第24話 理解と鳥肌

 ケイオスはイペルギアだけではなく周辺の調査が必要だと感じていた。それは経験則からくるものでもあったが、得られる情報に不可解な偏りのようなものを感じたのが理由だった。この町は何かを隠している。単なる直感ではあったが、確信があった。


「四、五日ほど帰ってこないかもしれません」

「どこまで行くつもりだ? フロンティアの奥地にまでいくと覇獣が出ると言われている」

「さすがにそこまでは行くつもりはありませんが、イペルギアにいるだけでは分からないことがあると思うのです」


 フーロという商人の周辺が怪しいと思ったが調査をしたところでできることは限られていた。それよりも大局を知るためにもここいら周辺の物流がどのくらいなのかを見てきた方がいい。違和感が仕事をしない場所で感覚を研ぎ澄ませたところで、何を感じることもできなかった。

 オルドの調査を成功させるためにも、イペルギア周辺の「空気」を感じ取らねばならない。


「まずは開拓村をいくつか回ります。行商人のふりをすれば怪しまれることも少ないでしょう。それに別に悪い事をしているわけではないですからね」


 実際に行商をすればいい。そうすればより実状は分かるだろう。ケイオスは開拓村に持っていけば売れるものを買いためると、馬車を借りた。ヘイロはオルドの傍にいる必要がある。現地の人間だけにオルドを任せるわけにはいかないと、ケイオスは一人でフロンティアへと向かった。


「こっちは初めてかい?」


 宿場になっているところが数か所あった。そのうちの一つでたまたま声をかけられたケイオスは、微笑をかえすと言った。相手は行商人のようだ。同業者だと思って声をかけてきたのだろう。


「ええ、仕事の他に、息子を探しているのですよ」


 嘘ではない。サイトがこの辺りに住んでいるのは間違いないのだ。しかし、サイトがイペルギアにいないのではないかと思った時には不安があった。あの子はもしかしたらフロンティアの奥地へと向かったのではないだろうか。

 そこまで正義感の塊のような男ではない。どちらかというと、親方の言う事を忠実に聞く反面、深く考えるようなことが苦手な少年だったはずだった。


 このフロンティアの地が息子を変えたということはあり得る。肌にびりびりと感じ取れるほどの命の安さが、そしてそれ故に助け合って生きている執念がケイオスには不安にしか感じ取れなかった。サイトはここで何を見て、何を感じたのだろうか。


「息子さんですか、この辺りには結構新しい人が来ますからねえ」

「もう二年以上、この辺りで暮らしているはずなんですよ」

「そうですか。心配ですね」

「ええ、覇獣が出るこの地でどうやって生きているのか」


 口に出すとより心配になった。覇獣が、出るのだ。王都では素材を加工したことはあっても生きた覇獣に出会うなんてことはないだろう。しかし、ここではそれがあり得る。


 覇獣。それはこの国に住む者にとって、なくてはならない存在でもあり、恐怖の対象でもあった。王都での生活が長いケイオスにとって、覇獣の素材というのはよく目にするものである。自分で手に入れるなんてことはほとんどないが、国の主要な機関には覇獣の素材を用いてつくられた施設などもあり、特に船においては覇獣の素材なしには東方へ航海することすらできないと言われている。


 食い扶持を減らしながらも必死で息継ぎをしているこの国にとって、西方のフロンティアに覇獣がいるということも重要だった。


 ケイオスは理解している。覇獣がフロンティアでこの国からあぶれた人口を殺し続けているからこそ、この国は生きていることができるのだと。そして、その事実から目をそらし続けている。直視するのは自分でなくてはならない理由など、これっぽっちもないと。実際に直視したところでケイオスにできることは何一つなかった。


 もしかしたら、サイトはこの現実を知ったのかもしれない。そして、行動に移したのだとしたら。今頃、屍となって覇獣の腹の中にいる息子を想像して、ケイオスは鳥肌がたった。なんとしてもこの場にサイトがいるのであれば連れ戻さなければならない。王都でささやかな幸せとともに生きる人生をサイトには用意したつもりだった。そのためにケイオスは必死で王都の衛兵になったのだ。


 オルドの調査のついでであったが、ケイオスはサイトの消息を確認するという事を誓った。ここまで近くに行くことなんてないのである。この機会を逃すと自分はまたしても王都の衛兵として、他の地域に行くことを許されなくなってしまう。サイトが、間違った道に進むのであれば正さなければならないし、その道が間違っていなかったとしても危険であるなら力づくでも連れ戻す意志が固まった。

 王都を出る時には息子に会えるのではないかという気楽な気持ちしかなかったのだ。フロンティアに来て、覇獣の存在を感じて、ケイオスは覚醒した。


「覇獣が出たらしい」


 朝食をとっていたケイオスの耳に、そんな報せが入ってきた。これから行く予定だった開拓村の方角である。覇獣の目撃情報、それがここフロンティアでは生死を分ける。さきほどからケイオスに話しかけてきてくれた行商人の顔つきも変わっていた。


「この数年は、この辺りで目撃はなかったのに……」


 覇獣の新たな生息域の変化。それが大量の死傷者を出す事だというのは、フロンティアでは常識だった。

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