第13話 過去と馬車の中と
自分が騎士の家の養子に出されたというのは知っていた。今の両親にはどうしても子供ができず、力にすぐれた自分が選ばれたのだという。
なぜ自分の事を知られていたのかは分からなかった。フロンティア近くで暮らしていた両親が売り込んだのかもしれない。今考えるとあの地方に住んでいる人間であれば、いなくなっても誰も気にしないからかもしれなかった。もしかするとそういう人間を紹介する商売があったのかもしれない。
すでに記憶に残る年であり、だから、必死に頑張った。自分の価値を示す必要があったのだ。それでなんとか養父の後を継ぐことができた。
対外的には養子ではなく実子という事になっていたために、本当の両親と弟はフロンティアで生活しているのかどうか、調べるわけにはいかなかった。自分を騎士の家に売った金で脱出してくれていればそれだけでよかった。
両親は、弟には覇獣に殺されたという説明をすると言った。弟は自分が生きていることを知らないはずである。全てを忘れた、ことにした。そうしなければ生きていけなかった。
オルドは昔暮らしていたはずの土地を素通りし、イペルギアへと向かった。どちらにせよそこにはオルドの知っていたものはもうないはずだった。
西に近づくにつれて喜ぶケイオスの事をどう思えばよいか分からなかった。
「新たな覇獣狩りが出たかどうかを調査するのだ」
ケイオスにはそう言った。嘘ではない。その生きたままの覇獣を狩って、装備品を作った職人がいるというのは伏せた。当の本人ではなくともケイオスの息子が関わっている可能性は高く、場合によっては拘束しなければならない。拘束だけではすまないかもしれなかった。
御者台に座っている部下に声をかけた。
「ヘイロ、イペルギアまではあと何日かかる?」
「あと三日というところです」
「もう少し早くならんのか」
「無理です。双角馬でもなけりゃそんな速度は出ませんです」
覇追い屋の中には双角馬という気性の荒い馬の仲間を使うものがいるそうだ。だが、それは飼うためには特殊な知識がいるそうであるし、馬車の企画も特注のものになるためにそうそう手が出ないものだった。欲しくて金を積み上げたところで手に入るものではないらしい。それに、これ以上乗り心地が悪くなると聞いて、オルドは双角馬のことを忘れることにした。
「お前の息子はイペルギアのどこにいるかとか、聞いているのか?」
「それが、手紙にはそこまで書かれてませんでしたから」
ケイオスは笑みを隠そうともせずに言った。自慢の息子なのだという。いきなりフロンティアに向かった時はどうしようかと思ったそうであるが、それまでは職人街の中でも将来を期待される若手だったそうだ。明らかに他の職人よりも早く一人前として扱われていたという。
「誰に似たのか。私も妻もそんな人間ではないのですが」
この男が今まで王都の門番をしていたというのは国の損失だったのだろうと、上司は考えていたはずだった。オルドもその意見にはおおむね賛成である。たまに仕事を共にすると、ほとんどの事をそつなくこなす。それでいて謙虚であった。衛兵ではなく騎士であったならば団長に近い地位についていたに違いない。部下からの人望も厚い。
「まずはイペルギアで覇獣の素材と、それを扱う職人の情報を仕入れよう」
「覇獣の素材は王都の職人でなければ扱えないのでは?」
「お前の息子なら扱えるだろう」
「あっ……」
自分の事になると鈍いところがある。息子のことに関しても一緒だったようだとオルドはこのケイオスという人間を評価しなおした。どこで今回の任務の本当の目的を伝えるべきだろうか。
覇獣狩りをなんとしても捕まえて覇獣を狩る方法を突き止めるというのが今回のオルドに課せられた任務である。覇獣狩りが協力的であればそれでよし、そうでなければどんな方法を使ってでも協力させなければならない。イペルギアの役人を使うためのある程度の権限は持たされている。
国はすでに飽和していた。難民となった貧困層はフロンティアを目指すしかない。その数は毎年かなりのものになる。つまりはその数のほとんどがフロンティアでなにかしらの苦難に出会って命を散らしていることを示していた。
軍隊が向かったところでその危険性は少しも減りはしない。それどころか軍隊が壊滅するのが目に見えていた。だから国はフロンティアへ軍を派遣するわけがなかった。
だが、覇獣狩りが覇獣を狩る方法を知っており、それを応用することができればどうだ。利に目ざとい貴族がそれを放っておくわけが無い。つまりはそういう事だった。貧困を抱えた人間は覇獣に殺されるか、貴族に虐げられるかの二択しかない。
「オルド様?」
「ん?」
いつの間にか考え込んでしまっていた。馬車の振動は心地の良いものではなかったが、すでに慣れた。二週間近くも乗り続けているのである。
「いや、本当に覇獣狩りがいたらどうすればいいのかと思ってな」
自分の顔はどんなのだったのだろうとオルドは思った。ケイオスが心配するような表情をしたのを見て、気を引き締めた。
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