第19話 生きた心地がしない
オルドという騎士には近づかない方がよいかもしれない。フーロはそんな事を考えていた。普通に考えるとすれば、騎士団の中で覇獣の装備が欲しい人間がおり、その調達のために派遣されたのだろう。だが、話をしている最中に感じたのは、もしかするとオルドという騎士は覇獣の素材なんか欲しくはないのではないかという直感だった。
何か他のものを探している。一番警戒しなければならないのはゼクスたちが覇獣狩りであることを知られることだった。
在庫の中には討伐した覇獣の素材が残っている。素材どころかサイトが作成した装備品のものも残してあった。しかし、それを出すのは危険な気がした。
「ボスに連絡しなければ」
指示を仰ぎたかったが、返事が帰ってくるまでには数週間かかる。それまであの騎士が待っているとは到底思えなかった。ここはフーロの力だけで乗り切らねばならない。
在庫の中に死んだ覇獣の素材はない。そもそも、覇獣が衰弱して死ぬことがかなりまれなのだ。そしてそれを運良く発見できるというのもよほど運がよくなければできないことである。
討伐した覇獣の素材と、それで作られた装備品というのはフーロの商会の資金としては非常に重要なものだった。時間をかけてすこしずつそれを捌いている。いくつも代理人を介することで出所がフーロだとは分からないようにしていた。それも当分の間はやめた方がいいかもしれない。資金が足りなくなる可能性があったが、それを乗り切るのがフーロに課せられた使命だった。
「覇獣のもの以外でなんとか切り抜ける」
使用人にそう指示を出してフーロは手紙を書き出した。その中にはフロンティアの奥地にいるサイトに宛てられたものもある。当分の間は覇獣の素材と装備は売らないという事を伝えなければならない。
そして何とか死んだ覇獣の素材を手に入れられないかを考えた。ある程度ならばなけなしの資金をつぎ込んでもいいかもしれない。
ただの直感でここまでの事をする自分が少しおかしかった。しかし、その直感というのは馬鹿にはならないのだと思う。慎重に慎重を重ねてもそれだけの価値がフロンティアの奥にはある。
サイトを「ボス」とした集団というのはすでに百五十名を超えていた。ゼクシアにいるだけでも百名を超えているのだ。イペルギアにたどり着いた避難民の中でも真面目そうな者を選んで送り込んでいたが、それも少し制限しなければならないとフーロは考えていた。
人が増えることが遅くなる事に対してサイトは良い顔をしないだろう。だが、それ以上にサイトが恐れている事態が早まるというのを避けるべきだった。
だが、フーロはそれでも慎重さが足りなかったと痛感する。
「開拓村とどれだけ通じているんだ?」
ケイオスと名乗る男はオルドの部下だった。元は王都で衛兵をしていたと語ったその男は、フーロたちの商いの矛盾をつきかけた。
どこから資金が入っているのかをケイオスは気にしだしたのだ。
「ケイオス様、私たちも生きていくためにお教えできないことも多いのです」
「俺に様はつけなくていいさ」
自分よりも少し年上だろう。子供がいると言っているが、まだ若者だという。そして、覇獣の素材だけではなくそれを加工できる職人がいないかと聞いてきた。
この質問が出るという事は、生きた覇獣を討伐して得た素材から作った装備品の存在がばれているという事だろう。フーロはサイトを除けば王都以外に覇獣の素材を加工できるものを知らない。突き止められればサイトの存在が明らかになってしまうため、どうしてもはぐらかさなければならない。
「私は知らないです。というよりもイペルギアに覇獣の素材を加工できる人物はおりません」
「そんな事はないと思うんだがな、少なくとも俺は一人知っているぞ」
背中を汗が流れた。顔に出てないかどうかを確認するすべがないが、フーロは命をかけてでも表情を崩すつもりはない。
「もしおられるのであれば是非とも知り合っておきたいですね」
「それが、俺もイペルギアにいるとだけ知らされてて、詳しい住所は知らないんだ」
はったりだろうか。本物だろうか。
はったりであった場合にはこれ以上この会話は危険である。だが、本物であった場合にはサイトとは別に覇獣の素材を加工できる人物がいることになり、その情報は是非とも持っておきたいところだった。
普通の商人であれば、この話には興味を持つ。ケイオスがどのようなつもりでこの話をしているのか、フーロにはまるで分からなかった。今のところ駆け引きには負けている気がする。
「そのような人物が見つかりましたらお知らせしますよ」
「ああ、頼む。名はサイトというはずだ。まだ、だいぶ若い職人だ」
フーロは自分の顎に汗がしたたるのを感じていた。
「サイトさんですね。分かりました、イペルギア中を探すことにしましょう」
「いやいや、そんな申し訳ない」
ケイオスは涼しい顔をしていた。フーロは生きた心地がしない。
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