第4話 3/05 陰膳据えて毒、喰らう。

渡る世間は鬼ばかり、と誰かが言ってやした。鬼ばかりならば、他に何もないってことで問題ないんじゃねぇですかねぇ。鬼と言っても色々御座います。仕事の鬼、戦の鬼、将棋の鬼。一生懸命、努力して強くなった。この鬼の怖さは違うんじゃねぇですかねぇ。見方を変えれば善にも悪にもなる。毒のようなもので御座いましょうか。さて、今宵は、どこのどなた様に、この毒を召し上げって頂きましょうか。

 

 光秀が苦難の出口を模索している頃、同じく、信長の増大する権力に脅威を感じ、密かに動き出していた堺商人の組織があった。彼らは、利権追求のため必然的に結束した運命共同体。彼らの存在は、誰もにも知られることはなかった。

 彼らとは別に、堺泉州の天王寺屋宗及が中心になっている商人たちの繋がりがあった。宗及たちは、武力より算術に理解を示していた羽柴秀吉を露骨に贔屓していた。

 人知れず動き出した組織は、表では天王寺屋宗及たちと共に行動しつつ、裏ではそれに反発する少数精鋭の部隊と言うべきものを着々と作り上げていた。


 薩摩・種子島などを経由して、オランダと交易していたお陰で鉄砲伝来をいち早く知ることができた。商魂逞しい堺商人は、鉄砲を直様、手に入れた。

 鉄砲は、高い技術を持っていた堺職人たちによって丁寧に分解され、細部に渡り仕組みを研究し尽くされた。

 職人たちは、仕組みを理解すると幾度もの失敗を重ね苦労の末、見よう見真似で鉄砲を完成させたのです。

 さらに商売へと繋げるため、部品の規格を定め組み立てることにより、大量生産にも漕ぎ着けたので御座います。

 

 金は、力なり。真っ当な商売に飽き足らず、裏で蠢く堺商人たちは、鉄砲の取引と信長の後ろ盾を得て、諸大名を相手に多大な利益を得ていたのです。商人の中には、密かに諸大名の弱みを握り、信長の後ろ盾を誇張し、諸大名たちを手玉に取る者もいた。挙句の果てには、藩政にも口出しするようになり、藩の特産物の独占販売権の取得や、交易商品の押し売りなどが、日常茶飯事となっていたので御座います。


 珍しい物が手に入ればせっせと信長に献上し、御機嫌伺い。諸大名や異人との交流で得た面白い話を手土産に信長との親交を深めていったのです。その裏では、武家の者であっても、薬殺、事故に見せかけた殺害も。邪魔者は、闇から闇に葬ることを厭わない冷酷無比な組織だったので御座います。


 当然、恨みを買い、命を狙われることも一度や二度ではなかった。「おちおち、お天道様は拝めませんなぁ」と、個別で動く負担・危険性を軽減させるために群れを成し、有利性を求めて、組織を形成したのです。


 金の力と情報力で有能な人材を確保し、育成も行っていた。それは何時しか、少数精鋭の部隊に匹敵する、いや、それ以上の能力を手に入れていたので御座います。

 人材の多くは、伊賀や甲賀の里の出身者が多かった。彼らは、何らかの失態や裏切りにあい、忍びを足抜けし、帰る場所を失った者たちだった。

 組織は、貧しい里への援助、雇用先の斡旋を行っていた。その縁もあって、ある勢力を拡大している武将の側近とも深い繋がりを持つようになったので御座います。


 諸大名たちはその組織を「閻魔会」と称して、その中心人物を「闇将軍」と皮肉を込めて呼び、恐れていた。その謎の人物こそ、越後忠兵衛と言う男だった。


 忠兵衛は、窮地に立たされていた。密偵の報告で織田信長が、鉄砲製造・販売の権利を狙っているという情報を得ていたので御座います。信長が本気になれば、権力と武力で、一機に奪い取られることは、陽を見るより明らかだった。


 忠兵衛は、闇の会を緊急召集した。

 そこは、白い西洋風の館だった。舶来品で彩られた部屋に、黒檀のテーブル。その上にテーブルクロスが敷かれ、赤ワインが注がれたグラスが、七つ並んでいた。


(忠兵衛)

 「本日、集まってもらったのは他でもない。あの信長はんのことだす」

(小次郎)

 「聞いております、鉄砲の取得利益を狙っている件ですな」

(忠兵衛)

 「そうだ」

(蔵之介)

 「私の密偵からも、それは濃厚なことかと」

(佐助)

 「わてもそう、報告を受けてますわ。それも、そう遠くないとね」

(忠兵衛)

 「やはりな、それぞれの密偵が、色んな見立てから得たものだ、間違はなかろう」

(新右衛門)

 「あのお方は、金では動きまへんから、ほんま厄介ですなぁ」

(重信)

 「脅しの材料を調べたんですが、あきまへん、どれもこれも使えまへんわ」

(長七郎)

 「人質でも取れるか、と調べてみたんですが、我が身大事の人や、効果あらしまへんわ。弱みも見当たりまへん、にっちもさっちもですなぁ」

(重信)

 「一層のこと、あの世にでも逝ってもらいまひょか、その方が楽でっせ」

 一同は一瞬氷ついたが、冗談として、薄笑いが起きた。


(小次郎)

 「忠兵衛殿、何か策でも。で、なければ本日の会は、何事で御座います?」

(忠兵衛)

 「察しの通り、策は…ありますぞ」

(佐助)

 「策でっか…どないなもんだす」

(忠兵衛)

 「そう、焦りなさんな。その策には、色んなものが絡んでおりましてな、ちょいと根回しに手古摺っておりますわ」

(長七郎)

 「根回しでっか、何か手伝いまひょか」

(忠兵衛)

 「私の策は、可成込み入っておりましてな、綱渡りの危なっかしさも伴いますよって、結果がでましたら報告さしてもらいますわ。出来たら、もっと簡単にちょちょちょいと片付けとうおますわ。簡単な方法があったら教えて欲しいもんですわ、あの暴君、信長を黙らせる手立てをね」

 一同は無言で、忠兵衛の方を凝視していた。その沈黙が、険しさを物語っていた。

 越後忠兵衛は、重い口を開いた。

(忠兵衛)

 「気まぐれな信長はんにも、困ったものです。私たちを、困らせるなんて。許せませんなぁ。そんな悪戯っ子には、ちゃんとお灸を据えないと、いけまへんなぁ」

(佐助)

 「まさか、暗殺でっか…」


 一同は、冷酷無比、沈着冷静な忠兵衛の発言だけに凍りついたので御座います。


(重信)

 「本気でっか。そんなことをしてみなはれ、仇討とやらで、厄介な輩に命を狙われまっせ、お~怖」

(小次郎)

 「忠兵衛はん。その顔は、本気でんなぁ。それで、どうなさると…」

(忠兵衛)

 「茶人の今井崇久と千利休、それとイエズス会の宣教師を取り組みましてね」

(新右衛門)

 「ほう、それで、どうしやはりまんだす」

(忠兵衛)

 「意外と簡単でしたよ。崇久と利休には利権確保でしょ。宣教師には、キリスト教徒になるのを拒む信長は邪魔でしょうから、この国から消しちゃいましょうかって、囁いただけですけどね。これが、これが思いのほか受け入れられましてね、ちょっと、私も拍子抜けしているんですよ、く・く・く・く」

(蔵之介)

 「それで信長はんを、どうしやはるんでっか」

(忠兵衛)

 「まぁ、それはまたのお楽しみと言うことでご勘弁を。それにしても、異国の面白い品物をあれやこれや、買い与えて、えらい出費ですわ。幾らかは、皆さんにも負担して貰いますよ。上手くいけばね」

(蔵之介)

 「それは上手くいけば、安い買い物でおますさかい、安生差してもらいます」

(忠兵衛)

 「信長はんは、子供みたいな御仁やさかい。おもちゃを与えておけば、宜しおす。く・く・く・く」

(重信)

 「どうなされましたんや…」


 忠兵衛は、思い出し笑いを浮かべていた。


(忠兵衛)

 「いやね、こないだ、オランダのおなごが身に付けるパンティとガードルとやらを手土産に持って言ったんですがね…く・く・く・く、それが、甚く気に入られたようで、その場で身に付けられましてね。く・く・く・く、おなごが身に付ける物だと言ったのにですよ。お陰はんで見たくもない変わり者を見せられましたよ。それが、面白うて、面白うて、笑いを堪えるのにひと苦労させられたのを思い出したもんでね」

(小次郎)

 「ほんに、信長はんは、変わり者で御座いますなぁ」


 一同は、その光景を想い浮かべ、小腹を抱えて笑った。


(忠兵衛)

 「それで、よせばいいのに、絵師を呼んで、裾を捲ったみっともない格好を描かせて、満足気にその絵を眺めては、はしゃいで踊るは、歌うはで上機嫌でね、異国に行けば、もっともっと、信長様の知らない物や事柄がありますよって、行かはったら宜しいのにって言ったら、そうかそうか、行ってみたいのうって」

(佐助)

 「それで忠兵衛どん、どうなさるつもりで」

(忠兵衛)

 「こんなええ機会を逃したら、商売なんか出来まへんがな。行きなはれ、行きなはれって、散々煽ってやりましたわ」

(新右衛門)

 「それでそれで」


 忠兵衛の話を噺家の語り部のように、一同興味津々期待を込めて聞き入っていた。


(忠兵衛)

 「そしたら、本人も満更ではないとういご様子、私には、そう見えましたな。ひと段落して信長はんが縁側に出て、空を見上げてため息をつかれたんですよ。ほう、溜息ですか、悩み事があるなら聞かせて貰いますよってて言ったら、するとね…」


…忠兵衛と信長と打合せの場面が思い起こされていた…


 「のう、忠兵衛、わしは正直疲れた。いつも自分を脅かす者の不安に晒される。いつもじゃ。秀吉にせよ、光秀にせよ、家康にせよ。勢力を強める度に、頼もしい家臣というよりは、いつ、わしの首を討ちに来るかという疑いの目で見てしまう。天下取りはすぐそこにある。しかし、その後に何がある、天皇か…。逆らう者があれば、討つ、それだけではないか、つまらん、実に、つまらん。先が見えているのは。手にするまでは、面白かった。手が届くと分かってからは、つまらんのじゃ、何もかもがな、分かるか、忠兵衛」


 目新しい物を前に充分に愉しんだ信長は、越後忠兵衛に本音を漏らし始めた。


 「分かりますとも、信長様とは比べてはいけまへんが私も財を築いて、遊びという遊びを金に糸目をつけず、やってきました。ここに来て、遊び尽くしたというか、熱いものが込み上げてきまへん。歳は取りたくありまへんなぁ。信長様はまだ、若おます、やり直しが効きますさかい、宜しおますな」

 「やり直すか…それも良いかも知れんな」

 「そうなさいまし、幾ら金があっても若さは買えまへんさかいな」

 「そう簡単に言うな。もし、わしが…わしのわがままで、居なくなれば、落ち着きかけている世相がまた乱れる、多くの者の命が、土の肥やしになるではないか」

 「どうでしゃろ、信長様より長く生きた愚か者の意見として聞いて貰えまへんか」

 「何だ、遠慮はいらん、言うてみぃ」

 「言うたはええが、無礼者はなしですよ、宜しおますか」

 「分かった、言うてみぃ」

 「ほな、遠慮なく。信長はん、死になはれ」


  忠兵衛は、さり気なく信長を親しく呼ぶことによって、対等の位置取りを演出してみせた。それを見過ごせば、話に乗ってくる、引っかかれば次の手立てを用意し、

注意深く、信長の出方を見守っていた。


 「なんと、わしに死ねと…えぇーい、そこに直れ、先に叩き切ってやるわ」


 越後忠兵衛は、微動だりせず、信長を睨みつけた。

 「ほら、怒った。まぁまぁ、落ち着きなはれ、まぁまぁ」

 「これが、落ち着いておられるか」

 「ほな、聞きますが、先の見えたこの世に信長様のやりたいことを見つけ出す、ほかの術はおありでっか」

 「わしが死んでは、やりたいことも何もあるか」

 「誰が、ほんまに死んでくれなんて、本人を前に言いますかいな。私は、そんな命知らずやおまへんで。私とて商人の端くれ、そんな命の安売りは勧めまへん」

 「本当には死なない…とは、どう言うことか」

 「ほれ、それどすがな。信長様がどこかの糞大名に戦で負けた、これは、信長様の功績に大きな傷を付けるし、負けず嫌いのあんさんには、不向きで御座います。

 かと言って、海外に行けば、行ったで、国外逃亡や仏教徒からは、ほら撥が当たっただの、隠れキリシタンなどと遣うされる。残った織田家の方にも、どんな非難が浴びせられ、窮地に追い込まれるやも知れまへん」

 「四面楚歌、八方塞がりではないか」

 「そこで、ちょいと天下の大芝居を打ってみてはと」

 「天下の大芝居とな」

 「そうでおます、勿論、主役は信長様で御座います。明智光秀様、羽柴秀吉様、徳川家康様ら重臣さんたちにも、一泡も、ふた泡も、く・く・く、これは失礼致しました、吹かせて貰うおと思うております。それ程、大掛かりにしませんと、面白くおまへん。同じやるなら、大衆演劇のひとつにもなって、世間があっと驚く位のことをしまへんとな。世間が騒げば騒ぐほど、噂や嘘が入り交じり、真相は闇の中に。人の口には、流石に私でも、戸を建てられまへんですがな。それに、出しゃばった奴が、重箱の隅でもほじくり返す、なんてなったら、折角の大一番も、何処へゆくやら、たまったもんじゃありゃしまへん。しっかり筋書きを用立てますよって。どうだす、天下の大芝居、面白おまへんか」

 「して、その天下の大芝居とやらは、どのようなものだ」

 「おっ、興味をお持ちくださったか、では、この越後忠兵衛の書き下ろした、筋書きをとくとお聞きあれー、トトントントン」

 「調子に乗るでない、能書きは良い、早う話せ」

 「これは、失礼致しました」


 忠兵衛は、図に乗ったことを反省し、深々と頭を畳につけた。


 「さぁ、早う、早う、話してみよ、さぁ、早う」

 「そう、焦らさないでくだされ、これでも、下準備にどれ程の時と金を使ったか。まぁ、それは、こっちの問題で信長様と関係おまへんけどね…」

 忠兵衛は、一瞬、締まった、と思った。信長の承諾なく、下準備を進めていることを悟られたのでは、と思ったからです。忠兵衛の用意した筋書きは、信長の為を思ってと装って他の目的があることを。


 「下準備、とは何か」

 「嫌ですよ、信長様。芝居を書く時、色々と下調べをしないといけまへんがな。そうせんと、絵に描いた餅に成り兼ねませんがな、そうならないための下調べのことですよって」

 「おお、そうか」


 その場をやり過ごし、ほっとした忠兵衛は、意図的に口調を変えた。

 

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