第10話 5/05 猿に猿芝居とは、粋なものです。

金・金・金の亡者が蔓延る世の中で、まっとうに生きていくのは馬鹿らしい。それじゃ人間失格と言うもんで。強請、集り、偽装に詐欺。お里が知れる、と申しますが他人様のお里まで乗り込んで、傍若無人。これにはお釈迦様も開いた口が塞がらないようで。煽り、逆ギレ、短気は損気。真っ当なお方は、吟味、詮議、義理人情。正義を通してあの世への通行手形を貰わぬように。時には鬼と化して、悪を断つ。世知がない、世知がないと呟くよりも、進んで、立ち止まって、周りを見渡して、その先に何が見えるかは、あの世でじっくり確かめなすってくだせい。


 一方、拐われた光秀が頭陀袋から解放された処は、真っ暗な部屋だった。

 異国から手に入れた睡眠薬を飲まされ、眠る光秀を見守っていたのが閻魔会の長、越後忠兵衛だった。

 

 「ここはどこだ、誰の仕業だ」

 「やっとお目覚めですか。ちと、薬が効き過ぎましたかな」

 「何者だ、名を名乗れ」

 「落ち着きなはれ、光秀はん。返答次第では、取って喰おうなどとは思っておりまへん。寧ろ、光秀殿のためを思ってのこととお考えくだされ」

 「このような仕打ちをされ、信じろと申すか」

 「お許しくだされ、こうでもせな、光秀はんとお話出来ませんゆえ」

 「何者じゃ、顔を見せい」 

 「それは、ご勘弁を。お怒りはお察ししますが、時間がありまへん。早速、本題に入らせてもらいます。光秀はん、これから、どうなされるつもりでっか」

 「そのようなこと、そなたに、答える筋合いはない」

 「そうでっか、ほな、こっちで勝手に、やらせてもらいますわ」

 「勝手にせい」

 「ほな、進めまっせ、光秀はん。まさか、安土城に篭城したら、勝機があるとでも考えてはるんちゃいますやろな。そらーあきまへん、あきまへんわ。悪いことは言いまへん、勝ち目のない戦いなんか止めときなはれ」

 「ふむ…、何を申す、無礼者が」

 「さぁさぁ、怒りなさんな。策士、光秀が泣きまっせ。ほな、聞きますが、どないして、秀吉、勝家、家康はんらに、勝てますんや。どう転んでも、主君の仇討の気概の塊になっている相手に、勝てまへんわ」

 「我が軍を甘く見るな」

 「甘くなんて、見てまへん。現実を見てますんや」

 「勝ち目のない、戦などせぬは」

 「そうです、それが一番だす。勝ち目のない戦は、無駄で御座いますからな」

 「そなたの言うこと、いちいち、腹立たしいは」

 「すいまへんな、おちょくってるわけやおまへんねぇ、こう言う言い方しかでけへん阿呆やとでも思うてくだされ」

 「そなた、商人か」

 「するどおますな、その鋭い観察眼で聞いてくれやす」

 「…」

 「この度の秀吉はんとの戦いで、上杉謙信はんに援軍を頼まはったけど、あきまへんかったなぁ。それに、旧知の細川藤孝はんも同じでしゃろ。娘の珠さんの嫁ぎ先の細川忠興に至っては、自分の髪を切って秀吉に送ったらしいでっせ。武士の資格がないから出家するとか、書簡まで送られてしもうて、難儀なことですな」

 「なぜ、なぜ、そんなことを…そなた、知っておる」

 「私らを甘く見てもろたら困りますなぁ。現に、光秀はんはここにいてはります。秀吉が欲しがってる首が、いま、私らの手の中にあるということです。ええかげん、分かってもらえまへんか」

 「…そなたらが大口を叩けるのも、今しばらくのことよ。私がいなくなり、忠義に厚い家臣たちが血眼になって探しておるはずだ」

 「その点は、お気遣いなく」

 「何だと」

 「そのことでしたら、心配いりまへんわ。何事もないように、軍勢は坂本城を目指しておりますさかい」

 「なに」

 「武将には、影武者は付き物でしゃろ。ちゃんと用意さしてもらってます」

 「影武者など立てても、誤魔化されぬわ」

 「そうでしゃろか。協力者がいたら、案外、上手く行くもんでっせ」


 ガタガタという音と共に引き戸が開き、暗室に明かりが差し込んできた。

 そこには、土下座をした鎧を着た武士が控えていた。


 「利三はん、説明してあげてくれやす」


 光秀は、その男を見て、利三、斎藤利三かと、一瞬、我が目を疑った。

 斎藤利三は、光秀が信頼を置く重臣の一人だったのです。


 「お許しくだされ、光秀様」

 「なぜ、そなたが、そなたがそこにおる」

 「秀吉との戦いに苦戦し、光秀様のお命危なし、となった時、何としてもお守り致したかった。援軍の道も危うくなったことを知り、藁をにも縋る思いで、こやつらの企てを飲んだ所存で御座います」

 「いつから、こやつらと繋がっておった」

 「信長様を討った後で御座います」

 「なんと…」

 「光秀様と同じように、拉致され、光秀様の現状を知らされました。それにも増して、この企てに加担したのは…」

 「何を吹き込まれた、何を」

 「それが…それが」

 「何じゃ、何を言われた」

 「それは…それは…信長が、信長が」


 そう言うと、斎藤利三は大粒の涙を流し、泣き崩れた。扉は静かに締まり、部屋は、また闇に覆われた。


 「宜しおます。私からお話致します。あんさんと同じく囚われた溝尾様は、隊列に戻り、光秀はんの影武者を光秀様と思い、お守りくだされた、有難いことです」

 「お守り下された…。何を言っておる」

 「あんさんが討った信長の遺体は発見されましたか。されてまへんでしゃろ」

 「…」

 「それはそのはず、信長は死んではおりませんからな」

 「なんと、信長が生きていると…」

 「そうでおます」  

 「そんなはずはない」

 「では、なぜ、亡骸がありまへんのや」

 「いや、確かに亡骸がでて、極秘裡に信長ゆかりの寺に埋葬されたはず」

 「面白おますな、それこそ、誰の亡骸を埋葬されたのか。あの焼け跡で本人確認など難しいでしょうに」

 「それは…」

 「あの大火の中、助け出したのも私たちですから」

 「それでは、信長はどこにいるというのだ」

 「さぁ、どこやらの海の上で御座いましょうよ」

 「海の上」

 「あなたの謀反も事前に告げてありましてな。信長の命を狙っていたのは、あんさんだけはなかったものでね」

 「誰だ、誰が狙っていたと申す」

 「ご存知ないか。それならそれで、いいではありませんか、今となっては」

 「…」

 「そうそう、家康様も私たちが逃がしておきましたから、ご安心を」

 「なんと、家康殿も」

 「そうでおます」

 「そなたら、堺商人か」

 「ほぉー怖。流石、私が見込んだお人ですわ。嬉しく思いまっせ。まぁ、犯人探しのような真似は、無意味で御座いますゆえ、緞帳を下ろして貰いまひょか」

 「貴様」

 「家康はん救出。あれは大変でした。もう少し、手配が遅れたら、危のうおましたは。万が一を考え、服部半蔵はんに護衛をお頼みしてましたが、多勢に無勢。ああ、密偵の報告を見てきたように話しますが、そこは、ご勘弁を。そうそう、追手を半蔵さんが相手してる僅かな隙を狙われて、家康はんの乗った籠に槍がブスリ。あぁぁ、万事休す、かと思ったら、あの方、運がいいというか、腰を抜かした状態で、籠から這い出してきやはった。怯えた猫が逃げるように情けない格好で、寺の縁の下に潜り込まはった。それが良かった。追手の方がそこに入ろうとした所に、半蔵はんが、繋ぎをとってくれていた援軍が来て、その追手を一網打尽に。何とか難を逃れました。家康はんを引っ張り出したら、く・く・く、いや、失礼。あの方、小便を漏らしていて、く・く・く・く。兎に角、籠へ放り込んで行ける所まで行って、あとは徒歩で。

半蔵はんと伊賀の者の手引きで、伊賀国の険しい山道を抜け、加太超えを経て、伊勢国から海路で、三河国に辛うじてご帰還願った次第で。信長を討った明智軍に命を狙われていると知った家康はんは、自暴自棄になって後追いをしよとしましてな。それを、本多忠勝様が説得されて、何とか事を得ました。本間、これは予想外でしたわ。

家康の人成は調べておりましたが、ここまで腰抜けとは…。まぁ、本多様には、後でお礼でもしときますよって。これで、当初の予定通り、伊賀者は、家康に恩を売れたさかい、今後、色々、安条いきましゃろ、色々とね」

 「私は家康殿に追手など出しておらん」

 「はい承知しております。送ったのは信長ですさかい。あんさんも知ってはったんでしゃろ、茶会の意味を」

 「そなたら、一体、何者なんだ」

 「その内、分かりますよって、お楽しみに。あっ、自害なんて物騒なことはあきまへんでぇ。残された明智家、それを助けようとした大名はんらも道連れになりまっさかい。娘はんはまだ若いんでしゃろ、かわいそうでおますわ」

 「…」

 「私を甘く見ては大怪我じゃ済まないと心しておいてくれやす。ほな、また、時期が来ましたらお逢いしまひょ。ほな、さいなら」


 光秀は、また、暗闇の瞑想に包まれた。眠気など元々ないが、あれやこれやと頭の中は大混乱。目が覚めながら、闇の中に悪夢を見ていたので御座います。


 間宮蔵三が、明智光秀、溝尾茂朝と木崎新右衛門の首級を延暦寺の麓にある坂本の詰所に運び込もうとした。その様子を伺っていた服部半蔵は、佐助に詰所の役人宛に手紙を託すと、馬を飛ばし山崎にいる羽柴秀吉の元へと急いだので御座います。


 「お目通り、お頼み申す。私は、徳川家康の家臣、服部半蔵と申す。光秀の件につき火急にご報告致したきことが御座います。羽柴秀吉様にお取次、お願い申す」


 「家康の家臣が、光秀の件についてだと…相分かった、許す」


 「お目通り、叶えて頂き、有り難き幸せ。拙者、徳川家康の家臣、服部半蔵と申す。光秀の件につき、火急のご報告とお願いがあり、馳せ参じました」

 「して、報告とは如何なるものよ」

 「光秀の首、今頃、坂本の詰所についた頃かと」

 「何、光秀の首が」

 「はい。明智軍の者により、差し出される運びとあいなっております」

 「誠か」

 「光秀、秀吉様との戦いで深傷を負い、明智軍を苦慮し、自害なされたとのこと。見事、光秀の首を射止められたのは秀吉様で御座います」

 「うん、そうか。うははははは。光秀の首、この秀吉が取ったぞ」

 「この功績、誇るべきことと、お慶び申し上げます」

 「ああ、大義であったぞ、半蔵殿」

 「身に余る光栄」

 「それで願いとは何じゃ、何でも言うがよい」

 「有り難き幸せ。秀吉様におかれましては、山崎の戦いで、光秀をご覧になられたでしょうか」

 「いや、見ておらん、それがどう致した」

 「ならば、お恐れながら、拙者の話の信憑性を証すため、光秀を見た者をここへ呼んで頂けませぬか、是非ともお願い申し上げまする」


 秀吉は直様、側近に命じた。

 「…まぁ、よい。早急に探し出し、連れて参れ」

 

 半蔵に持ち上げられた秀吉は、上機嫌だった。いや、半蔵の思惑通りのことに。

 しばらくして、三人の兵が連れてこられた。


 「早速のご配慮、忝く御座います。この者たちに聞きたいことが御座いますが宜しいでしょうか」

 「構わぬ、許す。その方らも答えるがよい」

 

 「では、遠慮なく。皆に聞きたい、いや、教えて頂きたい。そなたらが見た光秀の首に何かなかったか」


 「何かと申されても、何もなかった…と」


 残りの者も顔を見合わせながら、首を左右に振っておりました。


 「そうですか。皆さん、有難う御座います。お下がり頂いて結構です」


 半蔵は秀吉に目で合図し、それを受け秀吉も頷いて見せた。



 「半蔵殿、質問の意図がわからぬが」

 「秀吉様ならご存知のはず。光秀が戦に勝つことを願い、首から下げております守護念仏像を」

 「おお、あれか、存じておる。それがどう致した」

 「光秀にとっては勝ち戦に欠かせぬ物。それを持たずして、秀吉様と戦った。それは光秀が秀吉様に鼻から勝つ気がなかった証。私はそう思っております。家康様はすぐにでも秀吉様の援軍に伺うと立ち上がるのを私がお止め申した次第で」

 「如何に思い止めた」

 「主君の仇討ち、必ず秀吉様であれば成し遂げられるはず。天下の功績は秀吉様だけのものであり、他にあらず、と思い、差し出がましい行いを致しました」

 「そなた…。半蔵殿、有り難く、その気持ち頂きましたぞ」

 「恐れ多いことで御座います」

 「何か褒美を取らせまいとな」

 「ありがたき幸せ。では、ふたつ、願いを聞いて頂ければ幸いです」

 「苦しゅうない、言うてみぃ」

 「はっ。守護念仏像を持たずに秀吉様と戦った。即ち、秀吉様を討つ気がなかったと思われます。それなれば、明智軍にはお咎めなきよう、筋違いでありますがお願い致し候。明智軍においては光秀の首を隠蔽することも出来たはず。しかし、それをしなかった。反撃の意志はないものと見受けられますゆえ」

 「…、目に見えて歯向かわなければ、捨て置くことに到そう」

 「流石、秀吉様、聞きしに勝る懐の深さ、感服致します」

 「それで、あとひとつとは」

 「ここへ私が参ったこと、家康様には何卒、ご内分にお願い申し上げまする」

 「何故じゃ」

 「私が命じられたのは明智の動きを探ること。このような差し出がましいことを致せば家康様のお怒りを買うのは必至。何卒、何卒、お願い申し上げまする」

 「わかった。そなたとは会っておらん。それで良いな。皆の者も良いな」

 「有り難き幸せ。あっ、私としたことが忘れておりました。後ほど、詰所から使者が参りましょう。その者に申し付けて頂きたいことが御座いました」

 「何か…、言うてみぃ」

 「次期信長様を伺う輩に秀吉様の邪魔をされないように、首実検の徹底を。と言いましても、その首、損傷が激しく見受けられました。そこで、光秀血縁の者、光秀に近しい者、親しくはないが知っている者の三者に首実検をさせて頂きたいのです。私の経験から、持ち物が決めてになるかと。守護念仏像は私の調べでは、蘆山寺にありまする。ならば、鎧、兜などが決め手になるかと」

 「相分かった、そのように伝えるぞ」

 「あと、光秀の首は、持参した者に返し、葬るように命じて頂ければ、流石、秀吉様となるかと存じ上げます」

 「ふむ、それも、聞き入れたぞ」

 「では、私は本来の任務に戻らせて頂いて宜しいでしょうか」

 「戻って良し」


 服部半蔵は、速やかに秀吉の元を去った。

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