第27話 それぞれの思惑
イペルギアに向かったオルトたちが帰ってこないことに最初に気付いたのはサイトだった。覇獣によるゼクシアの襲撃から数日後、次の襲撃を予想しての改修が始まっている。
フーロに無理をさせてしまって悪いとは思いつつも、サイトは新たな人員の確保が急務だと考えていた。ようやくゼクシアだけでも食料事情が解決しそうになってきたのである。
「探索班が狩ってきた獲物がそれなりの量あるし、湖での漁も軌道に乗ってきたって印象だな」
ゼクシアの料理番でもあり食料の事を一任しているのはルードだった。彼がゼクシアにやってきてからというもの、ゼクシアの食糧事情は急速に改善されていた。それでも穀物を始めとしてイペルギアから輸送しなければならないものも多い。
すでに百人以上が生活する村としてゼクシアは機能していた。それだけフロンティアへと逃げてくる人たちが多いという事もある。ゆくゆくはこれを町の規模とし、城砦のようにしたいとサイトは考えている。
「食料を輸送に頼らなくても良くなったとしても、輸送は継続するんだろ?」
「ああ、それに人員の補充は継続する」
「早く孫が見たいもんだ」
急に何を言い出すのかとサイトはうろたえた。ルードは娘のセリアの相手としてサイトならばと思っている。皆の代表であるサイトを認めていないはずがなかった。だが、今のサイトは結婚どころではないと思っている。逆に周囲の大人たちはサイトたちが率先してやるべきだと思っていた。
そのうちゼクシアだけではなく、この集団の中でも子供を産むものが出てくると思われた。少しずつ女性の数も増えてきている。ほとんどが若い女性であり、これから母となっていくだろう。子育てに必要な物資というのも、イペルギアから輸送してこなければならない。
「オルトたちはまだか」
「捜索班を出すのか?」
「いや、そんな余裕はない」
話題を変えるようにつぶやいた言葉は、サイトの胸に影を降ろす。先日の覇獣の襲撃からまだ数日しかたっていないのである。あの覇獣が東へ向かった可能性だってあった。ここはフロンティアなのである。覇獣以外にも危険は有り余るほどにあった。
「巨突牛の狩猟と調理がうまくいけば、少しは余裕が生まれるかもしれない」
「調理ね、頑張ってみるよ。ただ、あれはどうしても肉質が硬すぎてな」
「俺は食えれば贅沢は言わないが、そうもいかんからな」
「ああ、分かってるじゃないか。
若いとはいえ、すでに修羅場を何度もくぐったサイトである。それがどのようなものかくらいは理解していた。
「とにかく、全てはオルトたちが帰ってきてからだ。人手が足りなさすぎる」
すでにゼクシアができてから数か月は経とうとしていた。このフロンティアの奥地に村を作ると決めてから一年以上が経過している。その間に様々なことがあったが、ようやくここまできた。もう少しすれば、畑からの収穫も見込めるだろう。それを徐々に広げていく労働力も必要である。
「覇獣が来ても壊れないくらいの城壁が必要だな」
そんなものは作れない。それはフロンティアの常識だったが、サイトならばやり遂げるだろうとルードは思うことにした。
***
「あれからオルド様はあまり話さなくなりましたね」
「覇獣の被害というものを直接目にしたからか、それとも……」
ケイオスはオルドやヘイロとともにイペルギアへと戻った。
あれより西へと進む気がしなかったのもそうであるが、オオカミの牙のペンダントをした男が息を引き取り、その事をフーロに伝えなければならなくなったというのも事実だった。やはり、どうしてもあの地域から離れると安心感とそれに伴う罪悪感がある。
なぜかオルドは男のオオカミの牙のペンダントを持っていった。男の形見であるはずだが、オルドには何も関わり合いのないはずの男である。それでも何か思うところでもあったのだろうかとケイオスは納得まではしないもののそれ以上疑問に思うことはなかった。
「オルド様があのようになるというのは予想外でしたが、フーロってやつと開拓村の関係が分かりそうなんでしょう?」
「ああ。これから言って来ようと思う。あのペンダントを見せようと思っていたがオルド様が持って行ってしまわれたのでな。他に信じてもらえるような形見はないが……」
おそらくは信じてもらえる。死の間際に発した言葉が真実ではないとは思えない。ならば、ボスという人物はフーロにとっても非常に重要な人であり、ゼクシアという地名がどこかは分からないがフーロならば何かしらの反応を見せるはずだとケイオスは確信している。
「さっさと覇獣の情報を手に入れて、王都に帰還したいもんですね。王都に帰ればオルド様も元気になるでしょうし」
「ああ、そうだな……」
「あっ、ケイオスさんは息子さんのこともありましたね。すいません」
気遣いはよい、とケイオスは言う。そもそもサイトがイペルギアにいるならばすぐに見つかるはずなのである。開拓村にまで出てしまっているならば、何かしら目的が、それも王都へと帰ってこられないような理由があるに違いない。
「それよりも、頼みがある……」
***
「なんと……」
ケイオスはフーロの店へと行くと、概要を語った。フーロの店の関係者が覇獣に襲撃され、一人を助け出したが、結局その男も死んでしまったというと、フーロは悲痛な顔を隠そうともしなかった。
「唯一生き残った人物に心当たりはないか? 胸にオオカミの牙のペンダントをさげた……」
「オルトだ……それで、彼はなんと? 何かを託しませんでしたか?」
「オルト?」
違和感があった。フーロはたしかにそのオルトという男の死を悲しんでいるが、それ以上に何かに焦っているのではないか。さらに、オルトという名前。
「手紙を、と」
ケイオスは慎重に言葉を紡ぐ。目はフーロから離すつもりはなかった。
「それで、その手紙は……」
「残念ながら襲撃現場に置いてきてしまった。それに、雨が降っていたので読めなくなっていると思う」
「そうでしたか……」
うまく隠しているが、ケイオスは確信していた。フーロは明らかに何かに安堵した。それはおそらくは手紙の内容だとは思うが、そうではないかもしれない。
さらに慎重に、言葉を紡ぐ。
「手紙が読めなくなったことを伝えると、彼は貴方の名前を出した」
「ああ、それで」
先程の安堵を隠すためかフーロの目からあえて冷静さが感じられた。それがケイオスにとって逆に焦りに見える。
これほどの商人がこれほどにまでうろたえるなんて、オルトという男は何をしようとしていたのだろうか。そしてその手紙の内容というのは。
「ゼクシアというのはどこの事だろうか」
おそらくは、ゼクシアに関しては何も情報は引き出せない。ケイオスはそう思っていたが、他の何かに賭けることにした。それにこの男から言葉という形で情報が引き出せるなどとは思ってもいない。
「ゼクシア……ですか」
「この辺りでは聞かない名前だ。オルト殿が言った様子では土地の名前だと思う」
「……」
フーロは何も話さない。無視を決め込んだわけでもなく、じっとケイオスの目を見続けている。
「そこに、ボスがいる。そうだな?」
「商売の秘密が絡みます。これ以上は何も言うことができません」
あえて嘘をつかないという選択肢をフーロは取ったようだった。言えないというのを肯定とも否定とも取ってよい。こういう態度に出られるとこれ以上の情報は手に入らないことをケイオスは衛兵の経験上知っていた。しかし、その先に覇獣狩りがいるという予感は十分にあった。
「まあいい。用事はそれだけだ。商売の邪魔をするつもりはない」
「ありがとうございました。この御恩はいずれ」
「恩に感じてくれるのならばサイトの情報が入ればすぐにでも教えてほしい」
「分かりました。必……ず……」
ケイオスはフーロの答えの途中で立ち上がる。最後まで聞く必要はないと思ったからだった。しかし、フーロが途中で言いよどんだのを聞いてもう一度振り返った。
「どうした?」
「いえ……ところで、そのサイトさんとのご関係がおありでしょうか?」
立ち上がった際の後ろ姿。ケイオスを見てつい聞いてしまった言葉をフーロは後悔し、それはケイオスから見てもありありと分かる表情をしてしまっていた。
「サイトは息子なんだ」
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