第23話 代わり
「逃げた、のか……?」
「おぉ、追っ払った!」
「くそう、もうちょっとで仕留められたのにな!」
「さすが、バリスタ!」
ゼクシアの至る所から歓声が沸き起こった。
覇獣を初めて見た住民も多いのである。その圧倒的な迫力と威容に動くこともできない者もいた。だが、そんな覇獣はなす術もなくバリスタに貫かれ、北の空へと逃げていった。
「サイト! 馬鹿野郎、なんでお前が!」
見張り台を降りるとゼクスがやってきた。
陣頭指揮を執るゼクスは、自らが見張り台に登ることを自制し、一歩引いたところで指示を出していたのだった。そんな中、サイトは自ら見張り台に登り、バリスタを扱った。覇獣に狙われる可能性は恐ろしいほどに高かったに違いない。
「すまな……」
すべてを言い終わる前にゼクスの拳がサイトの顔面にめり込む。そのまま地面へと倒れ込むサイトをアーチャーがかばった。
「ゼクス様!」
「……」
「いや、いいんだアーチャー。俺が悪い」
口の中を切った。サイトは血混じりの唾をゆっくりと吐くとゼクスへと向き直った。周囲に人は少ない。ゼクスがサイトを殴ったのを見ていたのはごく少数だった。
「お前は! ここに住むどれだけの人間がお前に希望を託していると……」
「すまない、体が勝手に動いた」
ゼフとクリムゾンを討伐した約三年前であれば賞賛された行動だっただろう。だが、今はゼクシアをはじめとして百人以上の人間がサイトの想いに命を、希望を託していた。
周囲の歓声が近づいている。皆がサイトを褒め称えようとしている中、サイトは明らかに間違った行動をした事を痛感していた。
「もうしない」
「あ、当たり前だ」
焦りがサイトの中にあったのは確実だった。そして皆のことを完全に信じられなかったということも。周囲から歓声が近づき、サイトの顔面の腫れも気にせずにかけよるゼクシアの住民たちにもみくちゃにされながら、サイトの心は晴れなかった。
必死だった。体が勝手に動いたが、冷静になってみれば自分が行くべきではなかった。
「お前の代わりは、いないんだ」
じゃあ、ゼクスの代わりはいるのかよ。サイトのつぶやきは群衆にかき消されてゼクスにまでは届かない。
覇獣が暴れた周囲には抜覇毛がかなり残っていたようだった。それを一つずつ丁寧に採取すると、ゼクシアはまた見張り塔の建設へと戻った。
今回の襲撃で、一つのバリスタでも確実に当てることさえできれば覇獣に対抗することが可能であると証明されたわけである。
クリムゾンは急所に刺さった一本の矢で討伐できた。あれをもう一度やれと言われても無理だろうとサイトは想っている。仕留めるためには最低でも三本の矢を急所に当てる必要があるとサイトは考えていた。
網の射出は思った以上の効果を発揮したが、金属製の網はあっという間に覇獣にひきちぎられていた。ゼクシアの設備ではこれ以上の純度の高い金属を生成することはできない。それこそ王都にでもあるような大がかりな設備が必要で、それの建設には何ヶ月もの歳月と莫大な資産が必要となるだろう。
***
「探索班の意見は分からないでもない。だが、優秀な人材というのの確保は難しいのだ」
フーロは自宅でオルトたちと会っていた。前線とも言うべきフロンティアの未到達地で戦っているオルトたちの希望をどうにかして叶えてやりたいという思いはフーロにもある。だが、サイトの熱にあてられたゼクシアの人間とは違い、自分だけは冷静でいなければならないとフーロは思い続けていた。
「物資も人も全く足りていないんです」
「そんな事を言ったところで、サイトの存在がばれでもしたらどうするんだ」
最近になって騎士団が嗅ぎまわっているとフーロは主張した。双角馬の馬車を入手するのすらかなりの労力を要した。今は双角馬は開拓村からゼクシアの間だけを行き来させるべきかとすら考えている。明らかに開拓村には十分すぎる物資を送り続けているのだ。その先のゼクシアの存在を知らない者がいつ気づくか分からない。特にケイオスという人物にはかなり注意が必要だとフーロは考えていた。サイトを知っているのだ。
「できる限りの事はする。だが、簡単ではないと思っていてくれ」
「とにかく要望は伝えましたから」
「ああ、お前らも大変だというのは理解しているつもりだ。むしろ私だけこんなところで安全に暮らしているのを責めてくれたっていい」
「そんな、つもりはないです。あなたは必要な人物です」
「そう期待するよ。それよりもこれをボスに確実に届けてくれ。かなり重要な案件だ」
フーロは手紙を取り出した。中にはケイオスの事が書かれている。おそらくはサイトを知っている人物で、サイトがイペルギアにいると確信しているようだった。
「騎士団にボスのことがばれでもしたら大変なことになる」
覇獣を狩り、その素材を加工できる技術を持つ集団というのを国は放っておかない。そして覇獣を確実に狩ることのできる技術というのを奪いにくるはずだ。そこに流血がないはずがない。サイトができるかぎり王国から離れようとしているのはそれが理由だ。
「確実に、ボスに渡すんだ」
とりあえずは馬車に積めるだけの荷物を積んで、オルトはフロンティアの奥地へと戻ることにした。早くゼクシアに帰りたい。オルトは命の危険の少ないイペルギアにいることに、何故か罪悪感を感じるのだ。
それはちょうど、ゼクシアに覇獣の襲撃のあった日だった。
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