第26話 オオカミの牙のペンダント

 ケイオスがいきさつを記載した手紙をイペルギアへと送ると、オルドはこの宿場でけが人を看ているようにと指示をしてきた。それまでの資金は十分ある。そして後日、オルドとヘイロも覇獣の襲撃現場を確認しにここまで来るという。

 あまりにも危険であるためにそれはやめておいたほうがいいという意見を書いた返事を送ったが、おそらくオルドはその忠告を聞くことはなくここに来てしまうのだろう。しかし、ケイオスがあのけが人を担ぎこんでからはこの周辺で覇獣の目撃情報はなくなっていた。

 だが、オルドたちが来る頃に覇獣が戻ってくるかもしれない。そんな不安を口にすると宿の主人は、それがずっと続いているのがフロンティアだと言った。



「ボス……ボスに……」

「何かを言いたいのか? 分かるか?」


 けが人はうめき声をあげるのみである。熱が引くことはなく、ずっと「ボス」という言葉を繰り返していた。かすかに聞こえる言葉を紡ぐと、何かをボスへと届けなければならないものがあるらしいことがようやく分かった。しかし、双角馬の馬車に積み込まれていたもののほとんどは街道で散乱し、大きなものであれば破壊されていたのは確実だった。回収に行こうにも、あの辺りに覇獣がいるかもしれないと思うと二の足を踏んだ。


「ボスという人物がどこにいるのかを知っていれば報せてやることもできるのだが」


 サイトとほとんど同じような年のけが人を看ていて、無念さをどうにかしてやりたかったが、ケイオスと宿場の主人たちの看病にもかかわらずけが人は衰弱していく一方だった。


「熱が引けば、話すこともできそうなんだ」

「できることをしましょう」


 包帯を取り換え清潔なものにし、作ってもらったスープを飲ませる。熱に対しては額の湿らせた布を取り換えることしかできない。その額も覇獣に大きくえぐられ、両目は完全につかいものにならなくなっていた。飲ませたスープも吐くことが多かった。

 左腕の噛み千切られた周辺は赤く腫れている。おそらくはここから菌が入り込んだのだろうが、一日に一度、ケイオスが体をおさえつけた状態で宿の主人に洗ってもらう以外にできることはなかった。日に日に、嫌な臭いがしてくるのが分かった。


「あんた、医学の知識があるんかね?」

「いえ、王都で衛兵をしていたことがありまして、傷の処置は訓練などでやりますから」

「どうりで、手際がいい」


 数日間、宿にいるだけでケイオスは宿の主人とずいぶんと仲良くなった。ケイオスがある程度の資金を持っていたというのも理由ではあるが、見ず知らずのけが人に対してここまで献身的な看護ができるというのも宿の主人にとっては好意的に映ったのだろう。

 だが、ケイオスも専門的な知識があるわけではない。とにかく沸騰させた水を冷ましてから傷口を洗い続けることしかできなかった。


「それにしても、彼の名前すら知らないんだな……」

「フロンティアでは、助け合わなければ生きていけないんだよ」




 ***




 けが人の目が覚めたのはそれから二日後だった。


「お、俺は……」

「目が覚めたか。残念だが、目はえぐられていてもう見ることはできないだろう」

「は、覇獣が……」


 熱が引いたわけではない。これは彼の最後の生命力を燃やしてでも伝えたいことがあるに違いないとケイオスは漠然と感じ取った。 


「何か、伝えておきたいことはないか?」

「……手紙は、手紙はどうなった?……手紙を、……ゼクシアに」

「残念だが荷物はない。手紙があったとしても昨日の雨で読めなくなっているだろう」

「イ、イペルギアに……フーロという商人がいる。ボスに……申し訳ないと……伝えて欲しいと……」


 けが人はそういうと意識を失った。

 フーロとの繋がりがある。この男が何者であるのかは分からないが、「ボス」という人物とフーロの関係性は自分たちの追い求めているものではないかとケイオスの直感が疼く。ゼクシアという村の名前は知らなかった。この辺りの村の名前は一通り覚えたはずである。後で知っている人に聞かねばならない。


 彼はこのまま死んでいくだろう。彼の遺言を聞き、フーロに伝えるという使命ができた。「ボス」はゼクシアという場所にいるのかもしれない。しかし、その前にオルドたちを待とうとケイオスは思う。



 それから二日してオルドが到着した。


 もう、ほとんど意識のないけが人の胸にさげられたペンダントを手に取ると、オルドは自分の胸元からそっくり同じものを取り出して言った。


「まさか、……オルトか?」


 それはフロンティアに残してきた弟と同じ、オオカミの牙で作られたペンダントだった。

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