第7話 未知と考え過ぎと

 南に湿地帯があることは分かっていた。ゼクスはその先に湖があると言う。遠目にしか見ることができていないが、もし湖があるのならば漁業を始めとして生活できる基盤があるかもしれない。


 どちらかというと、このフロンティアは資源に困る事はなさそうだった。自然は雄大で、そこに住む動物たちも多種多様である。中には人間の脅威となるものも多い。空を制している覇獣がいなくても、地上には何がいるかは分からない。


「今日から南を捜索しよう。ベースキャンプへと帰ることができる範囲にしてくれ」

「分かった、日が暮れるまでに戻るとする」


 ゼクスは四人を引き連れて出て行った。体を覆うのはクリムゾンの革で作り上げた革鎧である。王都のオークションであれを売れば一生遊んで暮らせるほどの逸品だった。持つのは大型の鉈と、サイトが初めて作り上げた抜覇毛弓である。全ての装備をサイトが整備し、他の覇追い屋の装備も作った。全員に覇獣の素材を使ったわけではないが、その他の素材であってもサイトが作れば一級品となる。


 耐熱煉瓦などという重いものを馬車で運んでくるのには限界がある。だからといってこのベースキャンプで作れるはずもなかった。そのために炉を作るのはかなり先のこととなるだろう。それまではちょっとした整備しかできないとサイトは思っていた。


 地図を作る道具を携えて、四人は出て行った。サイト一人がベースキャンプに残って作業をするのだ。危険がないわけではないが、探索の人数を減らす気にもなれなかった。

 覇追い屋は音を立てて覇獣に見つかるわけにはいかない。更に言えば火を起こして覇獣をおびき寄せるわけにもいかなかった。だが、それをしなければここでは生きていけないとサイトは思っている。

 木材は前回来た時にも切り出していた。小屋を建てたあとにもまだ残りはある。サイトはこれらを加工することで家具をつくる所から始めた。

 手際よく、五人分のベッドが出来上がると小屋の中に設置する。その上に寝袋を敷けば簡易の寝台ができた。ゼクスはいつも休養することの重要さを訴えていた。サイトもその通りだと思う。念入りに作り上げた寝台が完成すると、探索に出ていた四人が帰ってきた。


 サイトはそれまで食事もとっていなかったことにようやく気が付いた。




 ***




 森の中の獣道を進み樹々が途切れる場所まで出るとライが歓声を上げた。広がるのは湿地帯であったが遠目に広大な湖が見える。


「あまり大きな声を出すな」

「すいません、ゼクスさん」


 ライはまだ若い。ゼクスやマルスほどの体格をしているわけではなかったが、その体つきは狼のようにしなやかな筋肉がついている。短く切りそろえられた金髪に青い目をしたこの若者はゼクスやアーチャーのような経験豊富な覇追い屋の脚にもしっかりとついてこられるだけの体力を持っていた。


「マルス、早くしろ。置いて行くぞ」

「ゼクスさん、ちょっと速過ぎる」


 肩で息をするマルスはゼクスよりも体重が重いのが災いしたのか一向の歩みに遅れがちである。それでもこの覇追い屋は新人の割には優秀で、狩りの腕だけではなく観察眼も兼ね備えているとアーチャーは認めていた。


 鳥が空を飛んでいた。覇獣の生息域にも鳥は存在する。ライはゼクスを伺った。それに対してゼクスも頷く。アーチャーも含めて三人が弓を構えた。


「俺は真ん中だな、アーチャーが左、ライが右を狙え」

「了解」

「分かりました」


 息切れしているマルス以外の三人の矢はそれぞれの鳥を貫く。この付近に人間が来ることがほとんどないのが理由なのか、野生の動物が警戒することが少なく、意外にも至近距離にいた。


「今日の晩飯だな。サイトが喜ぶぞ」


 得物を回収するためにライが走って行った。樹々が途切れている場所は少し高台となっており、坂を滑るようにライは駆け下りていく。その先は湿地帯であり、ぬかるんだ土地に足を取られるのではないかと思われたが、まだ地面はそれなりの硬さを保っていた。湖に近づくにつれて水分を多く含むようになるのだろう。


「探索はここまでにしよう。湖があるのは確実に分かった」

「ゼクス様、あれを」


 ちょうど見晴らしのいい場所である。アーチャーが南を指さした。先にあるのは湖であったが、指さしたのはその手前である。


「……でかいな」

「そんなに怖い見た目をしとるわけではないですがね」


 それは明らかに獣だった。だが、肉食獣ではなさそうである。しかし、湖畔に生えた草を食んでいる身体は人間のそれの数倍は大きかった。

 灰色の太い四足に不釣り合いに巨大な尾を持ち、頭部には一本の角を生やしていた。背骨に沿って腰の付近まで黒色の毛が生えている。こちらに気付いていないのか夢中で草を食べる数頭と、明らかにこちらを警戒する一頭の群れだった。


「あれは覇獣の餌なんでしょうか」

「分からん。俺たちの脅威になるかどうかも含めてな」


 巨体はそれだけで脅威である。覇獣のように人間を認めただけで襲い掛かってくるわけではないが、警戒するにこしたことはない。


「ゼクスさん」

「なんだ、マルス」

「あれ、食料になりやせんかね」


 マルスらしい発想だった。いかに巨体といっても獣であり狩って食料とすることができるかもしれない。どのくらい生息しているのか、弓で倒すことができるのか、ゼクスはこの場で決断を下すのは早計だと思った。


「見たところ草食獣です。あの肉が手に入れば数週間は生きていけます」

「そりゃ、そうだろうがな」

「今すぐに狩るんじゃなくてですね、罠とかを準備してやりましょう。クロスボウも持ってくればいい」


 ここに来るまでに肩で息をしていた奴が何を言ってるんだとアーチャーがいい、鳥を確保して帰ってきたライが笑っていた。


「地図を描いたら帰るぞ」


 マルスのように物事を簡単に考えるには様々な事を経験しすぎたとゼクスは思う。アーチャーが地図を描き終えたのを確認して一向は帰路についた。初日はこの程度で十分だろう。怪我もなく帰ることができれば十分だとゼクスは自分に言い聞かせた。

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