第21話 うろたえる

 トリフは見張り台に立っていた。それまではたくさんの小屋を作ることで忙しかったのだが、たまたま建築の仕事がほとんどなくなった。

 部下代わりに使っていた開拓村の若者のほとんどがサイトの工房へ手伝いとして行っている。トリフは自分で建築しておきながら、あの炉があるために暑い工房が苦手だった。そのために見張りの手伝いを申し出たのだ。サイトはよくもあんなところで仕事ができるものだと思う。金属の加工以外にも作業は多いはずなのに。


「トリフさん、そんなぼーっとしてたら覇獣を見逃しますよ」

「覇獣ねぇ、本当にここに覇獣が来るのかな」

「これだけフロンティアの奥に入っているんです。絶対に来ますよ」

「それにしてはもう数ヶ月、覇獣なんて見てないよ」

「もともと覇獣は見たら生きて帰れないような存在なんですがね」


 サイトたちの偉業というのがトリフにはいまいち理解できていないのかもしれない。死んだ覇獣すら見たことがないのだ。いつも加工された後の素材をみせびらかすやつらに混じっているだけである 

 頭蓋骨を見た時は本当にびびってしまったが、あれでも小ぶりな個体だとアーチャーが言っていたのを聞いて、その時だけは冷や汗が止まらなかった。それでも記憶は風化していくものだった。


「また来てもボスたちがなんとかしてくれるだろう」

「次は全滅するかもしれないって、いつもボスは言ってます」

「三匹も討伐した覇獣狩りだぜ」

「だからこそでしょう」


 一緒に見張りをしてくれているのはサイトと同じくらいに若い男だった。だからこそサイトを無条件で尊敬できるのだろう。トリフもサイトを尊敬していないわけではない。

 だが、ゼクスのように無条件でというと違う気がする。それは二歳とはいえ年下に負けたくないという気分なのかもしれなかったが、トリフ自身がそれをはっきりと理解しているわけではなかった。


「ゼクスさんは四頭も討伐したのか……」


 サイトとの時は三匹といい、ゼクスの時は四頭と言ったトリフにたいして共に見張りをしていた若者はむっとした。彼にとって、むしろ年齢が低いことでサイトの方が尊敬に値する人物だったのかもしれない。

 抗議の声をあげようとしたが、彼はそれ以上何も言えなくなった。彼が向いていた方角は山側だった。


「あ……あ……」

「あぁ? どうした?」


 かわりにうめき声と指で示すことで彼は役割を果たした。トリフが見たその先には、山の中腹のあたりを飛ぶだった。




 ***




「山側にもう一棟見張り台をつくって、バリスタを設置するか」

「いや、それよりも防護壁を作るべきだろう。丘の上とはいえ、いや、だからこそ侵入されたら大変なことになる」

「まだこちらに来ると決まったわけではない。気づかれてはいないんだ。覇獣がこちらに気づいていて襲わない理由がないからな」


 知らせを受けたゼクシアの一同は大混乱に陥った。トリフたちがみつけたそのはすぐに山の向こう側へと消えていったが、あれほどはっきりと見える大きな物体が空を飛ぶこと自体が覇獣の証明だったのである。

 とりあえず見張りを残してほぼ全員が食堂へ集合した。運良くこの日は探索班も早めに帰ってきていた。


「とにかく、今はゼクシアの拡張を一旦止めて、防衛の施設の建設に入るとしよう」


 サイトが最後にそう言った。どちらにせよ、覇獣が来るか来ないかは誰にも予想できないのだ。いつかは防衛設備も拡充するはずで、これを機会に覇獣ですら仕留められるほどの物を作り上げたいと言うと、特にゼクシアに来てから日の浅い者たちはほっとした顔をした。

 覇獣を討伐した時にいた覇追い屋は少数なのである。ほとんどは生きている覇獣を見たこともない者たちばかりで、その恐怖は身にすり込まれていた。


「山側ばかりを見てて湖側から来ました、では話にならない。見張りは今までどおり、いや一人増やして全方位をきちんと把握できるようにしよう」


 サイトの言葉は現場の人間を落ち着かせた。誰もがそれを的確だと認めたのである。ゼクスですら、他に付け加えることはないと言った。

「少しでも人手が欲しいな。騙すようで申し訳ないが、フーロに人を送ってもらうように言わなければならない」


 少し前にイペルギアで覇獣の素材を調べている騎士がいるという事で人数の補充が難しくなるという連絡が来たばかりだった。フーロにはフーロの事情があるというのは分かるが、今の状況で被害を出さずにゼクシアを守り切る自信はない。建設をいそがなければならない建物がかなりあった。それにバリスタの補充も急がなければならない。


「オルト、予定を早めてイペルギアへいく馬車に乗ってくれ」

「分かりました」

「突巨牛と一角尾獣の狩りは中断して、探索班は建設を手伝ってくれ。魚の漁はこのまま継続で」


 この事態が来ることがあらかじめ分かっていたかのようなサイトの指示に、他の人間はうなずくしかできない。実際、サイトはこの事態を予想していた。いつかは覇獣が目撃される。そして、こうやって相談すらできないかもしれないという最悪を考えていたからこそ、慌てることはほとんどなかった。




「サイト、なんか格好良かったよ」

「ちょっと、からかわないでくれ。俺はこれでもいっぱいいっぱいなんだ」


 セリアにそう言われて、サイトは初めてうろたえた。

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