子作りに専念せよと、この老体に申し出たのか」

 「御意、まぁ、好き物でなければ成せぬ申し出でしたが」

 「ほんに小憎らしい言い方しかできぬの、そなたは」

 「く・く・く・く」

 「そなたの心配は、取り越し苦労ではないかな」

 「何をおっしゃいますか。我らが見届けられるは、三代将軍までかと…、それ以上は無理ですよ」

 「そうよな…三代将軍か…、それも危うい気がするな」

 「そうですな、流石に長生き致しましたからな」

 「死ねぬのー、このままじゃ…」

 「そうですとも。天命を全うした後も、安泰を揺るぎないものにするために…二度と政権争いで、多大な命を脅かさず、血も流させず、民衆の暮らしを乱さずためにも

我らが出来ることを、これまでかと惜しまず、行うことが使命かと存じ上げまする」

 「そうじゃな、儂が死しても逆らえぬ効力を持つ、お定めを書き、広く伝え残すことが、混乱を避ける策じゃな」

 「御意」

 「天海、もう少し苦労を共にしてくれるか」

 「何を弱気な、まだまだ、健やかにおられませよ」

 「そうじゃな…」


 家康のいつにもない気弱さが天海には、気がかりに思えた。


 「こんな噂を御存じかな」

 「なんじゃ」

 「秀忠様が、京都に出向かれた九ヶ月の間に、お江は身篭った。そして、念願のおのこを授かった。秀忠様のおのこではない」

 「そうであったな。確かに、お福に産ませておいて良かった」

 「そうですな。でも、安心などできませぬよ」

 「まだ、火種があると申すか」

 「お江にとっては、竹千代君は目の上のこぶですぞ。そのようなこぶを放っておくとお思いですかな」

 「恐ろしいことを、さらりと言いのけよるは」

 「念には念を押さねばなりませぬ。竹千代殿を守ることが、徳川の血を守ること。

 すなわち、徳川の血を守るは、天下の安泰を守ること。今は、これなきことで、安泰など望めますまいて」

 「そうじゃな」

 「頑として、徳川の威信を守りぬくことが今は大事。どこの血か分からぬお江の子では、またもや戦乱の世ぞ」

 「脅しよって。しかし、そなたの言う通り、念を押すか」

 「その通りで御座います。お江の生い立ちから見て、必ずや、竹千代君を亡きものにせんと動きましょうぞ。そう、させぬためにも、竹千代君を気丈なおなごのもとに

置くことで御座いまする。男では駄目ですぞ。お江のことです、その男に上手く近づき、ねんごろにでもなり、子を授かり、新たな野望に結びつけかねませぬからな」

 「そこまでの心配はいるのかのう」

 「はっきり、断言致しますぞ、入用で御座います、是が非でもね」

 「わかった、わかった」

 「戯言ではありませぬぞ。もし、私がお江なら、戦国の世が終を迎えようとした時、名立たる大名から離れた者、より勢力を得たい大名が取る手段は、主に擦り寄ること。擦り寄ることが難しい主なら、擦り寄り易し主を担ぎ上げ、甘い汁をたらふく、味わうは、人の欲に御座いまする」

 「もし、儂が手抜かりをしでかして、お江を軽んじれば如何なると言うのじゃ、往くすえを案じしてみよ」

 「私は易者ではありませぬぞ…・。まぁ、宜しかろう、余興のひとつとして、酒の肴と致しましょうか」

 「おう、聞かせてもらおう、苦しゅうない、苦しゅうない」

 「また、ご冗談を。私は真に往くすえを案じておりまする」

 「分かった、分かった、済まぬ、この通りじゃ」


 家康は、手を頭の上で合わせて、拝んで見せた。酒に飲まれての戯れであった。


 「大丈夫ですか、可成、酒が回っておられるようですが」

 「馬鹿を言え、あの豊臣を飲み込んだこの儂が、この位の酒に飲まれてどうする、気は保っておるは」

 「…それなら、宜しゅうございますが…」


 天海は、「この男」と思いながも、不安気になりながらも、もしも、鬼が目覚めて動き出すのであれば、いや、その動きが見届けられたら、側近中の側近として、権力を遺憾無く使おうと考えていた。


 「では、申しますぞ」

 「おう、はよう言え、はよう」

 「…宜しかろう、では申しますぞ」


 そう言うと天海は、正気と眠りの狭間にいる家康に向かって、催眠術に類する呪文を念じて見せた。

 天海は、明智光秀としての生涯を、謎多き堺の商人こと闇の元締めの越後忠兵衛の助けを得て、比叡山の根本中堂での修行を通して、生まれ変わっていた。もとより、学識に優れていたこともあり、陰陽道にも通じていた。お許しくだされよ、これもこの世の安泰のためで御座います。そう、心の中で念じて、天海は、家康の脳裏に刷り込むように話し始めた。それは、敵味方が分かり易いように敢えて、強い語句、口調でそれぞれの人物への価値観を浮き彫りにさせるために。


 「竹千代君の弟にあたる、秀忠・お江の三男・国千代。(国松、後の徳川忠長)。家康様が天命を全うされた暁には、やつらは、国千代に三代将軍の座を与えましょうぞ。やつらにしいてみれば、至極まっとうな選択で御座りまする。しかしながら、それでは、徳川の血が途絶えましょう。家康様においては、秀忠殿に一抹も二抹もご不満や不信感があったのですよ。関ヶ原の大遅刻。あれは、相手が相手だけに、仕方がない、と思われながらも、統率者としての資質に限りない絶望感を覚えられたことでしょう。いつ如何なる場に於いても、何が大事かを嗅ぎ分ける嗅覚、才覚にね。ましてや姉さん女房のお江に頭が上がらない腑抜け者。言葉に出さずも、本心には変わりありますまい。このままでは、お江の言いなりの操り将軍になるまいか。私が、子作りを、と申し出した際、お感じになったかは定かではありませぬが、見事、家康様はは本懐を成し遂げられた。それこそが、天下人の嗅覚で御座いますよ」

 「儂は、褒められておるのかのう」

 「作用で御座います、まさに見事なまでのね、く・く・く」

 「ま、よい、先を続けよ・・・」

 「では、奴らが狙うは何処か。それは名高る大名として認知されない、言い換えれば、名高る大名と呼ばれたい、肩を並べたいという願望を抱く、多くの大名たちですよ。家康派の大名たちは、秀忠にとっても、一緒に闘ってきた者たち。彼らからしては、名高る大名であれど、新参者の部類に相違はないでしょう。それが秀忠・お江にとっては面白くない。その隙間に擦り寄る野心を抱く諸大名が群れる。それが何を意味するかですよ」

 「また、戦か…」

 「そうで御座います。家康派と秀忠派のね。同族の内輪もめで御座いますな。しかし、ことが熟する頃には、天下を二分する勢力図になっておりますでしょう。仮説を言えば、竹千代派 対 国千代派でしょうか」

 「そのようなことが…起こり得るな…今のままでは。益々、不安になってきたわ」

 「だからこそ、相続、継承のお定めを確固たるものにしませぬと、後悔先に立たず、で御座いますぞ」

 「そうじゃな…ううん、そうじゃ、そうじゃ、そうじゃよ。よし、決めたぞ、将軍職は、長男に継がせるものとする。それで良いか」

 「詳細は後ほど、決めるにして、それで宜しいかと」

 「暴君を生み出さぬよう、揉め事を未然に防げるように三本の矢を意味する三つ葉葵の如く、徳川に準ずる権力を設けよう、そうじゃな、御三家とでも呼ぶとするか。

 万が一、徳川の血が絶える、またはその恐れがありきの際、その御三家より、選ぶ。御三家が仲違いせぬように、御三家を松竹梅に分け、敢えて、小競り合いを産まぬように配慮する権力図を描くと致そう」

 「それで、宜しゅう御座いますな。あとは、家康様の威光とそれを組んで政(まつりごと)を行うよう、後世に託しましょう」

 「儂らは、少し長生きをし過ぎ申したかな」

 「私にせよ、家康様にせよ、いずれかが、三代将軍を確固たる立場に祭り上げるまでは死ねませぬな」

 「ああ、いつまでも、心、静かに過ごせぬな」

 「ほんにそうで御座いますな」

 「秀吉の呪縛よりやっとのことで、解き放たれたと思いきやはたまた、心中穏やかにならずじゃのう」

 「仕方ありますまいて、それが宿命というもので御座いましょう。天下泰平など、戯言だったものをなされようと、尽力なされているわけですから…、辛抱、辛抱で御座いますよ」

 「そうじゃな」

 「その辛抱は、後世にも立派な行いをした者として、名を残されるに違いありませぬよ、羨ましい限りで御座います」

 「そうじゃな、そなたは名を残すとするなら、信長に対する謀反人としてか」


 冗談で言ったはずのその言葉は、天海の心を痛烈に抉った、そう、家康には感じ取れた。その場は、重苦しい空気に包まれていた。それを打開しようと、試行錯誤を試みるが、慰めの言葉が家康には見当たらなかった。天守閣から臨む満月は、もの悲しげな天海の背中とは対照的に、自信に満ちた輝きを放っていた。


 「はぁ~」


 重い沈黙に風穴を開けたのは、天海のため息だった。天海からすれば、ただのため息だったが、沈黙と気まずさに飲み込まれていた家康にはそう思えなかった。自らの軽口が、天海を大きく傷つけたのでは、これまでの良き関係が悪化するのではないか、そんな葛藤の中に飛び込んできた溜め息は、家康にとっては、藪から蛇の驚きだった。家康は、悪戯を見つけられた小僧のように咄嗟に平謝りの様相をさらけ出していた。沈黙に一石を投じた天海のため息は、自責の念にかられていた家康を狼狽させた。


 「ああああ、す、す済まぬ…」

 「あはははは。何をお気に止めておられまする。うん…ああ、謀反人と…く・く・く・く・く。そのようなことは、もう昔のことで御座います。お気に召されるな、と申し上げまする、く・く・く・く・く」


 一瞬、呆気に取られた家康は、狐に摘まれた様子だった。


 「な、な、何が可笑しい」

 「家康様も人並みに気に止められることがありまするか、と…それが滑稽に見えて、家康様も人よ、とな…」

 「控えなされ。言葉が過ぎるぞ」

 「そう、お怒りになさりますな、ほれ、この通り」


と、言うと天海は、深々と頭(こうべ)をたれて見せた。


 「ならば、なぜ、気落ちしたのじゃ、儂にはそう見えたぞ」

 「戦国の世も終焉を迎え、家康様とこうして、気兼ねなく、お世継ぎの話をしている…その時、ふと、我が身を振り返りさせられましてな…。虎は死して皮を留め、人は死して名を残す。家康様は、後世に名を残され、死した後もその存在を悠遠に語り継げられることでしょう。それに対して、我が身は如何に、と思うた時、余りにも

虚しすぎると申しますか…・。無論、自らが選んだ道で御座いますから、後悔など致さぬ所存ではあるのですが、こうして家康様と後世のことを案じて、話すに至って、

私が後世に残せるもの、生きた証は何があるのかと思うた時、些か寂しくなりましてな…」

 「ほう、いつもは気丈なそなたでも俗人のようなことを言うか、ちと、驚きじゃな」

 「私目を化物ような見方をなさるか」

 「おお、充分、化物じゃよ、儂もそなたもな」

 「確かに、長く生きておりますな」

 「そうじゃ、しかし、そなたを前に言うべきことではないがこの世に神や佛があるとすれば、我らの命は、天の示唆によって長引かされておるのではないかと、儂は思うておる」

 「そうで御座いますな。そうであれば、与えられた使命に誠実にお応え申さねばなりませぬな」

 「そうよな」


 二人は、感慨深く闇を煌々と照らす満月を眺めていた。


 「して、話がそれたが、そなたも名を残したいと言うか」

 「はい、残したく存じます。悲しきかな、信長を不意打ちして、世間を騒がせた謀反人、それが私の生きた証となるでしょう」

 「それは、出家前の明智光秀であって、今の天海大僧正ではなかろうて。如何に儂でも明智光秀の謀反として、世に広まったものを、改ざんはできぬぞ」

 「分かっておりまする…そこで、お頼み申し上げたい事が御座います。是非とも、お聞き留め頂きとう御座います」

 「聞けるか聞けぬかは分からぬが、言うてみるがよい」

 「かたじけなく存じます。それでは、我が希求をお聞き下され。我が希求は、不名誉に塗れた明智の名を残したく存じます」

 「明智の名をか…難儀な頼みじゃのう」

 「難儀を承知でお頼み申し上げておりまする」

 「そなたに何か、思い当たるものがあるのか」

 「御座いまする」

 「ほう、聞いてしんぜよう」

 「かたじけなく存じます。それは、日光の平野に明智の名を頂きたく御座います」

 「明智平か…、日光と言えば、福岡の黒田長政の領か」

 「御意、言わずと知れた関ヶ原の戦いの折、敵方、小早川秀秋を説き伏せ寝返らせた功労者です」

 「そうじゃったな。あれで見事、親父・官兵衛に一泡吹かせて見せ寄ったわ」

 「そうですとも、軍配師として見事で御座いました」

 「して、日光の領地が欲しいのか、城でも拵えるのか」

 「名だけで、宜しゅう御座います」

 「なんと、名だけと言うか」

 「御意。石塔などで後世に残せれば、それで本望で御座います」

 「日光か…あの土地は確か小田原城を攻め落とした秀吉によって、北条氏から所領を没収したものじゃったのう」

 「作用で御座います。その北条氏に力を貸したのが日光山衆。日光再興は我らの願いで御座います」

 「そうじゃったなそなたは、日光山貫主じゃったな」

 「相分かった長政には、儂がその旨、伝えよう。しかし、難儀な頼みじゃのう。言うては悪いが、謀反人の名と同じくする命名は、受け入れがたいものじゃぞ」

 「故に、家康様のお力をお借りしたく存じ上げまする」

 「まぁ、よいは、領地を獲られる訳ではないゆえにな。さらに長政であればそなたの思いもわかりやすかろう」

 「それは何故ですかな」

 「それを儂に聞くか…まぁ、よいは」

 「長政もそなたと似たような悩みを抱えておった。そなたも知っておろうが、長政の父は、秀吉の懐刀のあの黒田官兵衛じゃ。長政は、常に父と比べられ、自らの名を知らしめるのに苦労した人物じゃよ。我らに就いたのも父の名の呪縛からの解き放ちを願ったものかも知れまいな。父の名、謀反人の汚名、いずれにせよ他の者からの評価とは理不尽なものよ。それを背負い痛みを知る長政ならきっと分かってくれる、儂はそう確信しておる。寧ろ、その領が長政であったこともこれ、また宿命であったかも知れまいな」

 「かたじけなく存じ上げまする」

 「さぁ、さぁ、さぁ、一献いかぬか、僧侶ではなく、老いぼれ同士の茶会じゃ、罰も当たるまいて、さぁ、さぁ」


 天海は、家康の気持ちの温かさが身に染みていた。(後日、家康は極秘に黒田長政に文を届けさせた。そこには、天海大僧正が如何に徳川に貢献したか、そして、その天海が実は明智光秀である秘密の暴露も記述されていた。長政は、その文から家康の自らへの信頼を感じ取っていた。今回の依頼に快く応えた長政は、家康信仰をより強くした。当然、その文は、一読されただけで、焼失されるものだった)


 「長政に説く策がおありなのか、まさか…」

 「そのまさかよ」

 「それは、新たな火種を生むのでは御座いませんか」

 「儂を信頼するがいい。秘密の共有じゃ。これほどの策は他にはあるまいて。感謝されても、裏切られることはなかろうて」

 「人の秘密を暴露して、宜ししゅう御座いますか。でしたら、家康様の秘密も暴露されてはいかがかな」

 「儂の秘密か…」

 「そうですとも、私の目の前にいる家康様は…」

 「それを言うか」

 「はい、私の前にいる家康様は、実は影武者であり、本当の家康公は、慶長19年(1614)大坂冬の陣の折、樋之尻口地蔵で地雷によって怪我をなされ逃げる途中、豊臣方の後藤又兵衛の槍に刺され、南宗寺の前で落命なされた。それを我らがひた隠しにし、大坂の南宗寺に亡骸をお祀りさせて頂きました。その後が大義な運びで、苦労致しました。直様、服部半蔵を呼び寄せ、双子とされる恵最、すなわち貴方様を尾張の広忠寺から、早駕籠で大坂へと向かわせた。恵最は、僧侶として育てられておったので、私とも通ずる所が有りましたゆえ、ご同意願えた」

 「そうよな、そなたがあの噂の明智光秀とは驚きじゃった」

 「家康死す、など知られれば、天下の一大事。怪しまれるも煙に巻くため、私がお側で助太刀致すことに。それがどうでしょう。天下人の身代わりは、いつしか、身代わりでなくなり、威厳さへも身につけられて。ほんに、血筋とは面白き素質を備えておりまするな。感心感心。く・く・く・く」

 「そなた、急に儂を敬うことを忘れるのじゃな」

 「これは、ご無礼なことを。酒が回り申したかな」

 「まぁ、よいは」

 「それからが難儀なこと、この上なし、でしたなぁ」

 「将軍としての作法、身のこなし、人脈と、苦労は数え切れませぬ」

 「大儀じゃった」

 「まぁ、頑張りなされて、今、こうして、美酒を交わしておりまする」

 「儂も思うてもしなかった天下人となって、欲がでよったわ」

 「その欲は、程々に到されよ、さもなければ…」

 「怖い、怖い、分かっておるわ」

 「ならば、宜しかろうて」

 「そうじゃ、思い出したが、そなたが謀反人とされた信長の噂を知っておるか」

 「話を逸らされるとは、後ろめたいことがあり申すか」

 「そうではない、思い出したのじゃ」

 「何をで御座いますか」

 「本能寺で自刃したにも関わらず、信長の亡骸はなかった。火事になった時、藩士・浅田市三郎の祖母がそこに居たのじゃよ。その祖母の話によると、信長が奥の間で血を流しているのを見つけ、駆け寄ろうとしたが、部屋から押し出された。仕方なく、台所へ行くと、信長が、黒い大きな男に背負われて裏から出ていったとのこと。

浅田家は、織田家の同族で、身内。信長を見間違うわけがない」

 「ほぉー、確かに本能寺は寺と言われながら、地下に火薬庫もある、一種の要塞でしたからな。脱出経路があっても不思議ではありますまいて」

 「背負われた信長は、本能寺を抜け出した。安土城は、既に明智軍に占領されている可能性が高い。陸路は危うきことよな。傷をおして本能寺から島津領の種子島へ。

同族の島津義久に匿われたのではとな」

 「ああ、そうでしたな。家康様である恵最殿は知りませぬでしたな」

 「何をじゃ」

 「信長には、イエズス会から譲り受けた異人の黒い家臣がおりましてな、名を弥助と申します。あの時、ある者の手引きにより地下経路から弥助に助けられながらも、境内の外へ逃げおうせた。その後、荷車と早籠で、大坂の堺港へ。そこから、イエズス会の用意した船で異国に脱出した。かねてより、信長は異国に興味を持っておりましたからな。弥助も同行して、共に異国に旅立ったと聞き及んでおります」

 「なぜ、そなたがそのようなことを知っておるのじゃ」

 「私も、同じようなもので御座います。イエズス会はキリスト教の布教を隠れ蓑にアヘンを用いいてこの国を植民地にしようとしていたのです。信長は、キリスト教禁止令を出す寸前だったのです。明智が信長を奇襲しなくても、あの時、イエズス会が用意した砲弾が邪魔な信長を亡き者にしよと本能寺を狙っていたのですよ」

 「なんと」

 「私もそれを知らされ、ことを急いだのです。お陰で、根回しやその後の準備不足は否めず、思惑通りにも進まず、秀吉に付け入る隙を与える結果に…」

 「そうじゃったのか」

 「そもそも、あの茶会は、家康の暗殺が目的で開かれたもの。それを、私も世話になった者の支持によって、堺に遊覧として称して、信長からの偽りの伝言を伝え、家康様は救われたのですよ」

 「そのようなことがあったのか」

 「策は不発に終わり信長は、さぞや落胆していたことでしょう」

 「そこをそなたが襲ったのじゃな」

 「そうなりますな」

 「それでその世話になった人物とは」

 「その者とは…・。信長を討った後、根回しを仕損じた私は、山崎の戦いで秀吉に敗れ逃走中に土民に襲撃され、落命…したことになっています。実は、その前に私は、得体の知れぬ者たちに不覚にも、当て身をくらい、気を失い、拉致されたのです。気づいた時は、その者が、私の身代わりやその他の処理を全て終えた後でしてな、その時に発したその者の言葉は今でも鮮明に覚えておりまするわ」

 「何と言ったのじゃ」

 「そやつ、私にこう言いましてな…お前は、こうして生きているが、もうこの世に存在しない、と。しかし、紆余曲折があり、その者と行動を共にするのも面白いかと

思い始め、まぁ、自暴自棄もあったのでしょう。それでその者の世話で、比叡山の高僧のもとで好き勝手に修行や学問、陰陽道、風水などを学びました。幾年か経ち、会わされたのがなんと傷ついた徳川家康でしてな…その時は、驚きましたよ。さらに驚いたのは、その者と服部半蔵が通じていてることや、やつらから聞くとは思わなっかった、天下泰平の世を聞かされて、今に至っておりまする」

 「半蔵がか」

 「半蔵は、貧しい忍びの里の援助を受けていた恩義がその者たちにあったのです」

 「弱みを付き、身内に取り込む、抜かりのない者たちじゃのう」

 「それも無理矢理ではなく、納得させてのことでしてな。策士としても、かなりの強者ですよ、やつらは」

 「先程、表の顔と申したな。さすれば裏の顔は…」

 「閻魔会という闇の組織ですよ。やつらは、金にものを言わせて、自分たちに邪魔な者を闇に葬り、さらに儲けておったそうですよ。詳しくは、知らされておりませんが」

 「その者たちの目的は、何であったか」

 「商売を手広くするに当たって、戦国の世は不都合と感じていた者たちですよ」

 「鉄砲商人であれば、戦国の世のほうが儲けられるじゃろう」

 「私もそう思い、問うてみました」

 「それで」

 「やつらが言うには、天下人が変わる度に御条法が変わり、難儀していたそうな。

それで天下泰平を願い、普遍的な御条法を願っていた。その為には、自分たちに都合の良い御条法を発する天下人に取り入ることが不可欠と考えたみたいでね。ですが、信長亡き後の秀吉は、奴らの自由になる人物ではなかった。しかしも相手としては、大きすぎる。さりとて、暗殺してしまえば、また混乱の世が続く。そこで目をつけたのが、徳川家康だったのです。いいなりにはならなくても、恩を売れば、商売がやりやすく、多くの利権も手に出来ると考えたのですよ。そこで、常に家康の傍にいて、動向を探り、時には助言も出来る人物を家康に仕向ける必要があった。その白羽の矢が立ったのが私と言うことですよ。そのために家康の命を救い、半蔵を通して、信頼を勝ち取り、死んだはずの私を家康に会わせ、天海として傍に置くようにさせたのですよ。私は修行しつつ、文や密会で当初は家康を支えた。関ヶ原の戦いの前辺りでしたかな表舞台にでるようになったのは」

 「それで、そなたは突然のように表舞台に姿を現した訳か」

 「闇の頭領こと越後忠兵衛とは違った意味で、家康様とは、考えが一致しましてな。そこで、利用されているように思わせ、お互いの思惑を達する為にやつらを使おう、とね。思惑は、天下統一。権力を握るのも目的でしたが、それ以上に、諸外国からこの国を守り抜くことでした。イエズス会を筆頭に、侵略の魔の手は伸びておりましたからな。天下統一しておかなければ、私利私欲の裏切り者が現れる。それは、この国を喰いものにしようとする者たちの思う壺」

 「思いもよらぬやり取りが、そこにはあったのじゃな」

 「そうですよ、家康様と築いたこの天下。何があっても、混乱を再び招くわけには参りませぬわ」

 「そうか、儂は美味しい所で登場した訳じゃな」

 「そうですよ。ゆえに失態など許されませぬゆえ、心得なされよ」

 「わかっておるわ」

 「恵最よ、明日からはまた、そなたは家康様です」

 「今もそうじゃが」

 「…そこで、天下統一、徳川幕府を確固たるものにするため、多岐に渡って、この国を支える仕組みを作りまする。それをそなたは、実行に移せば良いだけですよ」

 「儂は、そなたらの働きを棚からぼた餅でいれば良いのじゃな」

 「御意」

 「それはそうと、竹千代は天下人としては如何なものか…世継ぎは、秀忠の子、国松で良いのではないか」

 「言ったであろう、あのお江は鬼だと。秀吉の恨み、天下への欲望が如実に気として発しておるわ。あれでは、天下は再び、戦国の世となるは必然。お江は、おなごの種を主としおりますが、おのこを産みよった。それは徳川の血ではない、と私は思っておる」

 「それは、本当か…本当であれば…」

 「暴露されれば、徳川に従う大義が失われ兼ねない一大事。だからこそ、我らが秘密裏に事を丸く収めねばなりませぬ。決して、お家騒動と捕らわれないように、気配りを施してな」

 「家康が狸ならば、お江は女狐ってことか」

 「そなたも、化かされぬように、気配りは怠らないことですよ」

 「化かすも、化かされる者も、表と裏の顔があると言うことじゃな。相分かった、儂は、家康に成りきり、徳川の血を継承することに重きを置くことで、化かされるまいて」

 「頼みましたぞ、馬鹿の考え、休むに似たり、ですからな」

 「言いたいように言い寄って」

 「まぁ、怒るな…改めて、そなたに確かめたいことがある。確か、お福と申したな。その素性をどれ程に知っておる」

 「お福のことか…。儂も家康と入れ替わる際に、情を通じ、子を授かったおなごの

ことを調べさせたのじゃよ。その中に、お福がおった。と言うより、知っておかなければならないおなごの一人として、事前に調べさせたのじゃよ。情を交わせば、違いが分かる、分かれば、儂が偽物である噂がたつやも知れぬゆえにな」

 「本来なら、私の方で調べを尽くすが良かったが、そなたと家康様の入れ替わりが、ばれぬよう画策するのに骨を折らなければならなかったゆえに、詳細までは…」


 天海は、恵最の情報の精度を確かめるため、敢えて、全てを知らない振りを取ることにした。

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