第22話 防衛線

 覇獣の目撃はそこから数日間はなかった。

 大急ぎでゼクシアの防衛設備が建設されていく。本当はもっと早めに作っておくべきだったとサイトはこぼしていたが、ゼクシアに住む誰もが今まではそれどころじゃなかった事を自覚していた。


「飛んでくる覇獣に対しては全方位を守るしかないからなぁ」


 ゼクシアがある丘をぐるっと囲むようにして作られていく防護柵を見て、あとどれだけの期間があればこれが完成するのかと頭を悩ませる。柵も必要ではあるが、バリスタを設置する塔がもっと必要だった。他にも覇獣の動きを止める罠を作らなければならないが、覇獣が襲ってくる方角が分からないために、これも全方位に設置しなければならない。


「網を打ち出せるものを作りたい」


 前回の覇獣討伐の際は地面に設置した罠に覇獣を誘い込んだ。しかしゼクシアの周囲は見通しのよい平原である。しかも丘の頂上に作った居住区に直接降りてくる可能性もあった。飛んでいる覇獣の翼を絡め取り、地面に落とす網を射出するというのがサイトの考えていた構想だった。これはバリスタの矢のように飛ばせばよいのではないか。


 突進を一時的に食い止める柵、網を射出する塔、そして仕留めるバリスタ。最低限でもこれだけのものが必要で、それの制作のために睡眠時間はかなり削っていた。ここにいるほぼ全員が必死で作業を行う。フーロにも人数を増やすようにと手紙を送っていたが、先日イペルギアにきた騎士団を警戒しているために簡単にはいきそうにもなかった。

 そうそううまく事が運ぶわけがないと思っているが、今ここでゼクシアが壊滅すればもはやそれまでである。開拓村の人数を減らしてしまうことにもなるが、非常事態ということで都合をつけてもらうしかない。

 

「バリスタで飛ばすか」


 網の先におもりをつけておいて、空中に打ち出された際に広がるようにする。中心部に矢をつけておけばバリスタで打ち出すことが可能になり、塔の上に二つの設備を置いておく必要はなくなる。罠で覇獣を絡め取った後に矢を装填すればよい。

 この罠を作るのに数日かかったが、サイトはなんとかやりきった。すでに抜覇毛はなくなっていたために、網は金属の針金を編み込んで作り上げた。そのために一度打ち出して広げてしまうとまたたたむのが大変ではある。


 それでも覇獣はこの網をやすやすと引きちぎってしまうだろう。足止めは数秒から数十秒というところではないだろうか。そのあいだにバリスタに矢を装填して打ち込む必要があった。その訓練も必要である。見張りは塔に二人ずつ、明らかに人数が足りていなかった。しかし、それでもやらなければ死ぬしかない。 




 ***




 獣の咆哮が聞こえた。

 鐘を鳴らすまでもない。ゼクシアにいたほぼ全員が北の空を見上げた。数秒おいて、見張り台に設置してあった鐘が鳴らされる。


「覇獣だ!」


 あきらかにこのゼクシアへと直線でちかづいている影を視認して、見張り役は鐘を鳴らし続けた。見つかっていると判断するにはむしろ遅いくらいである。

 それぞれの作業をやめ、全員が迎撃の体制に入るまでにどうしても時間がかかった。非戦闘員とでもいうべき女子供は食堂に集まることになっている。もし覇獣に襲われたら食堂の壁に意味はないのであるが。


「落ち着け、まずは網を射出する用意だ!」


 ゼクスの号令が聞こえた。いざ覇獣と戦うとなればサイトよりもゼクスが場を仕切る。指揮系統を完全なものにするために序列を決めたのはついこの前だった。ゼクスやサイトがやられてもアーチャーたちが順次引き継いで皆を指揮する。何かがあった場合には序列が上の者を探せと伝えてあった。



 覇獣が接近するのがその咆哮が再度聞こえたことで分かった。

 サイトは近くの見張り塔の一つに登った。最終的に完成してしまえばどの場所から襲ってきても二カ所の塔から覇獣を迎撃できるように組み合わせるつもりだったが、おそらくはこの塔からしか迎撃できないだろうとサイトは判断した。地上ではゼクスたちがクロスボウを設置し始めている。


 バリスタにまずは網が装着された。


「あれを!」


 見張りが指さした空にはすでに覇獣が見えていた。先ほどまでは点にしかみえなかったものが鮮やかな青の四足獣であるとはっきり分かる。過去の覇獣たちとの戦いの記憶がサイトの脳裏をかすめて、背中に汗が噴き出るのが分かった。


「引きつけて、よく狙え。この塔に向かってくるのならば網で絡めたとしても塔に激突する可能性があるからな」

「そ、その時は」

「覚悟を決めろ」


 自分よりもずいぶんと年上の見張り役に対してサイトはそう言うしかなかった。彼は覇獣との戦いは初めてのはずである。探索班でもなければ覇獣を見たこともないのが普通だった。


 塔に設置されたバリスタは二台、もう片方はゼクシアの中心部に降り立たれた場合に備えて反対側を向いている。むしろ中心部に降りてくれればすべての塔から編みを射出することが可能だった。だが、その場合には犠牲が出やすい。


「撃て」


 照準を合わせていたサイトは声を抑えて言った。引き金を握っていた見張り役が言われたことの意味を数秒考えてしまうほどであったが、その後網が射出される。

 空中で分解するように広がった網は覇獣の翼に絡みついた。

 すでにサイトは矢の装填に移っていた。何度も行った作業である。見張り台の下に撃墜するように落ちていく覇獣を照準でおいながら、サイトは叫んだ。


「撃てぇ!」


 今度はかなり大きな声だった。サイトが照準をずらしながらもバリスタからは矢が射出される。それは覇獣の中心からは逸れていたが、右前足に深々と刺さった。


『グアァァァァァァ!!』


 覇獣の咆哮が聞こえる。すでに見張り塔の根元の部分にまで突っ込んでいた覇獣の様子をみるには見張り塔から身を乗り出す必要があった。

 地上では設置されたクロスボウから一斉射撃が行われる。それらの矢を受けながら覇獣はもう一度咆哮した。


「くそっ、角度が悪い!」


 サイトは叫んだ。見張り塔の上のバリスタでは狙えない位置にある。そしてサイトたちが塔から降りるわけにもいかない位置だった。


 金属でできているはずの網がブチブチと切られる音があたりに響く。そしてクロスボウから撃たれる矢がやむことはない。他の塔に設置したバリスタは撃てないのかとサイトは周囲を見渡した。


『グアァァァァァァ!!』


 覇獣が再度咆哮した。網はもうほとんどが引きちぎられて四散してしまっている。クロスボウの矢は体表に傷をつけても貫いているものは一つもなかった。



 覇獣の動きが大きくなる。まずい。サイトは仕留め損なったと思った。



 だが、覇獣は右前足をぶんと振り、刺さって折れていたバリスタの矢を外すと飛び上がった。そして、北の空へと飛んでいく。


「に、逃げた・・・・・・のか?」


 サイトはバリスタに次の矢を装填していなかったことを後悔した。覇獣はあっという間に点となり、北の山の向こう側へと消えていった。

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