第6話 3/25 地獄の沙汰も金次第。演じるのはどなたやら。
地獄の沙汰も金次第。金があれば良いとは申しませんが、なければなくて、先行きが
心細い。偉い人は賄賂を貰い、悪い人は、押し込み強盗。どちらにしても泣くのは、弱い者ばかり。世知がない世の中で御座います。泣いてばかりではおられません。占い、藁人形、酒浸り。愚痴を吐き出し、無駄金出して、足が出る。浜の真砂は尽きるとも、世に盗人の種は尽きまじ。忘れりゃいいと、美味み、夢見に、面白みに憂さを晴らす。
「して、わしにどうしろと言うのだ」
「今となっては信長暗殺は、避けがたいもの、と言って、多方向から攻められては幾ら私どもでも防げません。ならば、彼らの思いを一点に集中させ、監視するのが一番ですよ。そこで茶会をお薦めしていたわけです」
「そう言う意図があったのか…。だから熱心にわしを
「唆したって…まぁ、宜しい、そう言うことです」
「そなたと言う男を敵に回せば厄介であると、つくづく思うわ」
「有難い、お言葉です」
「…うん、分かった。わしは俎板の鯉になってやるわ。どのようにでも致せ」
「有り難き幸せ。それでは信長様にお願いが御座います」
「ふむ、何じゃ」
「当日、光秀様を本能寺から遠ざけて欲しいのです。光秀様のことです、参加者の人数を確認し、全員が本能寺から出られてから、ことに及ぶかと。間違いなく、本能寺に探偵を配備するはずです。探偵は兎も角、軍が居るでは何かと不都合が。近場におられては裏工作も何もあったもんやないですからな。準備に今、少し時間を頂かねばなりません」
「それには心配はいらぬ。備中高松城包囲中の羽柴秀吉の救援に向かわせる運びとなっておるゆえ」
「それは存じております。私がお願いしたいのは出立の時刻です。本能寺を出て直様戻ってくることも配慮しなければなりません。軍としての配置、配備を遅らせたいのです。出来るだけ、出立の刻限を遅らせて頂きたいのです」
「では、茶会当日に到そう」
「助かります」
「もし、もし、じゃぞ。光秀が謀反を留まったらいかが致す。そうなれば、イエズス会の砲弾の餌食か」
「万が一にも、中断などありません。信長様が家康様を呼び込むために警護を手薄になされた。裏での動きを知らぬとは言え、それは私たちにとっても好都合でした。だからこそ、今回の茶会は、千載一遇の機会。これを逃すはずが御座いませんよ」
「憎たらしいほどの自信は、どこから来るのかのう」
「たんまり金を使った結果です。金は嘘をつきまへんよって。信じて、大丈夫で御座います」
信長の決心は早かった。天下人が見えた今、正直、その先に刺激のない不安を感じていた。信長にとって、退屈が最も苦手なものだったからで御座います。
信長は思っていた。いずれ、イエズス会によって暗殺されるか…。
イエズス会を滅ぼせばいい、そんな単純な問題ではない。イエズス会の影響は光秀しかり諸大名にも及んでいる。飛び道具や薬物の防ぎ方など、思い浮かばなかった。
信長の選択肢は、忠兵衛の用意した舞台で踊ることしかないと、自らに言い聞かせて、覚悟を決めていた。
「家康様は、信長様の許可を得たということで、私たちの支配下にでも置いておきましょう。まぁ、堺の遊覧と言うことで、宜しいでしょう」
「家康をそなたらの支配下に置く目的は」
「いやね、家康様とは余り接点がありませんが…。まぁ、お人柄を知る、ということで、ご勘弁願えませんか」
「それはまずいぞ…、もう手遅れになるやも…。家康暗殺隊は別行動で、隠密に動いておるゆえ、居場所が分からぬ。探し出しても、暗殺中止の知らせが間に合うか、どうか…」
「仕方、ありますまい。それはこちらで何とか致しましょう。間に合わなければ、家康様の運もそれまでと言うことでしょう。そのような人物は私も不要ですから」
「敵に回すと怖いな、そなた…」
「暴君、信長様にそう、言われるのは本望ですよ、く・く・く・く」
忠兵衛は、強引な商売を通し、修羅場を幾度となく切り抜けていた。
「イエズス会には彌助を使って、光秀による信長暗殺が、確実に進行中。様子を伺うように。下手に動くと、イエズス会への誹謗中傷、信長様側につく諸大名を敵に回す、とでも流させましょう。奴らとて、代わりに信長暗殺を誰かがやってくれるのなら、それに越したことはないでしょうから」
「それ程に、わしは、厄介者か」
「はい」
「それでわしは、呆然と光秀の謀反に付き合えばよいのか」
「まさか、信長様にもちょっとは、演じてもらわなければ。少なくとも、奇襲を受けたことを、光秀軍に確認させねばなりませんからな」
「どうしろと言うのだ」
「最初、少しは応戦してもらいましょうか、弓とか槍とかで」
「弓と槍でか」
「私が光秀様なら一気に攻めること、自軍に犠牲者を出さないこと、を考えれば、まずは、鉄砲隊を向かわせて次に、鉄砲隊の邪魔にならない程度の先陣を送り込みますな。それに応戦してください。鉄砲の玉には呉呉も気をつけてくださいまし。製造元から言わせてもらえれば、正確に的を射抜くにはまだまだの品物。乱れ撃って、当れば儲け物程度ですから。怖いのは流れ弾で御座います。大勢を迎え撃つには宜しいが一人を狙うとなれば、かなり近づかねばなりません。裏を返せば、距離をとれば当たりにくいと言うことですよ」
「その距離とは」
「それは玉に聞いてくだされ」
「何を言うか」
「敢えて言うなら、塀から縁側程限かと」
「何れにせよ、時の運に縋れと言うのか」
「左様で御座います。大丈夫ですよ、運はお持ちになっておりますから」
「他人事のように言い寄って」
「他人事で御座いますよ、私にとってはね、く・く・く・く」
「食えぬやつだ、そなたは」
「食っても上手くありませんよこんな老いぼれを。それより、決して応戦なされないように。信長様の気性からつい頭に血が上り、本気で応戦されるのではと心配で心配で、蕎麦も喉を通りませんわ」
「そなたが蕎麦だと。蕎麦など食わぬくせに」
「それはそれとして」
「無視か」
「直様、距離を縮めた第二弾の鉄砲隊が迫ってきましょう。その時、襖を目隠しにし、部屋に閉じ篭ってください。その後、急ぎ蘭丸に畳と襖に向けて油を撒かせ、火を放たせてください。それで明智軍は足踏み致しましょう。その間にこちらで用意した床下の穴から逃げて頂きます。出口には、護衛も用意しておきます。あとは、護衛の者の指示に従って避難してください。あっ、そうそう、念の為に力持ちの彌助を待機させておきますよ」
「奇襲された際に、生き延びられなければ、そのまま、謀反成立と言うことか」
「そうなりますな、そこで、命を落とされば、それまでの人生とお諦めくだされ。しかし、そうはならないのが、信長様でしょう。私はそれに賭けております」
「賭けか。人の命を勝手に弄びよって…。進むも地獄、戻るも地獄。ならば、進んでやるわな」
「それでこそ、信長様。ご了承頂けたということで私は、仕上げの手配に取り掛かります、宜しいですな」
「仕上げとな」
「やらねばならないことは、刻限なき今も色々ありましてな」
「うん、分かった。預けてやるはこの命、そなたに」
…(再び、閻魔会の会合場面に戻る)
と、まぁ、こんな具合に話をまとめて参りました。
堺商人の闇の会こと「閻魔会」の参加者は、闇将軍と呼ばれた越後忠兵衛の周到さに舌を巻くと共に恐れを成していた。
(小次郎)
「それで、忠兵衛さん、わしらは何を手伝えばええんかいのう」
(忠兵衛)
「皆さんには、本能寺に関する動きをできるだけ集め、私の筋書きに沿わない案件を悉く潰して頂きたい。呉呉も悟られないようにな」
忠兵衛は、忠兵衛を含めた閻魔会七人衆に任務を託した。
(忠兵衛)
「佐輔どんには、服部半蔵はんに繋ぎを取り、家康を三河まで、逃がす段取りを。伊賀の里の方々にも協力の依頼を。家康に恩を売る機会だと、煽ってもらいたい。
小次郎はんには、光秀はんの動向を。それと、いざという時に用立てた光秀の影武者はいかが致しております」
(小次郎)
「順調に仕上げておりますさかい、心配はいらしまへん。影武者役は、飢饉で苦しむ農家の者で、お決まりの借金地獄、娘を売っても足りず、一家心中寸前の者を見つけ出しましてね、それが背格好が光秀に瓜二つで。借金の肩代わりと家族の勤め口を用意して、本人の了承を得て、みっちり光秀の模写を鍛錬させております」
(忠兵衛)
「それは良かった。では、念押しとなりますが、溝尾茂朝と繋ぎを取り、影武者が見破られないように注意を払ってくだされ。
長七郎はんには、あとで、お願いしたいことが、あるゆえ、残っておくれ。
新右衛門はんには、秀吉はんの動向を。秀吉はんは、斬新な動きを見せるゆえ、人数を多く割いて、対応してくだされ。
蔵之介はんには、万が一を考え、密偵を落ち武者狩りの村に送り、活きのいい奴を探り出し、噂、情報を流し易いように準備しておいてくだされ。
重信はんは、本能寺の堀の確保、脱出後の信長はんの護衛とイエズス会に出向き渡航への段取りと誘導の詰をお願いしたい。
私は、各方面への根回し強化を受け持つ。それでは、早速、取り掛かっておくれ」
長七郎を除いて、閻魔会七人衆は、それぞれの役割に疾走した。
閻魔会が囲う忍びこと探偵は、金と武将たちの人脈で得た優秀な人材だった。しかし、その殆どが忍び里の掟を犯した者、雇い主の依頼に失態し職を失った者だった。行くあてを失くした者から才能のある者を見出し、再教育を施した。金銭で裏切られないように高額な報酬を与えた。
また閻魔会は、実際には存在が定かでない女の探偵も育て上げていた。彼女たちは、体を張って寝物語宜しく、男を誑かし情報を集めたり、企て通りに誘導することが主な任務だった。
「閻魔会」への裏切りは、死を意味する厳しい掟の中での従属だった。
「閻魔会」の考え方は、特殊だった。雇われる者、雇う者の壁を排除し、利益は成果を上げた者には惜しみなく与えた。厳しい規則でなく、雇われる者が自ずと雇い主に忠誠を誓うような組織作りに力を注いでいた。それは、従来の雇用関係で忠兵衛を始め、他の者も裏切りや命を脅かされる危険な目に会っていたからだ。
「絆」とは縛ることにあらず。敬い、奉仕する気持ちが、自然に生まれてこそ強き「絆」となる。と行き着いた物だった。だからこそ、信頼を裏切る見返りには、容赦のない仕打ちを下していたのだった。
「長七郎はんに頼みたいことは、秀吉様が光秀様を討ちにくる。その光秀を逃がすこと。その後、光秀を落ち武者狩りに掛けまする。光秀他界を確認次第、そこにいた野盗の全てを葬って欲しいのです。複雑な筋書きは、お任せ致します。
念を押しておきますが、首を撥ね、顔の皮を剥いで、身元が分からない、いや正しくは首実検が出来ないように始末して頂きたい。そう致せば、着衣・鎧などで、身元を確定することになるでしょうから。光秀様には生きていても、死んでいても、何かと遺恨を残すゆえ、闇に葬るのが一番。勿論、これは、二人だけの秘密ですよ。
もし、ばれれば、いの一番に私は、長七郎はんを疑う。その後は分かりますよね。それ程、重要な役割を長七郎はんに頼むのです、次期、頭目はあんさんに任せたい。それが私の願いです。心して、掛かってくだされ。長七郎はんも密偵も、強者揃いですから適任かと指名したのですから」
「分かりました。密偵の数も、最悪を考え、揃えましょう」
「お願いしましたよ」
「では早速、人選に取り掛かり、動きまする」
「宜しく、頼みましたよ」
長七郎が立ち去っと後、越後忠兵衛は、誰もいなくなった地下室の蝋燭の炎をぼんやりと見つめ、薄ら笑いを浮かべて吹き消した。これで、全ての手配は、終わった。
後は、仕上げと参りましょうか。暗室に忠兵衛の不気味な高笑いが響き渡っていた。
弘法も筆の誤り。河童の川流れ。猿も木から落ちる。出来る、やれるは、奢りの証。油断は大敵ですなぁ。知ってることが全てですか。そりゃぁ、勿体無い。知らない処にお宝が眠っているもんでっせ。脳の栄養素は足りてますか。それは好奇心です。旺盛ならば、油断している暇はありまへんでぇ。
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