第9話 4/25 裏の裏は表にあらず、絡み合う真実
月日に関守なし、と申します。月日の流れは早く、それを遮ることなど誰にもできやせん。人との関わり方も同じです。昭和、向こう三軒両隣。平成、隣は何をする人ぞ。令和になれば、振り向けば、異人。人との関わり方をわてらも流れに合わせて変えなあきまへなぁ。否応なしに増える異人さん。出来れば仲良く過ごしたいもので御座います。我儘は申しませんが文化の取り違えだけはご勘弁を。郷に入っては郷に従え、と申します。人への配慮が根っこにある国では俺が俺がはご勘弁願いたいものです。美徳は一日にしてならず、ですな。。遠慮なんていりません、しっかり伝えましょう。それで嫌われたら縁なきお方。どうぞ他でお過ごしやす。本音と建前、うまく使い分けて、この世の出来事、みると致しましょうか。
横殴りの雨は、闇の京都・小栗栖を覆っていた。
馬に乗った一人の立派な
雨音混じり、ガサガサガサと、何やら殺気を感じます。バサバサバサ。覆い茂った枝葉が、大きく揺れる。そこへ現れたは、落ち武者狩り。あれよあれよと囲まれた。
「死にたくなかったら、身ぐるみ脱いで、立ち去れ」
野猿のような男が、ほざいてます。野猿の正体、土民(百姓)の中村長兵衛。長兵衛たちは、雇われて戦に、職に溢れりゃ落ち武者狩り。傷つき逃げる侍を、待ち伏せお命頂戴。鎧や刀を奪って売って、酒、女を買っている。そんな輩で御座います。運がよければ、武将の首は、高値で売れることも御座います。
「無礼であるぞ。そなたら、この方をどなたと心得るか。明智光秀様なるぞ」
「明智だって、お前ら、知ってるか」
「知らねーや、俺たちに、武将の名前なんて聞かせたって、無駄だ無駄」
「そうだ、そうだ、俺たちは、口入れ屋役の侍にしか知んねーだ」
「この方は、今や、飛ぶ鳥を落とす、織田信長を討ったお方だ」
「えっ、あの織田様をか」
「そうだ、我ら先を急ぐ、そこをのけーぇ、のけーぇ」
慌てて、怯んで、山道の下へ。落ち武者狩りも人の子よ。
「危のう、御座ったなぁ、光秀様」
「ああ、先を急ごう、いつ舞い戻って来るか分かるまいて」
茂朝は影武者を見て思った。こ奴、板についてる、訓練の賜物か…恐るべし。
「そう致しましょう。一同、急ぐぞ」
ああ、勿体無い、勿体無い。諦めの悪さは、悪人の本望で御座います。
「驚いたなぁ」
「あぁ、あ奴が織田様を討ったとわなぁ」
「知らねぇって咄嗟に言ったけどよ、腰が抜けそうだったぜ」
「でもよう、後ろにいた奴ら、誰も駆けつけてこなかったな」
「ああ、おかしいぜ、何かが」
「きっと、でまかせだぜ。そう言えば、俺らが腰抜かすって思ったんじゃねぇか」
「そうだ、きっと、俺ら、いっぱい食ったんだぜ…畜生」
無謀に飛び出し、引き下がり。それでも諦め、消え去らぬ悪党たち。
「勘太の奴、ちゃんと後、つけてんのか」
「もう、真っ暗だ、休み休みか、どっかで休むに決まっている」
「いまからでも遅くねぇ、追いかけて、やっちまおうぜ」
落ち武者狩りの勘太が残した道標。それを頼りに、ひたすらこっさ。明智一行、先を急ぐも、行く手を阻むは、豪雨と闇。
「もう、追ってきまい、闇夜は危ない。心して参ろう」
明智軍が少し開けた場所に差し掛かる。落ち武者狩りの幹太は、掌を重ねて獣の鳴き真似をし、長兵衛に連絡を取った。反応はすぐにあった。
落ち武者狩りの長兵衛は、気を引き締めた。
「近いぞ、慎重に行くぜ」
新右衛門は、行先に不安を感じていた。
「何やら、獣がおりそうな、夜分、動くのは危険かも知れませぬな」
茂朝は、だからこそ、抜け切りたかった。
「しかし、先を急がねば」
三重苦。ぬかるんだ足元、闇、豪雨。それでも先を急ぎます。敗戦の悲壮感、疲れ果て。身も心もズタズタで御座います。
その時、谷側から男が飛び出て、馬上の武士の右脇腹をぶぎゅっ。
「うぐぅ」
刺された武士は、鈍い呻き声をあげ、落馬したので御座います。
「光秀様~」
その声は、山合にひと際、大きく響き渡ったので御座います。
これは大変なことではと、ただならぬ状況に後続の武士たちが、光秀の元へと怒涛の如く駆け寄って来た。
長兵衛たちは、その勢いに押されて、悲鳴を上げて、谷側下に向かって、ゴンゴロリ。蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。
直様、護衛に付いていた溝尾茂朝は、光秀の元に駆け寄って、木崎新右衛門は、駆け寄る武士たちを光秀の影武者に近づけまいと、静止に躍起。
「光秀様に何が御座ったぁ」
新右衛門に進路を絶たれた武士たちは、口々に悲鳴を上げておりました。
「何事もない。戻りなされー。馬が、ぬかるみに脚を取られただけじゃ、心配は要らぬ、隊列を乱すでない、さぁ、戻りなされよ」
と新右衛門は、必死な形相で冷静を装っておりました。
明智一行は、不安を抱えつつも従った。新右衛門は、光秀の馬の後ろに人壁を作らせた。溝尾茂朝は、光秀の様態を不安げに見ていたので御座います。
窮地を共にし、影武者が本物に思えてきていた。いや、そう、思いたかった。
「このままでは、不安を煽り、動揺が広がりまする。我ら三人の代わりを仕立て、隊を進ませましょう」
「それでは、光秀様が…」
と影武者と分かっていても不安を抱く新右衛門に光秀役は、声を振り絞ったのです。
「心配は要らぬ、指示に、従ってくれ、選択の余地はない、ことは…急ぐ」
茂朝は、光秀役の指示に尋常ではない危機感を察し、従った。茂朝も新右衛門も吊り橋効果か名優なのか、影武者の挙動は迫真に淀みがなく、運命共同体のような錯覚に陥っていったのです。それ程にも、光秀役の成りきり方は尋常でないものがあったので御座います。
茂朝は、近くに大木を見つけ、光秀をその影に。仕立て上げた三人に口止めをする新右衛門。蓑を深々と被らさせ、えっさえっさと隊を進ませる。
新右衛門は、一行をその場からできるだけ早く、立ち去らせようと、陣頭指揮を取ったので御座います。
十三騎が立ち去るまでの時間、途方もなく長く、ヒリヒリと痺れた。
一行抜けきる時、すうすう、光秀、虫の息。
「光秀様、お気を確かに、光秀様~」
溝尾茂朝と木崎新右衛門は、悲壮な面持ちで、光秀を見守るしかなかったのです。
「茂朝、新右衛門に頼みがある」
「何で御座りまする」
「私の傷は、致命傷のようだ。そこで、そこでだ…かい…介錯を…」
「そんな、そんなこと…」
「武士の情けじゃ、た・た・の・む」
光秀は、苦痛に苛まれていた。
溝尾茂朝は、馬上の光秀が影武者であることがばれないように計画通り、自らの替え玉を仕立てた。茂朝と新右衛門、影武者は藪に身を隠したのです。
茂朝は、悲鳴をあげる影武者の口を強く塞ぎ、新右衛門は、体を抑えていた。隊が通り過ぎた頃には、影武者は窒息死していた。その亡骸を新右衛門に固定させ、茂朝は影武者の首を撥ねた。首実験されても分からないように顔の皮を剥ぎ、土にも埋めた。茂朝と新右衛門は、苦悶の表情を浮かべながら、重く頷いておりました。
新右衛門が光秀を支え、茂朝が、一気に刀を振り下ろした。
ヴシュ、ゴトン。見る見る、ぬかるみが深紅に染まっていったので御座います。
溝尾茂朝は、放心状態で立ち竦んでおりました。その時、茂朝は思ったそうです。このままでは、悲願の自害、土民に討たれた、いずれにせよ光秀様の名を汚すことになる、計画とは別にそう思えたのです。首級さへ見つからなければ、何らかの手立てはあるだろうと土に埋めた。黒装束の者が言っていたことに期待して。
時は、天正10年6月13日、深夜の出来事で御座いました。
一方、命さながら、逃げ帰った落ち武者狩りの輩は、住処に戻ると恐怖を拭い去ろうと、立て続けに酒を浴びておりました。
そこへ、村の長老の小島三左衛門が訪ねてきたのです。酒の勢いもあり、三左衛門は、中村長兵衛たちの武勇伝をしこたま聞かされたのです。いつものことだと受け流しておりましたが、あながし嘘ではないのではと思うようになっていた。それを確信させたのは彼らの寝言だったのです。
恐怖にわめき、おののく、彼らの逃げ惑う光景が、目に浮かんだそうです。それほどに凄まじい、寝言だったのですよ。
長老の三左衛門は、夜が明けるのを待った。虫の知らせというのか、ただならぬ不安を感じていたのです。彼らの話が本当なら、単なる落ち武者狩りでは済まされない。村にも災いが及ぶやも知れない。その心配が体を突き動かしたので御座います。
長老は、村人から信頼の置ける者を数人伴い、彼らが襲ったという場所に、行ってみることにしたのです。雨は上がり、一番鶏が鳴く頃だった。半刻程掛け、その場所に辿り着いて辺りを見渡した。そこにあったものは、三人の亡骸だったのです。しかし、その惨状は、長兵衛が語っていた内容と掛け離れていたので御座いました。
長兵衛は、光秀の脇腹を刺して、逃げた、というものでした。そこにあったのは、切腹したふたりの亡骸と、首なしの亡骸だったので御座います。
首なしの亡骸の豪華な鎧には、明智光秀の家紋である桔梗が雨に洗われ、鮮やかに浮き出るように目に飛び込んできておりました。
三左衛門たちは、何か他にはないかと近くを探したのです。足跡があった。それを頼りに辺り探ると、不自然な土盛りがあり、そこを掘り返してみたのです。
「わぁぁぁぁ、こ、こ、これは…」
それは、布に包まれた首だったのです。その首が、明智光秀かは、三左衛門たちには、当然、判断出来なかった。三左衛門は、その処理について途方にくれ、腰から力がスーッと抜け落ち、その場に座り込んでしまったのです。
その時ですよ、遠くの方から、ド・ド・ド・ドォーと幾多の足音が近づいてきた。三左衛門は、身の危険を感じながらも、腰が抜けて、動けなかった。
足音の正体は、明智光秀の一行の有志だったのです。彼らは、深夜の山道の出来事に不信感を抱いていた。夜が明け、雨も上がった。にも関わらず先頭を行く者が、蓑を取らないで俯いていた。それを不審に思った者が様子を伺っていたのです。怪しすぎる、声を掛けてみた。しかし、返事がない。よく見れば、身なり、体格も違う。
「御免…」
無礼承知で、蓑を剥ぎ、怯える足軽、佇んでいる。
最も驚いたのは、斎藤利三だった。そこに影武者も、溝尾茂朝、木崎新右衛門の姿もいなかった。一体何が起こったのか、利三は狐につままれる思いだった。足軽から事情を聞いた武士たちは、半狂乱となった。急げ、急げ、あの場所へ。勇姿たちの後を唖然とした面持ちで利三も追った。そこで、落ち武者刈りの村の長老・三左衛門と対面したので御座います。
「そなたたち、何をしておる」
武士たちは、三左衛門の手元を見て、愕然とした。そこには、三人の亡骸が、横たわっていた。駆けつけた明智軍の間宮歳三は、怒りに任せ、小島三左衛門らを切り捨てんと刀を抜いた。
「お・お・お待ちくだされ、お侍様」
三左衛門は、必死で拝んでいた。その様子に命乞い以外の何かを感じて間宮歳三は、振りかざした刀を上段で止めたのです。
三左衛門は、唾を飲み込むのもやっとの思いで、事の次第を述べた。それを聞き、流行る気持ちを抑え歳三は、殿の仇を討つことに怒りの矛先を向けた。
歳三ら数名は、三左衛門の案内で輩たちの住処へと急いだのです。小屋の中の様子を窺うと7~8人のやさぐれた男たちが、寝ていた。
蔵三にひとつの疑問が、浮かんだ。このような者に光秀様が、討たれたのか?
その疑問を確かめるために蔵三は、長老の三左衛門に、酒と着衣を用意させ旅人に変装。トントン、輩の居る小屋の扉を叩いて、中に入った。
「なんでぇ、てめぇは…」
「いやねぇ、三左衛門さんの所を尋ねたら、
「長老から聞いてきたのか…まぁそれなら、断れねぇな、まぁ、座りな」
三左衛門の紹介と聞き、長兵衛たちは気を許し、事の次第を自慢げに話し始めた。間宮蔵三は怒りを心に、必死の思いで笑顔を作り、聞き入っていたので御座います。
「…そこでだ、木陰に隠れ、光秀が目の前に差し掛かった時、えいやって、槍を奴の右脇腹に突き刺してやったのよ。そしたら、馬から落ちやがってよ、それをきっかけに近くの侍たちが刀を抜いて、襲いかかってきやがって、これはやべぇって、命さながら、逃げ帰ったってわけよ」
続けて長兵衛の仲間が話に割って入ってきた。
「でも、惜しかったよなあの鎧、豪華だったのに。ほんま、惜しいことをしたぜ」
それを聞いて、歳三は我慢の限界を超えた。
「そうですかい、光秀様をおやりになすったのは、おめぇさんたちですかぇ」
「そうだとも…俺様たちじゃ、あはははは」
「者共、我が主君の仇討は、この者たちに相違ない、かかれー」
間宮蔵三の号令と共に、有志たちが怒涛の如く、小屋に流れ込み、それはそれは、あっという間に、落ち武者狩りたちを、切り殺したのです、南無阿弥陀仏。
蔵三は、三左衛門に村人数人と荷車を三台用意させ、光秀と思われる亡骸の元へと急ぎ、戻ったのです。亡骸をそれぞれ荷台に載せて改めて、蔵三は思ったそうです。
不本意にも土民ごときに討たれた光秀様の無念。亡骸の状況から、光秀と護衛のやり取りが歳三には、手に取るように分かったそうです。
自害を手助けし、介錯した護衛の者の気持ち。首級が見つかっても、秀光様と分からぬように、顔の皮を剥いだ時の気持ち。さぞかし、無念だったろう、そう思うと五臓六腑が抉られるような苦渋に胸を焦がしていたに違いない。
そこで蔵三は、溝尾茂朝と木崎新右衛門の気持ちを受け継ごうと思ったのです。蔵三は、運搬の一行を止めさせ、溝尾殿、木崎殿の気持ちを一行に訴えたのです。一同の気持ちも同じだったそうです。蔵三は、溢れ出る涙と怒りを振り絞り、溝尾、木崎の首も撥ねた。その首級の顔の皮を剥ぎ、筵に土と一緒に入れ、腐敗を進める試みを要したので御座います。
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