第10話 偶然と思惑
出所を突き止めろと言われた男はなんとも言えない表情をした。その上司はできるだけ目を合わせないように話しているのが明らかに分かった。
「結構な圧力がかかった。衛兵から二名ほど選んで連れて行け」
「この時期に二名も連れて行ってよいのでありますか?」
「それだけの
軽いめまいを感じた男はそれを隠そうともせずに手で額を抑えた。名ばかりの騎士団に入団してからというもの、実力がまったく評価されない日々ではあったが、こんな仕事をしたいわけじゃないと男は思う。だが、命令は命令であり上司もそれをしぶしぶ行っているというのは明らかだった。
「とりあえず王都の職人のものではないというのは分かった。イペルギアへ行け」
「フロンティアですか」
「そこ以外に出所はないだろう。王都に運び込まれていないのは確かだ」
問題は覇獣の革鎧だった。それも一式ではなく胸当てや籠手などの部分的に分かれたものがイペルギア周辺に出回ったのである。それも今まで見たことのないような美品だったらしい。
「覇獣狩りが現れたのかもしれんが、その素材を使い切ることができるとも思えん」
「王都の職人の中に装備品の登録をしていない者がいると?」
「そこまでは言っておらん。だが、可能性としては考慮しておけ」
王都で覇獣の素材を扱うには許可がいる。それだけ覇獣の素材は貴重であり、価格を高騰させないための手段だった。だが、王都の外になるとそんな許可は何の拘束力もなくなる。しかし、これまで門外不出の技術を職人たちは王都の外に出そうとはしなかった。覇追い屋は必然的に王都とフロンティアを行き来するようになり、それを管理することで騎士団はだいたいの数を把握することができた。観賞用として貴族にばかり買い占められては実用するものにまで回らないのである。
「素材さえあればそのあたりの職人でも作ることはできる。だが、その鎧は一級の職人が作ったものだったそうだ」
「まずはその一級職人に話を聞きなおすところから始めますよ」
「悪いな」
上が求めているのはその職人を突き止めることではなく、覇獣狩りの情報だろう。生きた覇獣の素材を使ったのではないかと疑われているのだ。衰弱した覇獣と生きた覇獣を殺して剥いだ皮では価値が天と地ほども違う。それは数年前に突如現れた「覇獣狩り」の持ち込んだ素材が証明していた。
「覇追い屋あがりの衛兵がいましたね。連れて行っていいでしょうか」
「許可する。それにケイオスを連れて行け。あれは意外と使える」
「分かりました。ありがとうございます」
退室しようと踵を返すと後ろから声をかけられた。
「オルド、やりすぎなくていい」
「分かりました」
オルドと呼ばれた騎士は部屋を出た。上司に言われた言葉の意味が分からないでもなかったが、そんな事を気にするつもりはなかった。
***
「職人ならば知り合いのおやっさんがいます。まずはそこに行きましょう」
衛兵の中には様々な経歴を持つ者がいた。中には覇追い屋として生きていた者もいる。運よく衛兵として王都に住むことが許された者がいた。フロンティアにまで行くことになるかもしれないというと露骨に嫌な顔をしたが、その男は最終的に命令には従うと言った。
「王城の職人ではないのか?」
「出来上がる装備の質が違います。あまり言いたくはありませんがおやっさんに比べると王城の御用達の職人の腕はよくありません」
覇獣の素材で作られている装備であればかなりの高額である。ほとんどが貴族が買い取ってしまうために現物をじっくりと見る機会はそうそうない。
「俺も生活がかかってたんで王城の職人に素材を卸すことも多かったんですが、やっぱりおやっさんの所が一番腕が良いのは分かりましたんで」
「ヘイロ。まずはその装備を見に行く」
オルドはヘイロと呼ばれた衛兵をつれて貴族の邸宅へ向かうことにした。与えられている権限は極僅かであるが、現物をみなければ出所を探すどころではない。あとでケイオスという衛兵に辞令を出さなければならない。何故か上司に気に入られているケイオスはもとは王都の門番をしていたような男だったが、この頃は騎士団の任務につかされることが多かった。
「お前が目利きができて助かる」
「目利きっていうようなものじゃないです」
ヘイロを連れて行った貴族の邸宅にて、オルドは覇獣の革鎧のうち胸当てを見ることができた。貴族の私兵がその胸当てを警備している中で、オルドは手袋をはめてそれを眺めた。ヘイロに触らせるわけにはいかなかったが、近寄らせて意見を聞く。
「王城の御用達の腕ではないですね。それよりもずいぶんといい」
「そのお前の知り合いの職人の作品か?」
「いや、何と言うか。似てはいるんですけど……ちょっと違うというか」
歯切れが悪い。専門職でもないために確信は持てないのだろうが、それにしても微妙な反応だった。
結局オルドは覇獣の革鎧を借りることもできずに貴族の邸宅を出た。これだけの情報で出所を突き止めろと言うのは無理である。とりあえずはその職人の所へ行こうと思っているとヘイロが言った。
「やっぱりフロンティアにまで行かなきゃならんですかね」
「だろうな」
ヘイロはできるだけフロンティアには近づきたくないという。オルドは覇獣を直に見た事はないが、ヘイロに言わせると一度でも見たら恐怖が忘れられないのだとか。覇追い屋として数年生きて来たヘイロであるが、慎重に慎重を重ねた上に運が良かっただけだと言った。そんな覇獣を狩るなんて、頭のおかしい奴のすることだと言った。
「イペルギアに行くのは決定だ。その先は分からんが」
出所さえ突き止めればフロンティアの奥地に入る必要は全くない。とにかくイペルギアで情報を収集するしかないだろうとオルドは思った。
「王都にいても仕事は終わらん。明日にでもイペルギアに向けて出るぞ」
「ケイオスさんも連れて行くんですか?」
「ああ、上は連れて行けと言っている」
おそらくは王都にいても時間の無駄だろう。覇獣の革鎧が王都で作られたものではないのならばイペルギア周辺のどこかで作られたものである。オルドはそう思うと職人街に足を運ぶのも鬱陶しくなった。
衛兵の兵舎へ戻るとケイオスを呼び出した。
「イペルギアへ行く。お前を連れて行けと団長の命令だ」
「分かりました」
「長くなるかもしれん。今日は帰って家族と過ごせ」
「ありがとうございます」
オルドはケイオスの顔がヘイロと違って悲観していないのに気づいた。その茶色の髪がどことなく嬉しそうである。
「フロンティアに行くのだぞ? 嫌ではないのか?」
「え、まあ普通はそうなんでしょうが」
ケイオスは言った。既に四十は越えているであろう中年の衛兵である。他の都市に行けと言われて喜ぶ理由が分からない。
「イペルギアにはですね」
ポリポリと頭を掻いてケイオスは言った。
「息子が住んでいるんですよ。昔は覇獣の素材を扱う職人をしていたんですけどどうしてもフロンティアの人たちを助ける仕事がしたいって王都を出て行ってしまいまして」
息子はまだ二十歳にもなっていないんですとケイオスは言った。
これは偶然か、いや偶然なわけがないとオルドが思う。頭の中では上司が言ったやりすぎなくていいという意味を図りかねる。
「それで、イペルギアでは何を調べるので?」
オルドはすぐに答えることができなかった。
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