第11話 5/15 出世する者は、見通しに優れた者で御座います。

 「一寸先は闇の夜」と申します。道の選び方次第でね。間違わねぇ方法を教えやしょう。「備えあれば患いなし」で御座います。「一攫千金」はお遊び程度で。地道に上を目指せば、いずれは大樹に。欲と勇み足は躓きのもとでっせ。まぁ、地獄で閻魔様の怒り顔を見たければお好きなように。ほれ、そこのあなた、過信は禁物でっせ。言わんこっちゃない、「後悔先に立たず」ですわ、ご愁傷様。南無阿弥陀仏。


 「家康は、良き家臣を持っておるな。どうかな、私が天下を取った暁には、あの者を召し抱えるとするか、あはははははは」


 秀吉は上機嫌で、半蔵の残像に思いを馳せていたので御座います。



 間宮歳三は、延暦寺の門前町、坂本寺に着いた。

 明智光秀、溝尾茂朝、木崎新左衛門の三つの生首を持って。


 坂本の詰所で首実検。傷みが酷くて、判別つかず。困ったものだと苦渋の表情。


 「間宮殿にお聞きしたい。何故、首が三つあり申すのか」


 「主君は山崎の戦いで深傷を負い、自らの命を絶たれた。その際、主君の命により介錯をなされたのが溝尾殿と木崎殿でした。おふたりは忠義を貫き通され、切腹なされた。哀れに思った私どもは、せめて主君と同じく葬ろうとこのようなことに」


 「首級の傷みが激しく思われるが、如何に」


 「一旦は土に埋め生死を隠蔽しようと思いましたが、主君が夢枕に現れ、こうおっしゃった。この首級を織田家に差し出すが良い。明智光秀は死んだ。願わくば、明智に関わった者への穏便な配慮がなされるように、と。命乞いではありませぬ。光秀様は無益な殺生を嫌うお方で御座います。その意を汲み取り、恥を忍んでこの場に参った次第で御座います。とは言え、悩みは致しました。憔悴仕切っていた私どもは、不覚にも幾度となく、悪路に足を取られ、このような有様に…」


 「あい、相分かった。まぁ、よいは。光秀の首級があることには変わりない。山崎の戦で深傷を負われたとのこと。ならば、秀吉殿の手柄である。山岸殿、この旨、早馬にて秀吉殿に伝えられよ。今後の処置についてもな」


 山岸は直様、秀吉のもとを訪れ、事の次第を解き、処置の支持を受けた。

 秀吉にすれば終わったこと。自分の手柄、それでいい。五月蝿き者がピーチクパーチク。後になって目障りな。

 そうならぬようにと秀吉は、首実検を明智側の者にさせること。判明すれば持参した者に返し、葬らせること。明智の血を引く者は裁断定まるまで幽閉、その他の者は所払い程度でお咎めなしとすること。を伝えて幕引きに急いだ。

 呆気に取られて山岸は、真実よりも大義名分、成り立てば良い。のかと思った。


 「やはり、そうでしたか」

 「と、申されますと」

 「ほれ、使者が持参した手紙にもあったように、首謀者の首級が手元にある。その首級を明智側の者に確認させる。それで大義の面目は立ちましょう。秀吉殿の関心は、主君の仇を討った、その名誉だけが欲しい。それより他には関心はあるまい。関心どころは、最早、信長様の意を引き継ぐ手立てでありましょう。それが秀吉と言うお人ですよ」


 首級の判別はつかず、結局、甲冑が決め手となった。

 間宮蔵三は、光秀の首級を首塚として葬った。溝尾、木崎の首級も傍に。

と、言うのが伝えられる大筋となっておりまする。


 一方、連れ拐われた光秀は、謎の男に真相を聞かされた後も、暗闇の部屋の中で悪夢でも見ているかのような刻を過ごしていた。刻を探る手立ては定期的に運ばれてくる食膳だけ。捕虜、罪人に与えられるものとは違い、日頃お目にかかれないような膳が毎回出されていた。

 その都度、一本の蝋燭と酒、肴も用意されていた。蝋燭の炎は揺らぐことなく、真上に立ち上がっていた。引き戸のある風取り窓も鍵も外にあった。

 食膳は九回を迎えていた。光秀は目を瞑ることなく、瞑想に耽る環境にいた。


 ギィーッ。重い音と共に明かりと共に人影が差し込んできた。

 現れたのは、閻魔会の長、越後忠兵衛で御座います。


 「ご不自由をお掛けして悪う御座いますな。少しは今、置かれているご自分の立場と言うものを飲み込んで頂けましたかな」

 「ああ」

 「どうだす、今のお気持ちは」

 「信じがたいが…そんなことがあったのか…と思っておる。我らは、そなたらの掌の上で踊らせていた駒に過ぎなかったのか、そう思うようておる」

 「宜しおますなぁ。まぁ、大袈裟に言わせてもらえれば、そう言うことになりますかいな。予想外の事もありましたが、まぁ、結果、落ち着く処に落ち着いたってことでしゃろ」

 「はぁ」


 光秀は、一気に白髪になる程の落胆に押しつぶされ、溜息をついた。


 「さすが、光秀はんですな、飲み込みが早い。この度は、細川家、上杉家に根回しするのに、仲介者へ大枚を使い、出費が嵩みましたわ」


 忠兵衛は、急に強い口調で言った。


 「あんさんが、無謀な戦いに細川家を巻き込めば、どうなっていたことか。細川家は断絶。可愛い娘、珠さんも死罪になっていたかも知れませんぞ」

 「…」


 光秀は、事の重大さを改めて噛み締めていた。


 「失礼を承知で言わして貰いますけど、執着心の足りないあんさんには天下人は無理でっせ。ご自分でも信長を討った後、百日足らずで近国を安定させ、引退とか、お書きになったはりましたな」

 「そんなことまで、知っておるのか」

 「ものを言うのは、武力もさながら、情報でっせ」

 「傷口に塩を塗るか。で、私をどうするつもりだ、秀吉に引渡し、恩でも売るか」

 「それも、宜しおますなぁ。でも、残念ながら光秀の首ならもう織田軍勢のもとを通り、葬られる手はずになっておりますさかい、売れまへんなぁ」

 「何と。私はここにおるではないか」

 「だから、あんさんには天下取りなど出来ないのですよ。なぜ、斎藤利三はんがここにおられたのかお分かりにならないようでは」

 「うぐっ。しからば、どうする」

 光秀は、膝を強く握り締めていた。


 「秀吉はんには黒田官兵衛はんがいるように、あんさんには、家康はんの影の参謀となってもらいます」

 「家康の影の参謀…とな」

 「そこはほれ、この度のことをどう見るかですがな。現に、光秀はんも変わってきてはるはずでっせ。怒りは周りを見えなくする。それが静まると今というものが見えてくる。落ち着けば、ほかのことも考える余裕が出てきている、そうでしゃろ」


 光秀は、忠兵衛とのやり取りの中で、不思議な安堵感を覚え始めていた。


 「そらぁ、家康はんは、あんさんのことを恨んでおましゃろな。主君を討たれ、自分の命も危険に晒されたんですから、まっとうに行ったら、怒りを買って、はい、終わりでしょうな」

 「何か策があるという口ぶりだな、もったいぶらずに言え」

 「もう、手は打ってあります。でも、仕上げがまだでしてな」

 「何を言っておる、分かるように話せ」

 「そうしたいのは山々ですが暫し、お待ちくだされ。では、こちらへどうぞ」


 そう言われて、連れて行かれたのは、闇しかなかった部屋から明かり溢れる異人の館のような白を基調にした一室だった。窓の外は見たことのない花が印象的な鮮やかな庭が光秀の心を解き放とうとしていた。


 「刻が来るまでここで寛ぎ、今後のことをお考えくだされ。最早私にも謀反を起こされるとは思いませんが、念の為、監視させて頂きます。外に出る以外は館の中を自由にお使いくだされ、では、その刻が来ましたらまたお伺い致します」


 激変した環境で光秀は、考え込んでいた。奴は一体何を言っているのだ。家康の影の参謀…、私は何を待たされているのか…、彼らは何者か…を考え始めると、落ち着かない時間を過ごすしかなかった。


 光秀が、監禁されている同じ頃、閻魔会は任務遂行に活発に動いていた。

 計画通り影武者を織田陣営に差し出し、秀吉を筆頭に、明智光秀は葬らたという事実を作った。


 溝尾茂朝は、決心していた。理由はどうであれ、光秀を拉致し、裏切った後ろめたさと、闇のからくりを表に出さないためにも、自害することを。それは茂朝と通じていた新右衛門も同じだった。

 一部始終を見守った探偵は、狼煙を上げた。その狼煙は、火の見櫓替わりに木の上で監視していた者から、幾つもの中継を経て越後忠兵衛へと伝わった。


 「宜しおますなー、これはめでたいわ、くくくく」


 優雅な監禁先で寝ていた光秀は起こされ、部屋から連れ出された。使用人に案内されて入った部屋には、忠兵衛と左右に三人の計七人が、西洋製の食卓を囲っていた。楕円形の食卓の上には、カステラとワインが用意されていた。

 光秀は、越後忠兵衛の対面に座らされた。この時ばかりは、ふざけた忠兵衛の雰囲気が凛として見えた。


 「嫌な思いをさせて、申し訳ございませぬ、一同を代表して、これ、この通りで御座います」


 一同は、席を立ち、徐に頭を下げ、暫くして着席した。光秀は、影武者が無事に安土城に着いた、と思っていた。


 「ワインではありますが、新たな夜明けの兆しに、かんぱーい」

 「かんぱーい」


 光秀は、意味が分からず、呆然とその光景を見ていた。


 「会食しながら、お話しましょう、みなさんどうぞ、ご自由に。さぁ、光秀様もどうぞ、オランダから手に入れたパンと紅茶というもので御座います。毒などは入っておりませぬから、さぁ、どうぞ、どうぞ」


 光秀は、恐る恐るパンを手にして口に運んだ。柔らかい感触にもちっとした歯ごたえ、経験したことのない味に戸惑っていた。


 「光秀様に、ご報告が御座います」 

 「この期に及んでなんだ、安土城に送り届けるってことか。当然の結果だ。そなたらの組織力はよう分かった。私も悪夢と思い、忘れるは、そなたらも忘れられよ。それが、お互いのためだ」

 「残念で御座いますが忘れて頂くのは、光秀様の方で御座います」

 「何を…何を言っておる」 

 「まぁまぁ、報告があると、申しましたな。それは、明智光秀様が先頃未明に亡くられた、ということです」

 「馬鹿を言え、私はこうして生きて…、まさか…」

 「そのまさかで御座います。坂本に向かう道のりの小栗栖で、落ち武者狩りに会い、槍で一刺しされた。一応、自害ということになっておりますけどね」

 「一応とはなんだ」

 「一刺しされた傷は致命傷でしてな、溝尾様が介錯なされたというわけです」

 「茂朝が、それで茂朝はどうした」

 「溝尾茂朝様と木崎新右衛門様は、光秀様のお命大事とは言え、拉致したこと、影武者であっても光秀様を介錯した真実を闇に葬るために自害なされました。本当に良き家臣をお持ちになりましたな」

 「何と…。茂朝、新右衛門が…、済まぬ、済まぬ…」


 光秀は、溢れる涙を人目も憚らず流し、その場に崩れ落ちた。部屋は、光秀の嘔吐の如き苦悩のうねりに支配されていた。その叫びが収まり、すくっと立ち上がった光秀は、憑き物が落ちたように生気を失っていた。


 「光秀様、貴方が今後、生きていると主張なされば、溝尾様、木崎様、更に、訳も分からぬまま死んでいった影武者の命を無駄にされるばかりか、光秀死す、で収まりかけた世相をまた、混乱の戦いの渦へと誘う結果となりまする。細川家もただでは済みますまい。それでも、戦の渦へとお戻りになりまするか。また、多くの尊い命を土の肥やしになされますか」

 「最早、私は、生ける屍か」

 「左様で御座います」

 「残酷な事をさらりと言ってのけるものよな、そなたは」

 「もともと、天下人に成るつもりも、その度量もない貴方が、何ら根回しもなく、謀反など起こしたことへの、天罰とでもお考えなされよ。事を構えることは、覚悟が必要で御座います。その覚悟が甘すぎるのです。如何なる場も考え、打てる手立ての全てを検証し、用意周到にこれでもかと計画を見直す。一睡の水も漏らさずがあっての決起。行き当たりばったりでは、関わる者が迷惑致します」

 「…」

 「敢えて言いまする、あなたが、このような失態を二度とやらかさぬために。あなたには根回しに必要な人望が欠けておりまする。決意の脆弱さが招くものです。執着心という強い意思が足りていないのです。それが甘えに繋がり、求心力に劣る。あなたには、学問もある、才覚もある。しかし、実践向きではない。裏で糸引く存在で生きるお方で御座います、私にはそうとしか見えませぬ」


 越後忠兵衛は、光秀を諭すように方言を抑えて説いた。

 信長の疑心暗鬼が招いた混乱に翻弄される光秀の姿が、そこにあったのです。


 「で、そなたら、私に家康の参謀となれと」

 「それがあなた様の生きる道で御座います。そしてそれは、この国にとって大切な役割を果たすと信じて、我らは動いておりまする」

 「何故、そなたらがそれを行う」

 「まぁ、それは暇つぶしの道楽とでもお考えください」

 「道楽か…。大層な道楽だな。…そう言えば昨夜、可笑しな事を言っておったな。

物の見方を変えれば、事の見方が変わると言うようなことを」

 「覚えておられましたか。光秀死す、は最早、諸大名のみならず、民衆の話題にもなっております。勿論、それを拡散させたのも、我等が密偵たちに指示したもの。あなたが戻りたくても、戻る場所はもうないということです」

 「そなたらは、一体何者なのだ」

 「それは、聞かぬが花、と言うことにしておきましょう」

 「喰えぬ奴らだ。しかし、肝心の家康の了承を得ているのか」

 「ご心配なく。家康様は無事、三河国に戻りました。落ち着いた頃合を見て、この度、生還できたのは、光秀様のお手柄によるものとお伝えするつもりです」

 「私が、家康を助けた。たわけたことを、誰が信じる、そんなことを」

 「ほれほれ、それが駄目なのです。陰の将軍とまでは行かないまでも、陰の参謀になって頂こうとする御仁が、先々を読めなくてどうなさいます。言ったはずですよ、

真実何て言うものは、見方を変えれば、何とでも変えられると。それらしい情報を少し加えるだけで真実味を帯びる、白にでも黒にでも思うようにね」

 「何をどう変えるんだ」

 「それは、服部半蔵はんに絵図を書いて渡してあります。あとは、半蔵はん次第。仕上げをご覧あれってことで、上手くいけば、報告さしてもらいます」

 「そなたら、なぜ、こんな手の込んだ事をする。聞かせてくれぬか」

 「好奇心はお有りのようで、宜しい少しだけですよ。私たちは、あなたがお気づきのように商人です。その利権を利益を信長が奪おうとした。大人しくしていれば良いものを。そこに、イエズス会とあなたが、信長暗殺を企てているという情報が舞い込んできた。どちらに着くのが既得権を守れるかは、考えれば分かりますでしょう」

 「済まぬ、私には分かり申さん」

 「駄目ですよ、考えもせず答えを出されたら。立場を変え、考えなされ。生まれ変わってもらうためにご無礼を承知で、学んでもらいましょうか」

 「ぜひ、伺いたいな、その学びとやらを」


 行き場を失った光秀は、不貞腐れつつも、忠兵衛の術中に嵌まり始めていた。


光秀は、忠兵衛に掌握され始めた。忠兵衛は、師弟関係を暗示するために方言と砕けた語りで同意を促し、凛とした語りで悟りと服従を光秀に注入していく。忠兵衛は、緊張と緩和を駆使して、光秀を掌握し始めた。


 「信長を葬れば、誰が頭に立つんでしゃろ」

 「それは、信長ゆかりの者の中から、選ばれるだろう」

 「甘おますなぁ。血縁関係を見渡しても誰もおりまへんがな。仮に誰かが頭首となっても、お供え餅でしゃろ。誰かが裏で糸を引く。それを聞いてるんでおます。もう少し、掘り下げて考えなはれ。折角の金脈も逃してしまいまっせ」

 「…遅かれ早かれ、秀吉が抜け出てこよう」

 「そうでんがな、人格、才覚、人望を考えれば。備中高松城から山崎まで大軍を移動させた備中大返し。これには、私らも驚かされましたわ。このような奇想天外な発想と行動が、頭に立つ者には必要なんだす。好奇心旺盛な信長。交渉上手な秀吉。お~怖、秀吉はんには、銭の臭もぷんぷんしますわ。かと言って、秀吉倒しなど私らには荷が重すぎます。下手に動けばこちらが、潰されますわ。そこで、秀吉の対抗馬として白羽の矢を立てたのが三河国を中心に勢力を拡大している家康はんです」

 「秀吉殿と家康殿が戦うと」

 「私らは、そう読んでおます。正しくは、秀吉没後のことになりますがね。権力争いとは、そう言うもんでしゃろ。家康はんは疑心暗鬼の塊のような人や。更に、無駄な争いを避けるために不条理を飲み込む我慢強さ、飴と鞭を上手く使い分ける才覚がありますさかい。自分が臆病だけに、人の弱さも分かる。秀吉はんとは、そこが違いますわ。駒としてどっちが動かしやすいか、答えは簡単でしゃろ。家康はんはお金では動きませんわ。なら、金に変えられないものを与えればいい。参謀は金で手に入るかもしれまへん。でも、天下人は孤独なもんでしゃろ。その孤独を補えなえば、懐には入れると言うことです。懐に入るには秘密の暴露が重要です。敢えて、秘密を握らせることにより、裏切られない安堵を与えるんですよ。ならその秘密はとびっきり大きい方がより安心させられると思いませんか。今のあんさん程、この適任者はおりまへでぇ。そのために私たちは、あんさんを追い込んだんですから。

 家康さんと天下を取りをしなはれ。悪い話ではありまへんやろ。時間は掛かるでしょうが、その時間こそ、家康はんが勢力を付けるための時間だと思うております。あんさんを使って家康の心中に深く食い込んでやりまっせぇ。死の商人と呼ばれた私たちが今度は、戦のない世を築いてやります。それが、最期の私らの道楽ですわ」

 「戦のない世であれば、秀吉が天下人となっても同じことではないのか」

 「甘いなぁ。確かに秀吉は武力より算術に重きを置くでしょう。存命中はいい。しかし没後は、権力争いが繰り返されますよ。人斬庖丁では世の中の安泰など望めまへんなぁ。あんさんの出番は、秀吉亡き頃。それ迄、才能を磨くことです」

 「秀吉の没後はその血縁者が次ぐのではないか」

 「信長の後は、血縁関係者になりますやろうか。一瞬、なるやもしれません。が、馬鹿に従うより自分でやった方が何かと便宜でしゃろ。地盤さへ固まれば、さっさと引きずり落として、天下を自分のものにされますわ。それが秀吉はんだす」

 「そなたら、そんな先のことまで考えておるのか」

 「先手必勝と言うやおまへんか、仕掛けは早いほうが宜しおます。あんさんには、陰の存在として家康はんに降り懸かる難解な問題を協力して解いて貰いたいのです」

 「そなたらの言うことは理解した、として、家康殿の賛同が得られなければ…。幾ら服部半蔵殿が説いた所で、何かと物議を醸すのではないか…」

 「その点もご心配なく。下準備は順調に進めております」

 「本人が言うのは可笑しいが、私が表に出るのは何かとまずいであろう」

 「そうでおますなぁ。せやさかい、陰の、ってついておますのや」

 「陰か…最早、明智光秀は、この世におらん、ということだな」

 「明智光秀は死して名を残す、ですわ。武士としてのあなたはもう、この世にはいない。武士でないからこそ、安心して家康も組めるのです」

 「武士ではない、とはどう言う意味だ」

 「それは後ほど。ただ、ご自身を最も活かせる舞台を持てるということですよ」


 光秀は、自分の置かれている立場を理解しようと努めていたので御座います。

 忠兵衛が仲間に的確な支持を出し、その他の者は、自らの任務を着実に遂行し、ことが運んでいるのを光秀は、目の当たりにした。

 組織の在り方を垣間見た思いだったのです。


 何と私は愚かだったのか。そう思うと自らの行いを悔いた。無念にも命を落とした者、甘さ、器のなさ、言うは易し行う難し…か。信長の亡骸がなかった時の虚無感。光秀は、自らを心の闇へと追い込んでいった。その時だった。一縷の光が脳裏に射した。私は生まれ変わる。変わる機会がここにある。鬼にでもなる。目的を達成するためには。そう思った時、スーと憑き物が落ちたように肩から力が抜けた。


 「分かった、新たに授かったこの命、そなたらの自由にするがいい」

 「おおきに。ほな、これからは、私ら、お仲間ですな」 

 「よしなに」

 「取り敢えず、家康はんの説得やあんさんの身の置き場への下準備など、まだまだ時間が掛かります。それまでは、私の別荘をお使いくだされ。監禁など無作法な真似はしまへんが、顔がばれたら、どうなるか考えて行動してくれやす。それが出来なければ、それまでのことと、私らも諦めます」

 「心配はいらん。武士であること…あったことにもう未練はない」

 「それで宜しおます、それで」

 「また、意味ありげなことを言うのか」


 光秀は、忠兵衛の納得する発言に何か裏があるのではと考えるようになっていた。


 「しばらく、新・信長体制を見守ることに致しましょう。その間、光秀はんは、心の切り替えに努めてくだされ」

 「分かった。この一晩で何年も過ごした様な気が致すわ」

 「お疲れどしたな。別荘は温泉地だす、ゆっくり過去を洗い流してくれやす」


 一方、三河国に戻った家康は、機微を返し、光秀を討つための軍を召集し、安土城に向かった。出発しまもなくして隊列に向かってくる早馬に、一同は色めきだった。

 「お待ちくだされー、お待ちくだされー」


 大声を張り上げながら、勢いよく近づいてくる武士は、隊列の前で止まり下馬し、膝をつき一礼した。


 「いきなり、道中の妨げとなり、申し訳御座いません」 

 「そなたは」

 「家康公と存じますが、相違御座いませんか」

 「いかにも」

 「拙者、秀吉様の家臣、高橋喜一郎と申し上げます。急ぎ、お伝えしたきことありて、馳せ参じました」

 「して、何事ぞ」

 「光秀、既に討ち取られて御座りまするー」

 「なんと、誰が討った、秀吉様か」

 「土民で御座います」

 「土民とな」

 「秀吉様との戦いに敗れ、安土城を目指すも道半ばにして土民の槍にて致命傷を負い、そのまま自害したとのことで御座います」

 「そうか、高橋喜一郎とやら、大義であった。今宵は疲れを労い、戻られたら秀吉様に、家康、御報告に礼を申すと、伝えてくだされ」

 「しかと、お伝え致しまする」


 家康に同行していた服部半蔵は、やっと、次なる手の好機を迎えたと思った。




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