第14話 嫌な予感

 湖が広がる湿原の西には平地があった。その入り口ともいえる部分に小高い丘がぽつんと存在している。樹々が生い茂るそこの中央には簡単に登れそうにもなかった。


「本当にあそこでいいのか?」

「ああ、理想的だ。おそらく深く掘れば水も湧いて出るだろうし」

「いや、そうじゃなくて不便じゃねえのか?」


 アーチャーはその丘の第一印象を砦のようだと言った。それに居住地を丘の上に作るとすると、畑は下に降りなくてはならなくなる。

 ベースキャンプの時点で開拓村から西へ随分と移動する。それこそ双角馬がなければ徒歩でしか移動できないような悪路が続く。さらにベースキャンプから森を抜け南に下り、湿原を湖にそって西へ抜けて初めてつく場所がここだった。その丘に塔を建てれば湿原全体が見渡せるかもしれない。


「本格的に住居を作り始めるために覇追い屋以外に人間も増やしていこう」


 村づくりの第一歩である。まずは丘の上の樹々を切り倒して土地を確保しなければならない。それに登る道も整備しなければならなかった。覇追い屋が数人ではできることも限られてくる。人を呼び寄せる計画をする段階だった。

 ベースキャンプを往復してくれていた仲間も含めてだいたい二十人くらいから始めるべきだろうかと思う。


「森はまだなんとかなるとして、湿原を双角馬の馬車が移動できるかどうかが問題だな」


 ぬかるんだ地面はどうしても馬車での移動が困難だった。まだ高低差のある森の中の方が無理矢理にでも移動できる。ある程度乾いて地面がしっかりしている場所を探さなければならない。

 ベースキャンプにまではそれなりの数の物資が運び込まれていた。耐熱煉瓦を始めとして、人数さえそろえばいつでも拠点の造設は開始できる。


「なぁ、アーチャー」

「なんだよ」

「ここを故郷にすることはできそうか?」


 丘を見渡していたアーチャーが意外そうな顔をした。そんなつもりで見ていたわけではなかった。




 ***




 一か月もすると丘の上の樹々はある程度切り倒され、道も作られた。頂上には見張り台ともいえる塔を建設する予定であるが、まずは簡素な小屋が作られているだけである。

 周囲の樹々と合わさって雨風はほとんど防ぐことができるし、井戸も掘られた。生活をしていくには十分である。


「炉を作ろうと思う」


 まだ周囲に覇獣の気配はない。いつこちらの地方に進出してくるかは分からなかったが、それでもいまのうちならば防備よりも生活の方を優先して充実させた方がいいだろうというのがサイトの判断だった。ゼクスもそれに反対はしなかった。


 持ち込んだ穀物と狩りで手に入る肉や魚を合わせれば資源は豊富だった。そのうち畑を作ろうと思っているが、穀物の輸送だけでも十分やっていけると思われる。


 サイトは職人ではあるが大がかりな設備を作るのには慣れていない。それでもフロンティアに来てからさまざまな作業をする中で補修や改良くらいは自分で行ったし、数人が手伝ってくれれば簡単なものは作ることができた。

 大工の棟梁とでもいうべき人物は開拓村にとどまっている。できればついてきてほしかったが、村の方でも小屋を建てる必要があった。代わりに弟子ともいうべき青年がこちらには来ていた。


「トリフ、足りないものは?」

「耐熱煉瓦がもう少し。でも、次の輸送で足りると思います。作り始めても大丈夫かと」


 トリフと呼ばれた青年はそれでもサイトより二歳ほど年上だった。この集団はサイトが最年少であるのを誰も気にしない。実質的なリーダーはゼクスであったが、ゼクスはサイトの言う事に率先して従う姿勢を見せているのだ。そしてこの数か月でサイトはボスとして認められていた。


「鉄鉱石もベースキャンプの近くで採掘できるってマルスが言ってたしな。国からの輸送に頼らなくてもよい状態に持っていきたい」

「まだ食料のことを考えると先は長そうですね」

「そんな事はないさ」


 サイトの考える先はそんな状態ではない。もっともっと先の未来が見えていた。そこに行くまでにどれだけの苦労をしなければならないか。

 組織が大きくなるにつれてやる事も細分化されてきた。今は覇追い屋も村づくりに専念してもらっているが、そのうち周囲の探索と狩りだけに移ってもらいたい。少しずつ、人を増やしていこうと思う。その分、急がなければならない事も出てくる。



「開拓村の方で問題はあるか?」


 物資を輸送してきたのはオルトだった。特にベースキャンプから湿地帯を抜けて丘にまで来る担当をしている。


「さすがにそれなりの人数が抜けたことで気づかれるかもしれませんね」


 開拓村には人が増え続けているという。それは他の地域との交流も盛んになるということを示していた。イペルギア周辺の人間が物を売りに来ることだってあるのだ。村から一定以上の人が減っていることがばれるのも時間の問題かもしれない。


「役人に情報が伝わったところで、ここどころか開拓村にすら来ませんがね」

「いや、念には念を入れておこう。覇獣の目撃情報を流しておくように伝えてくれ」


 覇獣が目撃されたという報せはすぐに広まる。開拓村にヒトが増えているのも目撃情報がないからであって、あっという間に人は増えなくなるだろう。どちらが良いのかは分からないが、サイトは慎重にいくことにした。


「急がなければ」


 嫌な予感はぬぐえなかった。

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