第18話 探り合い
「フーロに聞いてみるといい」
ケイオスがなんとか仕入れてきた情報だった。
イペルギアの領主はオルドたちに対してそれなりに協力はしてくれたものの、町の治安が完全に落ち着いているわけではなかった。衛兵を借りて情報を集めようとしても、領主に逆らうことを当たり前のように生きている住民が多すぎる。
裏の社会というのを探るのが主体になってきた頃には、領主とその仲間は足かせでしかなかった。
「特に覇追い屋連中はお
「おまえはずいぶんと変わり者だったんだな、ヘイロ」
「たまたま、王都に知り合いがいたんですよ。だから住むことができた。そうじゃなかったら今頃は貴族連中を恨みながらフロンティアの奥で覇獣に殺されていたでしょうね」
王都に住むというのは大変なことだった。仕事があればなんとかなるが、そうでなければ居住そのものを許されないことが多い。それだけ国の食糧事情というは劣悪なものであったし、改善が見込める状況でもなかった。
ただ、貴族だけが民衆から巻き上げた金を使って豪勢な暮らしを送り続けていた。
「ともかくフロンティアの治安がこれほどに悪いとは思わなかった」
「国中の行き場をなくした奴らが集まってくるのがここイペルギアですからね。まだ領主たちが衛兵を組織できているということの方が驚きですよ」
もはや無法地帯と言ってもいいかもしれない。人口の管理など全くされていないだろう。ここの領主は市場を回って商人たちから税金を巻き上げることを衛兵の仕事にしているようだった。税を納めずに暮らしている者たちの数はかなり多いと思われる。そのほとんどが明日を生きるのに必死だった。
「こんなところで覇獣の素材を売ったとしても、たいした金額にはなりそうもないな」
「いえ、そんなことはないですよ。たしかに王都の職人街にいけば一番高く買い取ってくれますがね」
「じゃあ、覇獣狩りはここに素材を卸していると思うのか?」
「ええ、例えばですよ。・・・・・・王都にいけない何かしらの事情があったならば?」
ヘイロの言うことはもっともだった。それにこれだけの大きな町になれば素性を隠すということも容易に違いない。王都にいけない事情が何かは分からないが、例えば犯罪歴があって逃亡している最中だったといしたらどうだろうかと思ったオルドは、それが想像でしかなくいつまでも答えのでない問いだと気づいて思考を止めた。
そこにケイオスが帰ってきた。覇獣の素材、それもかなり質のよい物の情報を探してきたケイオスは一人の商人にたどり着いたという。
「最近になって力を増してきた商人なんだそうで、覇追い屋の斡旋までやっているのだとか」
「そいつならば覇獣狩りのことを知っていそうなのか?」
「知っていなくてもフロンティアの奥地とつながりがあるのではと思いまして」
ケイオスには息子の居場所も探してもらっているが、イペルギアでそれらしき若い職人のことを知っている者はいなかった。まだ探し出して数日であるために諦めているわけではないが、オルドはなんとなくここにはいないではないかと思っている。イペルギアは職人が腕を磨くことに適した環境ではないからだ。
だからといってここより西になるとすぐに覇獣の生息域になるという。最近は南側での目撃情報は少ないが、北には数日前にも覇獣が現れて開拓村の一つを壊滅させたところだった。
「まずは会ってみるか」
オルドは騎士ではあったが貴族というわけではない。この国の貴族は極端に数が少なく、そして極端な特権階級だった。毎日のようにパーティーを開く彼らに付き合わされることはあってもオルドにはその考えが理解できていたわけではない。
平民に混ざって捜査をするというのにも慣れてきた。
本当に覇獣狩りとつながりがあって、殺した覇獣の素材を取り扱っているというのならば、顧客が必要である。その一人として接触してみるのはありだろう。資金はそれなりに供給されていた。貴族がどれだけ執心しているのかが分かる。
「ではどこかで話ができるように取り次ぎます」
ケイオスを連れてきていて本当に助かっていた。ヘイロもイペルギアのことには詳しいが、こういった交渉をそつなくこなすのは重要である。
そのフーロという商人に出会ったのは翌日のことだった。小さいながらも商店を営んでおり、その店で会おうということになったのである。
「はじめまして、私がフーロです」
出てきたのは物腰の柔らかい人間だった。今まで出会ってきた商人とはどこか違うものをオルドは感じた。何か、試されているような視線が気になる。
「第七騎士団のオルドという」
「これはこれは、ようこそフロンティアへ」
「このあたりではあなたが一番だという話を聞いたものでな」
店の中には商品が積まれていたが、生活をするスペースというのは狭かった。客の応対用のソファがありそれに座るが、それ以外の部分は無駄をそぎ落としたかのような配置である。資金力を見せびらかす他の商人とは違うとオルドは思う。
「それで、何をお探しで?」
フーロが問う。その目は商人特有の上客に対してこびへつらうものではなかった。折り合いのつかない話が出ればいくら騎士団のオルドとはいえ断るつもりなのだろう。
「覇獣の素材を探している。それも質のいいものだ」
「覇獣でございますか・・・・・・」
フーロはオルドに対してまっすぐに視線を合わせた。在庫を思い出すわけでもなく、いかに高く売りつけてやろうと出し渋るわけでもなく、他の何かを思案している顔だとオルドは思う。
「ちなみに具体的にはどのような部位をお探しですか?
「専属の覇追い屋?」
「ええ、詳細はお教えすることはできませんが、優秀です」
「覇追い屋が王都まで戻らずに素材をここに卸しているのか」
王都にまでいけば一財産にはなる。その資金を元にして覇追い屋を抜け出して王都に職を探すのが覇追い屋の一般的な姿だった。数回フロンティアと往復して生き残っていれば、王都に戻れるのを夢見て多くの若者がこのフロンティアで死んでいく。
「よほどの死にたがりがいるのだな」
「皮が手に入ればご連絡を差し上げましょう。ですが、場合によっては王都の相場よりも高くなることがございますので、その際はご了承ください」
「覇追い屋に金を払うからか」
「ええ、そうです」
一見、矛盾もなにもないと思う。だが、オルドは何かがひっかかっていた。しかし、それが何かは分からない。
結局、覇獣の皮を手に入れるということにしてフーロの商店を出た。
「オルド様、調べますか?」
「ああ、そうしてくれ」
勘でしかなかった。しかし、あの商会は覇獣狩りとつながりがある。そうオルドは確信した。
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