第8話 ベースキャンプにて

 大型の草食獣との遭遇がありゼクスたちは一旦ベースキャンプへと戻っていた。お土産とも言わんばかりにライが三羽の鳥を携えている。すでに血抜きが済んだそれは羽をむしりとって丸焼きにすることとなった。


「かまどくらいなら作れたんだが、炉を作るとなると大量の耐熱煉瓦がいる。このベースキャンプに作るかどうかという問題は先送りで」

「そうだな、居住地ができたならそこに作るべきだ」


 ゼクスは鳥の丸焼きにかじりつきながら言った。覇獣の装備品を売ってできた豊富な資金で調味料の類は潤沢に持ち合わせている。意外にもマルスは料理がうまく、肉を焼かせると絶品に仕上げることができた。


「強火で遠火でじっくりとって教ったんです」

「強火なのに遠火なのか?」

「はい、ボス」


 サイトにはよく理解ができていない。道具作りのことになればきちんとまわる頭でも何かしら未知の領域があるらしく不可解な事に聞こえてくる。


「理屈で考えちゃ駄目ですぜ」

「理屈以外に何を考えればいいんだ」

「心ってやつですわ」

「は?」


 料理に関しては自分はもうだめだとサイトは鳥の丸焼きに食らいつきながら思う。塩に貴重品の胡椒まで使われた香辛料は安いものではなかったが、このベースキャンプなどという状況でも食料を極上のものに仕立て上げてくれていた。

 持ち込んだ穀物は決して大量ではなかったが、次の馬車が来るまでには十分な量があり、サイトの作ったかまどでパンとして焼かれている。


「まるで村にいる時のような食事、いや数年前だと村でも考えられないな」

「そうですね」


 ゼクスとアーチャーはなにやら思うところがあるらしく、ゆっくりと鳥を噛みしめていた。



「やるべきことは多いんですがね、ボスでしかできないことって多いと思うんですよ」


 食事が終わってもマルスはサイトの傍を離れようとしなかった。ライなどはすでに眠ってしまっているというのにだ。今の見張りはアーチャーが行っている。


「だから俺はそれ以外の事を頑張るつもりなんですわ」

「逆じゃねえの? 俺に覇追い屋は無理だ」

「ボスの替えはきかねえんで」


 腕力がかなりあるこの若い覇追い屋は、粗削りな所も多いがゼクスにもアーチャーにも認められている男である。


「マルスはなんでフロンティアに?」

「ここ以外に行く所がなかっただけですよ」


 まだ、本当の理由を聞かせてもらえないのかとサイトは落胆した。しかしすぐに納得する。口ではボスと慕ってもらっていたとしてもサイト自身がまだまだ若輩者だからだ。認めてもらうことの難しさというのは工房で働いていた時から身に沁み込まされていたはずだった。むしろ、サイトはそのあたり恵まれ過ぎていたのを自覚している。


「ここでの生活が楽しければ、生きていけると思うんですよ」


 マルスは話題を元のものに戻した。


「分かんないけど、立派だよ」

「ボスほどじゃねえですが、嬉しいです」


 にかっと笑ったマルスは、明日の朝は早起きして野草の採取をするのだといってベッドに潜っていった。

 サイトから見ても迷いというのがないように見える。うらやましいことだと思う反面、その内心では苦悩が隠されているに違いなかった。


 今はこの辺りには目撃情報の全くない、覇獣という生き物の事を思い出す。あれを倒すことができれば全てが解決するような気がしていた。だけど、現実的には何一つ解決なんかしなかった。問題は覇獣ではなく、人間の側にあったのだ。


 それを思い知ったサイトは抗うということを自然と選択した。


「おい、サイト」


 思いつめた顔をしていたのだろうか、ゼクスはサイトへと声をかけた。自分自身も何かしら考えることがあったのか眠れないようだ。


「マルスがよ、みつけたでかい草食獣を食おうって言うんだ」

「はは、あいつらしいな」

「それでな、犬を連れて来ようと思う」


 開拓村で犬を飼う家は意外にも多かった。ゼクスはそれらの犬に狩った草食獣の肉を食わせてみて毒見をさせたいのだという。あまりにも慎重すぎるような気もしたが、それくらいがちょうどいいのかもしれない。


「初日だというのに考えることが一杯だな」

「湖までは半日もかからない。もしあの草食獣が食えるというのならいい狩場になる」


 あの巨体は湿地帯で素早く動けるわけがないとゼクスは言った。


「問題はどうやって狩るかだ。弓だとこころもとない」

「クロスボウではだめなのか?」

「移動がな、しかしそれしかないか」


 バリスタに比べて威力は劣るが、移動式のクロスボウを抱えて持っていくというのは現実的な案だった。これからの狩りはそういった大掛かりなものになるかもしれない。


「覇獣が来た時の訓練だと思って持っていくことにするわ」

「作っといてなんだけど、大変だな」


 サイトも職人としてそれなりの筋力がないわけではないが、クロスボウを抱えて移動するなんてことは無理だった。ゼクスもアーチャーもマルスもライも、なんとか持てる最低限にまで軽量化したバリスタがそれである。それ以上に軽量化すると覇獣の外皮を貫くことはできそうにもなかった。


「そうだ、これ新作だ」

「おお、いつのまに」


 サイトが取り出したのはそのクロスボウの矢だった。矢じりの部分がほんのりと緑に光っている。


「真銀の矢じりだ。耐久性はほとんどないから一発で使い物にならなくなるけど、殺傷力は知ってのとおり」

「仕事が早い」


 かつて王都で誘拐同然に連れてきた少年がここまで成長するとはゼクスも思っていなかった。もしこの矢じりの殺傷力が今までのものを大幅に上回るというのならば、これから先の探索には大いに役立つだろう。なにしろ、何がいるか分からないのである。


「それと……」



 サイトはゼクスに言った。



「いつまでもでかい草食獣だと言いにくい。何か名前をつけてくれ。あ、明日は俺もそれを見に行くからな」


 名づけなんていう面倒くさい仕事をゼクスに押し付けて、今日はなんとか眠ることができそうだ、とサイトは思った。

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