第20話 無意識の
オルトは無意識のうちに胸のペンダントを触っていた。オオカミの牙でつくられたそれは幼少期からずっとオルトの胸にあり、幾度も取り付けてある紐を交換したものだった。
探索部隊は二つに増え、ゼクシアの周囲のくまなく歩いている。オルトはアーチャーが率いる部隊にいた。
「アーチャーさん、あの山には登らないんですか?」
ゼクシアの北西には常に頂上が雪に覆われた山がそびえていた。ベースキャンプから真西に見えていた山である。
現在はその麓の草原にいる。
マルスが突巨牛と命名された大型の獣の突進を杭盾でそらした事で落とし穴に誘導が成功したところだった。先ほどからマルスの勝利の咆哮がうるさい。
「まだサイトが行くなってよ」
「何か理由があるんですかね」
「単純に資源が増えたとしても今のゼクシアでは処理しきれないからだそうだ。それに嫌な感じのする山とかなんとか言ってたな」
「ボスの勘はあなどれないですからね」
「ああ、ボスとか勘とかいうとサイトは怒るけどな」
サイトはあの年齢ですでにゼクシアのリーダーとしてだけではなく工房の親方としての風格まで備わってきているとオルトは感じていた。村の中にはまだサイトのことを認められない人間もいる。しかし、それは少しずつ少なくなっているのは確かだった。
罠にはまった突巨牛の解体が始まっている。丸々持って帰るのはかなりきつい大きさではあるが、できるだけゼクシアに持ち帰りたい。食べない部分の内蔵などはせっかく掘った落とし穴があるのだからそこに埋めてしまおうという事になった。
「肝臓だとか、心臓は食べられるんですよね」
「ああ、できれば火を通せってルードが言ってたな。マルスなんかは生で食いたがるだろうが、止めろと言われている」
血抜きが終わったあと、内臓を解体した。心臓と肝臓は痛むのが早いためにこの場で食べることになったのだ。オルトは若干苦手ではあったが、マルスは大好物らしい。自分で持ってきたらしい調味料を配っている。
料理が始まっている間にマルスは輸送用のそりを作り上げていた。探索が始まった頃は体力不足が問題だったマルスであるが、ここ最近は重い杭盾を持ち運んでいても隊列から遅れることもない。
「ボスに聞いたんだよ、こうすればいいって」
その場に生えている木々でそりを作り上げるのも早かった。十分な強度がありそうであるし、引くにも押すにもやりやすそうだった。飲み込みが早く、力も強い。オルトは少しの劣等感を覚えるが、そんなマルスが仲間で良かったという想いも強い。
「このあたりは湿原にも近いから荷車が役に立たないですからね」
「ああ、なんとか解決せにゃならん問題の一つだな」
心臓と肝臓を切って串に刺しながらアーチャーがぼやいた。毎回こうやって多大な労力をかけて狩りをしていたのでは、いつまでたってもゼクシアの発展に貢献できないのではないかと思っているらしかった。たしかにこの探索班は総勢で六名であり、いくら突巨牛が大きいからと言っても全員分をまかなえるほどの量を捕れるわけではない。
ゼクシアではルードの食堂が開いていた。中々の大きさの建物に加えて今のところゼクシアに住む全員が入ったとしても食事を用意できるだけの厨房ができているのだという。穀物や塩など、まだまだ運び込まなければない物は多かったが、湖で魚を獲ったり丘の下に作った畑で作物を採る事もできるようになっている。ルードの家族三人での作業というのは辛いものがあるようであるが、それでも百人を越える人数の食事を滞りなく作っているというのは凄いことだとオルトは思っていた。
それに昼飯などを抜く癖のあるサイトが毎日きちんと食事をしに通っているというのを聞いて微笑ましくなる。なんだかんだ言いつつ、サイトは皆に慕われており、セリアと結びついて欲しいと皆が想っていた。
「麦の収穫はだいぶあとになるだろう」
「そこまで大きな畑ができているわけじゃないですしね」
「いつかは山の方にまで探索を伸ばさなきゃならんのは、サイトだって分かってるさ」
探索というよりも開墾に近かった。それぞれ少しずつ差はあれど、自分たちの領地が文字通り増えていくのに高揚しなかった者はいなかった。
ただ、サイトだけを除いて。
「間に合わない気がする」
たまにそう一人つぶやく。ゼクスが何に間に合わないかを聞いてもはぐらかすだけだ。ただ、その一つは覇獣の襲撃だという。いつ来るか分からない。しかし、その一つはという言葉が皆の心に差し込んだのは仕方がなかった。覇獣以外に何があるというのだろうか。
「オルト、もしかしたらイペルギアに行ってもらうことになるかもしれん」
アーチャーが突巨牛の心臓を噛みちぎって言った。突然の事にオルトは飲んでいた水でむせてしまった。
「ちょっと待ってください。俺は探索班を外されるんですか?」
「いや、違う。探索班の代表としてフーロと話し合いに行ってもらうやつが必要なんだ」
こちらの要望がフーロにまで伝わっているかゼクスが心配しているのだという。手紙のやりとりはしているものの、現場を知っている者がほとんどいない。誰もがゼクシアから開拓村まで帰ろうとしなかった。開拓村には希望がほとんどない。
「わ、分かりました。そういう事であれば」
オルトは無意識に胸のペンダントを触っていた。今はいない兄弟が同じ物をつけていた。覇獣の胃袋で消化されてしまっているのだろうが、もしかしたらどこかで兄が生きていて。同じように触っているかもしれない。両親も覇獣に食い殺される兄を目撃したわけではないのだと、オルトは思った。
イペルギアから数日東に行ったところに両親は住んでいる。今度、生きていくのに精一杯な彼らにちょっとでも足しになるものを持って行きたい。オルトはフロンティアの奥の開拓村へオルトを行かせなくてはならなくなった両親へ同情こそあれ、恨んでなどいなかった。
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