第11話 家族のこと

 他の覇追い屋たちがベースキャンプへ犬を連れてきて、マルスは一角尾獣の狩りを行うのが待ちきれなかったようだった。

 あれから数度は湖にまで行き準備を行っている。野営ができる場所も確保して数日間に及ぶ狩りを行う準備もできている。


「クロスボウの威力を見るいい機会だろう」

「お前は一角尾獣を狩ってみたいだけだろうが」

「ボスだって興味がないわけじゃないんでしょう?」

「おい、無駄口はたいてないで行くぞ」


 本当はまだまだ小型化が可能なクロスボウであったが、むしろ大型化を目指していた。威力がなければ覇獣の皮を貫くことはできない。一角尾獣の皮がどれほどに硬いのか分からなかったが、子供が扱うようなおもちゃで貫けるとはどうしても思えなかった。だが、人間に使えば効果は絶大だろう。サイトがクロスボウの小型軽量化を研究しているのはゼクスも知らない。心の中に秘めた計画を、誰にも打ち明ける気はまだなかった。


「念のために、真銀の矢を持って行ってくれ」

「ああ、分かった」


 探索に向かう四人にそれぞれの装備を渡す。ゼクスの持つ抜覇毛弓に合わせて作られた真銀の矢は朝日を反射した。


「行ってくる」


 三人と犬二匹を連れて、ゼクスは出た。サイトはその背中を見送るだけである。自分にできる事は全て行った。覇追い屋の仲間がつれてきた犬は猟犬と言ってもよいほどに躾けられている。開拓村ではよく狩りについていく姿を見ていた。大いに役立ってくれるだろう。

 一角尾獣の肉に毒がある可能性はほとんどない。草食獣といってもあれほどに巨大な体をしているならば毒で身を護る必要はないからだ。


 しかし、ここはフロンティア奥地。何があるかは分からないし常識は通用しない。慎重に過ぎるということはないというサイトの意見に否と言う者はいなかった。


「ボス、俺は何をしてればいいですかね?」


 今回から覇追い屋がもう一人ベースキャンプに来ている。その他の者はまたしても開拓村へと帰ったのだが、開拓村でも人口が増え、ベースキャンプへの輸送を任せる人数も確保しようとしていた。


「オルト、真銀の採掘用の道具を作るから手伝ってくれ」

「分かりました」

「それが終ったら一角尾獣を料理する準備をしとかなきゃな。マルスがずいぶんと楽しみにしていたから」


 オルトは優しそうな男だなとサイトは思う。いつもにこやかな顔をしているのだが、真面目な顔をしていても笑っているのではないかと思われるような男だった。

 サイトの作業を手伝いつつも力仕事なんかもしてくれている。


「開拓村からの輸送も大変なんですがね、どうも俺は移動というのが苦手なようで」


 双角馬の馬車に乗っているだけで酔ってしまう体質だというオルトはベースキャンプでの探索組に入ることを希望してきた。狩りの腕はゼクスたちに比べるとまだまだだという事であるが力はかなりある。それに作業を手伝うのを見ていると、罠などを作るのも得意そうだった。

 作業は思ったよりも早く終わった。そのためにサイトはオルトとともにかまどを大型なものに改修することにした。周辺の石を集めて大きな肉を焼けるようにした。

 一角尾獣はかなりの大きさであったために全てを持ち帰ることはできないだろう。角と、皮と、それに一部の肉を持ち帰るのではないかと思っている。マルスはあれを狩って食べたがっていた。そのために犬を呼び寄せたようなものである。


「こう、なんというか」

「どうした?」


 オルトがかまどの石を見つめながら言った。すでに今日のうちにやるべき事は全て終わっている。井戸から水を汲んで、くり抜いて作った木のコップで飲んでいる顔には哀愁が漂うようだった。


「待っているというのもつらいものですね」

「一緒に行っても戦力にならんしな」

「ボスはいつもこうやって皆の心配をしながら待っていたんでしょう」

「……意外とやるべき事と考えることが多くて、そんなもんじゃないよ」


 ごしごしと目の周りの筋肉をほぐす動作をしてサイトは言った。今日は昼食をとっていない。基本的に探索班が出ている時は昼は抜くのが習慣となっていた。探索班は食べることができないのだ。サイトはそれくらいなんてことはないと思っていた。


「あいつらが今日中に帰ってくるとも限らない。罠でも作っているか?」

「そうですね。なにか作業をしていないと落ち着かない」


 落ち着かないから作業をするというのはなんとなく理解できるとサイトは思う。

 これから何度、探索班の帰りを待つことになるのだろうか。そして、毎回彼らが無事であることを祈りながら、彼らのためにできることをする。サイトにしかできない事がたくさんあった。心配ばかりしている暇はない。たしかにその仕事量に救われている。


「住める所を探して、畑を作って、生きていくんだ。覇獣が襲ってくるかもしれない。だけど、俺たちはそれにあらがう」

「そうですね」

「なあ、オルトは家族はいるか?」

「両親はフロンティアの東に住んでいます。兄弟は、覇獣にやられました」

「そうか……」


 急に家族の事を聞きたくなった。それはサイトがここで家族を作りたいと思っていたからかもしれないし、すでに開拓村の皆が家族だと思っていたからかもしれない。オルトの兄弟は残念だったが、両親がまだ生きているというのは他の覇追い屋とは違うなと思った。

 そして、自分の両親を思い出した。父は、サイトがイペルギアにいると思い込んでいるはずだった。

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