第7話 4/05 異常も続けば、慣らされる。

 弘法も筆の誤り。河童の川流れ。猿も木から落ちる。出来る、やれるは、奢りの証。油断は大敵。知ってる、知ってるは落とし穴。知識を消化しないなんて、そりゃぁ、勿体無い。正義の味方の桃太郎。実は、大和朝廷からの侵略者。勝者が歴史を創る。果てさて何が真実で御座いましょう。あちらの正義はこちらの悪。こちらの悪はあちらの正義。正義と正義の凌ぎ合い。お宝は、知らない処に眠っているものです。百聞は一見に如かず。好奇心は足りておりますか。旺盛ならば、それでいい。油断していると真実は変わってかも知れまへんなぁ。寝ている暇はありまへんなぁ。


 天正10年6月1日、本能寺での茶会当日で御座います。

 忠兵衛たちは予定通り、家康をもっともらしい口実を設け、大坂・堺遊覧へと避難させた。その頃、明智軍は山城の国境老の坂峠を越えた後、秀吉を支援するために沓掛くつかけから西国街道に向かっている、はずだった。

 光秀の心は、決まっていた。


 「森蘭丸より飛脚あり、信長様には中国出陣の馬揃えをご覧になるとのこと」


と、光秀は、京の都に戻る理由を隊に伝えたのです。

 

 「利三(斎藤利三)、総勢は如何程か」

 「1万3千は御座あるべし」 

 

 明智軍は、京都・桂川を越えていた。


 本来、信長は本能寺で「家康、討つ」の朗報を待っているはずだった。

 それが、生死を掛けた大舞台を待つことになったのです。信長は深夜まで、緊張を解すためなのか囲碁の名人、本因坊算砂と囲碁を嗜んでおりました。


 一方、光秀は、信長を討つ決意表明を、明智秀光・光忠、藤田行政、斎藤利三、溝尾茂朝ら五人の宿老のみに行っていた。


 「目出度き御事」

 「明日よりして上様と仰ぎ奉るべく事、案の内に候」


 家臣は、覚悟をしていたのです。日頃の信長との関係を伺い見て、いつかこのような日が訪れることを。


 「このまま暴君信長を許さば、この国の明日はない。私に続くが良い」


 馬首は、東向きに信長のいる本能寺を睨み、立ち並ぶ。


 「皆の者、聞けぇぃ。敵は備中にあらず、本能寺の信長にあり。いざ、出陣じゃ」

 「今日より、殿は、天下様に御成りなされ候」


 と、光秀の号令に続き、溝尾茂朝が続いた。


 「徒立ちの者は新しい足半(あしなか、かかとのない草履)を履け。鉄砲の者は、火種を1尺五寸に切り、その口に火をつけて五本ずつ火先を逆さまにして下げよ」


 それは、臨戦態勢を示唆していた。光秀のもと一枚岩の結束の明智軍。光秀が決意した以上、それに逆らう者はいなかったので御座います。


 天正10年6月2日の早朝卯の刻頃(午前五~六時)、前列に鉄砲隊を配備し、信長の眠る本能寺の包囲を終えた。信長は、周囲の騒動しさ、馬の嘶きに目を覚ました。

 ババババーン。鉄砲の轟く音で、信長は、床から飛び起きる。


 「これは謀反か、如何なるも者の企てか」

 「桔梗の紋が。明智の者と見えし候」

 「是非に及ばす」


 信長の命を受け蘭丸は、大量の油の用意と脱出用の堀の確認に暇がなかった。


 「来たか、一世一代の大舞台、見事に演じきってやるわ」

 「信長様、すべての準備は整っております。脱出口は、床下に御座います」

 「分かっておる、蘭丸、落ち着け、しくじるでないぞ」

 「信長様こそ、ご無事で」

 「馬鹿を言え、わしを誰だと思っておる」


 蘭丸が初めて、信長に親しく声を掛けた瞬間でもあった。


 「では、幕の開くのを待つとするか」


 ここに本能寺の変の幕が切って落とされたので御座います。

 信長は段取りよく演じて見せた。乱射される中、鉄砲の一撃が、信長の肩を打ち抜く番狂わせ。予想はしていたものの動揺は広がった。

 蘭丸は、腰を抜かしてしまった。信長は蘭丸を正気に戻させ、油を撒かせ、火をつけさせた。炎が目隠しになったのを確認し、大男の弥助が現れた。

 彌助は直様、信長を背負い、狭い脱出口に向かった。蘭丸は必死の思いで、剥がれた床板を戻し、信長と弥助の後を追った。

 脱出口の半ばで忠兵衛たちが手配した護衛と合流し、その案内で、一気に本能寺を見下ろせる山肌に出た。そこには護衛班の十人以上がそれぞれの配置で、信長の逃避を援護した。本能寺から遠ざかるように山肌を一気に降り、琵琶湖に辿り着いた。

 そこから、イエズス会が琵琶湖に用意した船に乗り込んだ。蘭学医は直様、信長の治療にあたった。軽傷だったのが幸いだった。


 信長は、デッキに出て、本能寺を見た。炎と黒煙は、まだ上がっていた。

 我が人生は、あの本能寺のように燃え尽きるのか。しかし、後悔の念は思っていたよりも湧きたつことはなかったのです。


 「弥助、蘭丸は如何した」

 「蘭丸は、やけどを負い、その手当を受けております」

 「蘭丸も無事であったか」


 信長は、安堵すべきことと自分に言い聞かせ、現実と向き合っていた。

 濃紺の空に処々、白きものが混ざり始めていた。

 信長は、船のデッキにいた。そこに現れたのは、イエズス会の宣教師、ルイス・フロイスだった。


 「傷は大丈夫ですか」

 「かすり傷だ」

 「それは、良かった。ここからは、私たちがご案内致します」

 「かたじけない、世話になる」

 「この後、陸路を経て海へ。そこから境港に参ります。堺港には、印度へ渡る船を待機させております。信長様には、その船に乗ってもらいます。あなたが望んだ異国の地に行くのです」

 「印度か」

 「印度と言っても大陸は、繋がっています。お好きな異国を探し、お楽しみくださればいい。通訳としても役立つでしょうから、彌助も、同行させれば、宜しかろう」

 「かたじけない」


 信長と弥助は、感慨深げに、本能寺の方角を見つめていた。


 「今頃、光秀は、私の亡骸を探しておろう。闇に隠れたこの信長の姿をな」


 その日の昼には、宣教師の案内人と、信長と彌助、蘭丸は、早籠と船を使い大坂・堺港へと向かった。

 越後忠兵衛は、探偵から信長を乗せた船が、堺港を出港した知らせを受けた後、閻魔会を召集した。忠兵衛は、晴れ晴れとした面立ちだった。


(忠兵衛)

 「皆さんに報告があります。無事、信長を彼方異国に葬り去ることとなりました。この、めでたき日に皆さんと乾杯をしたく、お集まり頂きました。お手元のグラスをお手に。この日の為に取り寄せた珍しいワインで御座います。これで、我らの利権を邪魔する者はいなくなりました。めでたい、めでたい、それでは、かんぱーい」


 閻魔会の七人衆は、安堵を喜び、乾杯した。


(小次郎)

 「忠兵衛どん、信長はどうなりまっしゃろ」

(忠兵衛)

 「さぁ、険しい航海で朽ち果てるか、野垂れ死にしようが知ったことではありませぬは。権力を失った男に私は、興味が湧くことなどありませぬでな」


 そういって、忠兵衛は、く・く・くと笑ってみせた。


(小次郎)

 「ほんに、忠兵衛どんは恐ろしき人よ」

(忠兵衛)

 「何をおしゃる、我らを蔑ろにする者が、愚かに御座いますよ。戦いしか知らぬ者はもう、この世には不要の者で御座います。これからは、商人が、この国を動かして行くのですよ」

(佐助)

 「そうで御座いますな。金は力なり。権力は、金の前に屈する、ですな」

(忠兵衛)

 「皆さん、これからが大変で御座いますよ。次に天下人になるのは秀吉でしょう。信長以上に厄介な御仁です。次なるは、我らの手で秀吉の対抗馬を育てなければなりません。今回の大芝居は、すべてそのためにありますから」

(蔵之介)

 「天下人は、信長を討った明智ではなく、秀吉ですか」

(忠兵衛)

 「光秀は天下人の器ではない。秀吉の返り討ちに遭うは必定。秀吉には、軍配師・黒田勘兵衛がいます。それに対抗するのは光秀、ただ一人と私は考えます。秀吉を倒すには、策士としての光秀が必要だと考え、この芝居を思いついたのです」

(蔵之介)

 「確かに光秀では、頭になるには、毒がなさ過ぎますな」

(長七郎)

 「情に脆い者は、情に溺れ、自らを滅ぼす。その典型が光秀よな」

(蔵之介)

 「そうで御座いますな。毒気のない奴は、面白味もないですからな」

(忠兵衛)

 「さて、皆さんにお頼みしていた件は、順調に遂行されておりますでしょうか」

(新右衛門)

 「そうそう、秀吉が、信長討たれるを隠蔽したまま、毛利方と講和を結び、とんでもない速さで、京都を目指しておりまする。この分で行けば、予定が早まると心しておかなけばなりませぬ」

(忠兵衛)

 「承知しました。そうじゃったまず礼を。重信はん、ご苦労様でした。信長の件はお見事でした。今後は私の任をお手伝いくだされ」

(重信)

 「かしこまりました」

(忠兵衛)

 「さて、小次郎はん、光秀はその後、如何しております」

(小次郎)

 「秀吉の主君仇討に対抗すべく、旧知の細川藤孝と娘・珠の腰入先の細川忠興に援軍を頼んでいる様子で御座います」

(忠兵衛)

 「それで、援軍を出すのですか」

(小次郎)

 「援軍の件を、お聞きしようと思っておりましたが、先ほどの忠兵衛どんの話を聞いて方向が見え申したゆえ、藤孝・忠興には、お灸を据えておきますわ。そこで、忠兵衛どんにお頼みしたい件が御座いましてね。秀吉に光秀に援軍しないことを約束させますから、細川家断絶回避の特約を取り付けて頂けまへんか」

(忠兵衛)

 「分かりました。ちょっと厄介ではあるが、なんとかなるでしょう」

(小次郎)

 「お願い致します」


 閻魔会は、光秀、確保の任務を着実に遂行していくので御座います。




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