第25話 生存
覇獣の目撃があったとの知らせに宿場全体が静まり返っていた。これからフロンティアの奥地へ行くもの、イペルギアへと帰るもの、それぞれではあるが心境にはさほどの差はないだろう。
「そういえば」
行商人と思われる人物が言った。なんとかして話題を変えたかったのだろうとケイオスは思うことにした。
「息子さんの名前はなんて言うんだい? もしどこかで出会ったならばお父さんが探していたことを伝えておいてあげよう」
「ありがとうございます。息子の名前はサイトと言います」
サイトの名前を出した瞬間に、行商人の顔つきが変わったような気がした。この感触はどこかで感じたことがあるとケイオスは思う。それはどこだっただろうか。
「サイトか、名前だけじゃあ今のところは思い当たる人はいないねぇ。他に特徴とかはあるかい?」
「道具職人なんです。王都でもかなり腕のよい職人に弟子入りしてたんですが」
「道具職人……」
行商人はなにやら考え込み始めた。もしかするとサイトの事を思いだしたのかもしれないとケイオスが期待するまでもなく、すぐに行商人は首を振った。
「やっぱり知らないね。これから先に出会う事があれば、何と連絡すればいいかい?」
「ええ、普段は王都にいますし、王都には妻もいますのでそちらに連絡をと」
ケイオスが礼をいうと、行商人は先を急ぐといって立ち上がった。他にも仲間がいたようである。何人かの仲間とともに双角馬の馬車に乗り込むと、行商人たちはフロンティアの奥地へとむけて出ていった。
まだ、出発を急ぐような時間ではない。しかし、もしかすると彼らの目的地はかなり遠いのかもしれず、目的の村が一つではないのかもしれない。ぼんやりとそんなことを考えてながらケイオスは食事をとった。自分もそろそろ出発しよう。
行く先を決めていなかった。だからこそ、彼らの後を追うのも悪くないと思う。もし、本当にケイオスが行商人であれば他の場所に向かっただろうが、それが運命というものだったのかもしれない。
***
それは咆哮だった。
まぎれもなくケイオスが今まで聞いたことのある動物の中でもっとも大きなものである。
覇獣、それは直感に近かったが確信だった。
はっと顔を上げると、行き先の空に巨大な青い何かが飛んでいくのが見えた。こちらへ向かっているわけではないという事実にほっと胸をなでおろす。馬が恐慌状態にならないようになだめながらもケイオスはこれ以上進むべきか引き返すべきかを悩んだ。
先ほどの宿場からはそこまで距離が離れているわけではない。しかし悪路ということもあり、一度引き返すと日が暮れてしまうだろう。かと言って、覇獣がいるのが確実な方角へと向かうのもためらわれた。
時間が過ぎていく。最終的にケイオスは進むことを決めた。ケイオスの中ではフロンティアの奥地にサイトがいるかどうかを確認するという使命が出来上がっていた。
馬車をゆっくり進める。すでに覇獣は去ったあとであったが、いつ帰ってくるかもわからない。最悪は馬車を捨ててでも逃げ延びられるようにケイオスは空を見上げながら進んだ。
少し行くとそれはあった。馬車に残骸である。周囲には運んでいた物資と思われるものが散乱し、おそらくは双角馬であったとおもわれる生物の死骸は無残に食い荒らされていた。
双角馬、それはさきほどケイオスが言葉を交わした行商人が乗り込んでいった馬車ではなかったか。
「生存者は……」
絶望的である。よくみると道端のいたるところに血の痕があった。行商人たちの人数は少なくても四人であったが、それ以上の人から流された血が周囲には散らばっているのではないか。
明らかに死体となっている人間だったものを確認し、それでも生存者はいないかとケイオスは馬車の残骸をどかすことにした。
「……うぅ……」
「誰かいるのか!? 生きているか!?」
うめき声がする。誰かが馬車に下敷きになっているようだった。周囲にも血だまりはみられるが、他の場所ほどではない。まだ助かる可能性に賭けて、ケイオスは近寄った。
「おい! いま助けてやるぞ!」
「うぅ……げほっ」
近寄ったケイオスは唖然とした。それは到底助けることなどできなさそうに見えたからだった。馬車の下敷きにされた男は左腕を食いちぎられていた。さらにはその顔面には大きな傷がついており、両目は完全にえぐれていた。
すぐさま馬車をどかす。馬車が重りとなって左腕を圧迫していたのだろうか。どかした後から出血がひどくなった。
たまたま、行商人になりすますために酒と布は少量であるが馬車に積んであった。ケイオスはすぐに傷口に酒を振りかけると布で縛った。なんとか止血だけはできたようだったが、すぐにでも治療ができる場所に運び込まなければならない。
「おい、あんた! 仲間は何人だった?」
「……よ、四人だ」
後の三人は死体として見つけてあった。他に仲間がいないのであれば生存者はもういないだろう。おそらくは宿場で言葉を交わしたあの行商人もあの無残な血のたまりの中で横たわっている中の一人のはずだ。
この先に村があるかどうかは知らない。であれば先ほどの宿場に戻るしかない。ケイオスはそう判断すると馬車の荷台にその男を運び、馬車を走らせた。
「間に合え!」
すでには近くに覇獣がいることなど忘れてしまっていた。あるのは、この地にサイトがいるということ、サイトがいつ同じような目にあうかもしれないという不安、そして、なんとかしなければならないという思いだけだった。
馬車に荷台で横たわる男の首元にはオオカミの牙で作られたペンダントがさげられていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます